第5話 裏ボス(※主人公、一人称)
ホヌス曰く、異世界にも様々な世界があるらしい。僕達にも馴染み深い異世界から、正真正銘の異世界まで。本当に様々な世界があるらしかった。僕がホヌスから聞かされた世界も、そんな異世界の一つ。「こんな世界があったらな」と言う世界だった。
魔族が人間に脅かされている世界。その崩壊が刻一刻と迫っている世界だった。僕は彼女の話に驚く一方で、その力に「そんな世界をよく見つけられたな」と喜んだ。「いくら、『無数にある』と言っても。そう言う世界を見つけるのは、やっぱり大変じゃない?」
そうホヌスに聞いたが、ホヌスの方は「別に」と言う顔だった。ホヌスは得意げな顔で、僕の目を見かえした。「ネットの検索と同じ。検索の入力欄に探したい言葉を入れれば、それを含んだ候補が挙げられる。『世界は、こう』とか、『そこに住んでいる人は、こう』とか。ある程度の候補が挙がれば、欲しい世界もすぐに見つけられる。今回も、その力を使っただけ」
それに「へぇ」と返した。本当はもっと、マシな返事がしたかったが。邪神の力があまりに強くて、へぇ以外の返事が出来なかったのである。僕は邪神の力に喜ぶ一方で、その強さに身震いした。「こんなにも強い力がもし、この僕を裏切ったら?」と。
彼女の瞳を見つめる中で、そう無意識に思ってしまったのである。僕は無意識の恐怖に脅えたが、それにも勝る優越感を覚えて、彼女に異世界の話を聞きはじめた。「力は、分かった。分かったけど、僕達がこれから行く世界は?」
ホヌスは、その質問にしばらく答えなかった。「僕の気持ちを焦らそう」とは思っていないようだが、その反応自体には喜んでいるらしい。僕が「ねぇ、ねぇ?」と聞いた時も、例の笑みを浮かべるだけだった。ホヌスは僕の目から視線を逸らして、自分の正面に向きなおった。彼女の正面には、ワームホールのような世界が広がっている。「人間が魔族に追い詰められている世界」
そう言われても、すぐにうなずけなかった。この手の話は大概、人間側の(特に冒険者)になる筈なのに。彼女から言われた話は、その真逆に位置する世界だった。僕はその話に新鮮さを覚えたが、やっぱり王堂でない不安も感じて、彼女に「そ、それは、大丈夫なの?」と訊いた。「魔王に生まれかわる話は、あっても。まさか、魔族側に付く世界なんて。僕が知っている異世界物とは」
確かに違う。違うが、そう言うジャンルもある。人間サイドから捨てられた人間が、その敵側に付く話は。無数にあるネット小説界隈では、特に珍しい話でもなかった。人間よりも人間らしい敵に拾われて、そこから這い上がる主人公も多い。メジャーな部類の「ざまぁ」や「成り上がり」とは違うだろうが、「それもなかなかに面白い」と思った。
人間から悪魔に種族チェンジしたのなら、それくらい遊んでも良いだろう。人間を捨てた悪魔が、人間の世界を滅ぼすなんて。ファンタジーでは、(ある意味で)「王道だ」と思った。僕はそんな想像に駆られて、彼女の選んだ世界に胸を踊らせた。
「ホヌス」
「なに?」
「最高」
彼女は、それに喜んだ。それも、満面の笑みで。僕の顔に向きなおっては、僕に「ありがとう」と微笑んだ。彼女は自分の正面にまた向きなおって、視線の先をゆっくりと指差した。
「説明の追加は?」
「要らない」
そう、答えた。事前情報がありすぎるのは、やっぱり面白くない。基本的な情報さえ分かれば、「あとは現地で調べた方が良い」と思った。必要な情報は、一つ一つ知った集めた方が良い。転移(または転生)先の情報があるのも良いが、手探りで異世界を楽しむのもまた、「冒険の醍醐味だ」と思った。
僕はまだ見ぬ世界に希望を感じて、そこに思い切り飛びこんだ。僕が飛びこんだ先には、少女が一人。そして、複数の男達が居た。彼等は「城の中(恐らくは、魔王城の中)」と思わしき場所で、少女の周りを取り囲み、その衣服を剥いでいた。
僕は、その光景に目を細めた。ホヌスの情報を信じれば、これはどう見ても強姦。勇者達の攻撃に負けた魔王が、その身ぐるみを剥がされている場面だった。
彼等は僕の登場に驚いて、自分達の状況を忘れはじめた。「援軍」の見込めない魔王は脅威を、「勝利」に酔っていた勇者達は恐怖を覚えている。僕が彼等の顔を見渡した時も、互いが互いの様子を窺う感じで、次の行動を採れないでいた。
僕は、その光景にほくそえんだ。隣のホヌスも、そうしているように。今はどちらも攻められる状況、である。少女の側に付けば、魔王の恩恵が得られるし。人間の側に付けば、英雄のお零れが得られる。
人間側は、それに不満を抱くだろうが。第三勢力である僕には、そのどちらを取っても美味しかった。僕は自分の槍に目をやったが、それをしばらく見たところで、言いようのない恐怖を感じはじめた。自分は果たして、「彼等に勝てるのか」と言う恐怖を。
「ねぇ?」
「なに?」
「僕は、戦えるかな? アイツ等と」
「大丈夫」
それが、ホヌスの答えだった。この世の誰よりも強い(と思う)、邪神のお墨付き。それを今、邪神本人から頂いたのである。「貴方は言わば、最強状態。どんな敵でも倒してしまう。貴方は……貴方の概念を借りれば、設定的卑怯状態なの。チート状態にプロも素人もない。相手が貴方に武器を振るえば、武器の軌道はもちろん、その反撃手段すら分かる筈よ。だから」
彼女は、魔王と勇者達の顔を見比べた。そうする事で、彼等を天秤に掛けるように。「どっちを殺すの?」
そう訊かれた瞬間に「人間」と答えた。頭の中にはまだ、向こうの倫理観が残っていたけれど。異世界の空気に当てられて、そのストッパーをすっかり忘れてしまった。向こうと倫理が違う世界なら、向こうの倫理に従う事はない。怖がりながら槍を構える事も、それをクルクルと振り回す事も、僕の万能感をくすぐる麻薬でしかなかった。僕は頭の中に流れるイメージに従って、勇者の一向に挑み掛かった。
勇者の一行は、弱かった。それぞれが着ている装備品も一流で、「使う技や魔法も一流」と思えるのに。彼等が僕に向かって攻撃を仕掛けた瞬間、それが(感覚的に)遅くなって、勇者の剣はもちろん、魔術師の魔法すらもふわりと躱せてしまった。挙げ句の果てには、僧侶の腕を掴めてしまう始末。
彼等は僕の力を目の当たりにして、お互いに「コイツが、大ボスじゃないか?」とか「この女は、囮じゃないか?」と言い合いはじめた。「今までの奴等とは、全然違いすぎる。相手の動きはおろか、頭の方も全然読めない! まるで、本物の魔王と」
戦ってはいない。が、ある意味ではそうだろう? ラスボスの次に裏ボスが出るのは、ロールプレイングのお約束。「残念、ここからが本番です」と言うのが、お決まりだ。ただ強いだけのラスボスが、裏ボスに敵うわけはない。
彼等はそんな常識も知らないで、勇者は剣を、魔術師は魔法を、召喚士は聖獣を、それぞれに使いつづけた。「ちくしょう、なんで? どうして、通じない? 魔族のボス達を倒してきた」
力? こんな程度なのに? 僕の知っているリア充(笑)ですら、もっと良い感じに動く……まあ、良いか。コイツ等はSSS級の冒険者かも知れないが、僕は∞級の悪魔である。
∞級の悪魔が、SSS級の冒険者に負けるわけはない。
相手がどんな攻撃を繰り出そうが、それもすぐに捌けてしまう。魔術師の厨二病的呪文も、槍の前では無力だった。彼等は僕の力に脅えて、その顔から戦意を失いはじめた。「そ、そんな、こんなの」
無理。そう考えるのは、普通だろう。問題は、それから逃げられるか? 僕の前から一目散に逃げられるかだった。彼等は互いの目を見合って、脱出のタイミングを計りはじめた。「良いな?」
残りの面々も、「良いよ」とうなずいた。倫理もクソもない彼等だが、そう言う部分は周到らしい。僕が彼等の真ん中に動かなければ、地面の上に魔方陣を描かれるところだった。僕は(自分から見て)最も近い人物、僧侶の腹に槍を突き刺した。「死ね」
そう呟いた瞬間に覚えた感触、僕の倫理を壊した感覚は、槍先から伝わる肉の感触よりも生々しかった。「人を殺す」とは、「こう言う事だ」と。「相手の命を奪う」とは、血の流れる感触を覚えて、それに興奮を覚える事だった。
僕は悪魔のそれらしく、僧侶の血を「ペロリ」と舐め取って、残りの敵達に視線を戻した。残りの敵達は、僕の視線に脅えている。最初はあんなに雄弁だった勇者も、今では子鼠のようになっていた。僕は自分の槍をクルクルと回して、残りの敵達にまた挑み掛かった。「一人残らず、刈り取ってやる!」
彼等は、それに悲鳴を上げた。「こんな所に来なければ良かった」と、そう自身の功名心を呪って。