第4話 滅びゆく国(※三人称)
お待たせしました。この話から異世界編に入ります。
人間と魔族。その相容れない両者は、古の昔から戦い合う運命だった。人間側が自身を振り上げれば、魔族側も自己の爪を振り下ろす。互いの武器を使って、相手の命を奪い合う。生命の歴史では普通に思える歴史だが、それが彼等の抱える歴史だった。歴史は、何度も繰り返す。そこに分岐点はあっても、行き着く先は戦いの勝敗だった。
魔族は、人間の力に負けた。正確にはまだ負けていないが、ほとんど負けも同然だった。最後の砦である、魔王城。そこに母権者達が攻め入って。各地から緊急招集を掛けた部下達も、一人また一人と、冒険者の力に倒れていった。
魔王は、その死を悲しんだ。先代の父から国を受け継いだ彼女だったが、「統治」の力がまだ足りない彼女にとって、これは文字通りの絶望。玉座の上から降りて、周りの仲間達に「ごめんなさい」と謝るしかなかった。「私の力不足で、皆さんにはご迷惑を。かくなる上は」
私の首を以て、人間側に「停戦」を求めるしかない。それで人間側がうなずくかは分からないが、同胞達の死を見てきた彼女には、それが「最善の策」としか思えなかった。自分の命で、大勢の仲間が助かるなら? 自分が死んでも構わない。自分の命をたとえ、犠牲にしても。
一国の王である自分は、「それをするのが責任だ」と思った。国の窮地に何も出来ない王は、暴君以外の何者でもない。彼女はそんな気持ちで、自分の臣下達に「それ」を話したが……。臣下の一人に「それは、違う」とぶたれてしまった。彼女は自分の頬を押さえつつも、悲しげな顔で臣下の顔を見た。臣下の顔は、彼女の考えに怒っている。「どう、して?」
そう聞いた瞬間にまた、ぶたれた。彼女は頬の痛みに耐えかねて、思わず「ぶつの!」と開いてしまった。「私が死ねば、皆が」
助かる。そう考えるのはやはり、甘いらしい。彼女としては精一杯の善意だったが、周りには「甘い」としか思えなかった。ここまで魔族を追い込んだ人間が、そんな申し出を受け入れる筈はない。「勢力均衡」の条約を破った奴等が、そんな考えるを「受け入れる」とは思えなかった。彼女は臣下達の考えに俯きながらも、彼等に「なら、どうすれば良いの?」と聞きつづけた。「この戦いを終わらせるには?」
臣下達は、その質問に答えた。ただ一言、「勝つしかない」と。約束を破るような奴等には、「然るべき対応しかない」と。お決まりの文句で、彼女に訴えたのである。臣下達は最後の手段として、魔王城の放棄と新しい拠点の意見を言い合った。「こうなったら、仕方ねぇ」
そう呟く護衛兵の一人に周りも「そうだね?」とうなずいた。彼等は互いの目を見合って、互いの意思を確かめ合った。「魔王様が死んだら終わりだからな。勝つ見込みはなくても」
ここから巻き返せば良い。今は負けても、次に勝てば良いのだ。戦うための力を備えて、然るべき時に「それ」をぶつければ良いのである。彼等はそう言い合って、大抵の者が足止め役を、残りは魔王の護衛役に残ったが……。
敵の力は、彼等が思うよりも強かったらしい。敵は城の防衛隊を次々と破って、彼等が控える場所に辿り着いてしまった。魔王達はその突破力に驚きながらも、大半は今の作戦通り、魔王の逃亡を一番に考えはじめた。「自分の命は、無視しろ! 皆、魔王の命を守るんだ!」
残りの兵達も、その声に応えた。魔王城の守りを破ってくるあたり、「この敵達が只者ではない」と分かっていても。「忠」と「義」と「心」を重んじる彼等には、それが命よりも重い言葉だった。魔王の命に比べれば、この命なんて安い物である。
兵士達は「死」を考えた顔で、目の前の冒険者達に挑み掛かった。が、現実はやはり残酷。彼等がどんなに思おうが、それを覆すのは無理な事だった。剣士の剣に斬られる、兵士達。彼等は相手の力を察した上で、魔王に「コイツ等は、異常です!」と叫んだ。「あまりに強すぎる! 我々の武器が、まったく効きません! 取り囲んでも、無理です!」
魔王は、その声に震えた。戦闘経験の少ない彼女だが、本能的には「これは、マズい」と思ったらしい。最善策である逃亡を忘れて、臣下の一人にしがみついてしまった。彼女は臣下の一人に「しっかりしなさい!」と言われて、その場から「は、はい!」と走り出した。「皆、ごめんなさい。ありがとう!」
兵士達は、その声に喜んだ。敵の足止め役を買った、魔族の将軍達も喜んだ。彼等は最大の称賛を受けて、自身の仕事に誇りを持った。「どうせ、死ぬんだ。死ぬんなら、格好良く死んでやる。あの子に仕えた」
魔族の一人として、この仕事を「やりとげよう」と思った。が、グサリ。敵の刃は、それを許さない。敵の放つ魔法も、それが操る聖獣達も、その希望を許さなかった。冒険者達はそれぞれの特技を使って、魔王の退路を断っただけではなく、彼女の周りに居た近衛兵達、挙げ句は残りの兵士達すらも、その鍛えた技で打ち倒してしまった。
その光景に喜ぶ、冒険者達。その笑みに光を失う、魔族達。彼等は「死」と「生」の境界を敷いて、それぞれに魔王の未来を思った。「最悪」の、そして、「最高」の未来を。恍惚と絶望の中に感じたのである。
彼等は……もう、彼等ではない。冒険者達は魔族達の死体を踏みつけて、魔王の前に歩み寄った。「さて、と。ラストだな。コイツを殺れば、すべてが終わる。この下らない戦いが」
魔王は、その言葉に脅えた。それも、ただ脅えたわけではなく。怯えの中に怒りを感じた。魔王は絶体絶命の中で、冒険者達の威嚇を止めた。「下らない戦い? ふざ」
一度、息を吸った。「緊張」と「恐怖」で、胸がドキドキしていたから。気持ちを落ち着けないと、相手に自分の意見を言えなかった。彼女は真っ赤な瞳で、冒険者達の顔を睨んだ。「けるな! そっちが破ったくせに! お前達が破らなければ」
誰も死ななかった。必要以外の者が死ななかった。条約で定めた以上の犠牲者が出なかった。それなのに! 魔王は、言いようのない怒りを感じた。今までに感じた事のない怒りを。魔王は、「勇者」と思われる青年に「返して!」と叫んだ。それを嘲笑われても、相手に「私の家族を返して下さい!」と叫びつづけた。
彼女は勇者の嘲笑を無視して、彼の体に体当たりしようとしたが……。そんな攻撃は、通じるわけがない。(「魔王」とは、言え)十五三の体当たりでは、勇者に跳ね返されるのがオチだった。彼女は地面の上に倒れてもなお、勇者に自分の腹を蹴られ、僧侶の杖に頭を殴られ、格闘家にも頭を踏みつけられ、召喚士にも背中を蹴られ、魔術師にも髪を引っ張られてしまった。「う、ぐっ、いや、止めて!」
そう叫んだが、無駄だった。相手に慈悲は無い。彼女の声を無視して、その身体を何度も嬲りつづけた。彼等はお得意の加虐心を満たすと、今度は彼女の服を脱がせて、別の欲望を満たしはじめた。「発展途上だが、悪くない。これなら朝まで楽しめる。あそこが、閉じないくらいにね!」
魔王は、その言葉に青ざめた。それは、文字通りの強姦。聞いた通りの辱めだったから、自分でも驚くくらいに抗った。彼女は四方から自分の体を抑える冒険者達に「嫌だ!」と叫んだが、勇者が下の服を脱ぎはじめたところで、その声をすっかり忘れてしまった。「あっ」
……終わった。自分はもう、助からない。アイツ等にまわされて、そのまま殺されるんだ。人間達に自分の裸体を晒して、断頭台のギロチンを食らうに違いない。魔王はそんな未来に泣きながらも、一方では死んでいった家族や仲間達に対して「ごめんなさい」と謝りつづけた。「私、国を守れなかった」
勇者達は、その声に「ニヤリ」とした。「世界の救世主」と言う肩書きも良いが、それ以上に「魔王をまわす」と言う興奮が抑えられないらしい。彼等は「大人の倫理」を忘れて、少女の体を味わいはじめた。
悪魔がそこに現われたのは、正にその瞬間だった。魔王の前から吹き飛ばされる、冒険者達。彼等は突然の事に訳が分からず、悪魔の存在に気づくまで、互いの顔を「なんだ? なんだ?」と見合っていた。「お、お前、何処から?」
悪魔は、その声を無視した。「そんな事は、どうでも良い」と、無言の中に微笑んで。彼は相手の顔をしばらく見たが、魔王の方に視線を移すと、意味深な顔で魔王の緊張に微笑んだ。「なるほど。どっちが悪いか、大体分かった」