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第3話 呪縛との別れ(※主人公、一人称)

 戸惑う顔が面白い。亜紀からすれば、意味不明な状況だろが。それを求めていた僕には、文字通りに面白かった。僕は困惑顔の亜紀を無視して、彼女に「ごめん、ジュース忘れた」と言った。「彼女に見惚れちゃって、つい」

 

 亜紀はなおも、僕の言葉に黙りつづけた。言葉の音は聞いているが、その理解が追いつかないらしい。僕と邪神の顔を見渡す表情には、「悲しみ」の色が混じっていた。亜紀は自分の足下に目を落として、スカートの裾を握った。「冗談、だよね? こんなの。私を驚かす、冗談だよね?」

 

 そう訴える彼女に「違うよ」と答えた。彼女の絶望を煽るように。彼女がそれに「え?」と驚いた時も、その声に「僕は、彼女が好きになった」と被せた。僕は彼女の肩に手を伸ばして、その上に手を乗せた。そうする事で、彼女の絶望を引き出すように。「ごめんね?」

 

 彼女は、その声を無視した。自分ではもう、この意味が分かっている筈なのに。それでも、僕に「冗談でしょう?」と訊きかえした。彼女は僕の体に抱きついて、その上着を思い切り掴んだ。「えーちゃんは、そんな人じゃない! 私の知っている、えーちゃんは!」

 

 その言葉に「イラッ」とした。彼女はやっぱり、分かっていない。「僕」と言う人間をちっとも分かっていなかった。僕が分からない人間に僕を語る必要はない。彼女の体を放して、その目を睨みつけるしかなかった。僕は彼女の泣き顔に「ニヤリ」として、隣の少女に視線を移した。隣の少女は、今の光景に笑っている。僕が見せている芝居を心から楽しんでいるらしい。


「僕は、こう言う人間だよ」


「え?」


「自分の心を縛る人間は、許さない。僕は昔から、そう言う人間なんだ。僕の欲を潰す人間は、どんな人間も許さない」


「そ、そんな! そんなの」


 信じる、信じないは自由だ。が、目の前の現実は受け入れるべき。「僕」と言う人間をただ、受け入れるべきである。「僕は、君の考えるような人間ではない」と、そう受け入れなければならなかった。悲しげな顔で僕を見つめる、亜紀。亜紀は周りの視線を無視して、邪神の前に詰め寄った。「貴方の所為だ。貴方の所為で」


 僕がおかしくなった? そんなわけがないだろう? 彼女はただ、僕にキッカケをくれただけだ。僕が僕であるための、そのキッカケをくれただけである。亜紀はそんな事も知らないで、彼女の胸倉を掴み、その目を思い切り睨みつけた。


「返して! 私のえーちゃんを返して! 私だけの」


「栄介君ではない」


「え?」


 亜紀は、彼女の胸倉から手を放した。今の言葉が、文字通りのショックだったらしい。最初は反撃の意思を見せていたが、僕の表情に「えーちゃん」と気づいた瞬間、その戦意を失ってしまった。彼女は「それでも」と言う顔で、僕の顔を見つめた。「違う、よね? えーちゃんは、私の……。ずっと昔から」


 君の物? 冗談じゃない。僕は、僕だけの物だ。この体も心も、すべて。他人に「それ」を与えた事は、一度もなかったのである。ましてや、こんな幼馴染に。彼女は自分の理想に従って、その中に僕を閉じ込めただけだ。僕の気持ちも知らないで、その欲望に従っただけである。彼女はそんな自分の罪にも気づかず、自分が被害者のような顔で、邪神の前にまた詰め寄った。「泥棒猫」


 そしてまた、「えーちゃんを返して!」と叫んだ。彼女は邪神の顔を叩こうとしたが、邪神に「それ」を躱された所為で、地面の上に転んでしまった。「うっ」


 そう怒った瞬間にはもう、制服のブレザーが土で汚れていた。彼女はブレザーの汚れを払おうともせず、目の前の邪神にまた挑み掛かった。それがまた、躱されても。その体力が尽きるまでは、邪神に自分の怒りをぶつけつづけたのである。彼女は公園の中から人が居なくなったところで、地面の上に「うっ」と座り込んだ。「死ね、死ね、死ね、お前なんか」


 死んでしまえ? 僕を殺してきた君が? 僕の闇を潰してきた君が? 邪神に対してそんな事を? 冗談じゃない。君は、言葉通りの罪人だ。相手に自分の首を差し出す人間。そんな人間に他人を裁く権利はない。僕は彼女の声を無視して、邪神の顔に目をやった。邪神の顔は、彼女の怒声を嘲笑っている。「聞く必要は、ないよ」


 邪神も、それに微笑んだ。彼女は僕に言われなくても、それが「最適解」と分かっていたらしい。亜紀の前にしゃがんで、その顎を摘まみはじめた。「貴女のそれは、我侭。彼の自由を縛る呪い。我侭は、人の人生を狂わせる」


 亜紀は、その言葉に表情を変えた。彼女の視点から見れば、非常識なのは僕達だが。邪神の口調に惑わされて、その思考が働かなかったようである。亜紀はフラつく体を起して、邪神の目を見かえした。邪神の目はやっぱり、例の嘲笑を浮かべている。


「私は、えーちゃんの人生を狂わせた?」


「そう、貴女が気づかない内に。貴女は、彼の自由を奪っていた。『思うままに生きる』と言う自由を。貴女は人間の法に従って、その自然を侵していた」


 亜紀は、その言葉に黙った。黙ったが、やっぱりうなずけないらしい。邪神が彼女の目を見つめるまで、相手に自分の良心をぶつけていた。亜紀は両手の拳を握って、地面の上に目を落とした。「そんなのは、自由じゃない! 自分勝手に生きるのは、どう考えても自由じゃないよ! 周りの迷惑も考えないで」


 確かに自由ではない。が、それが「邪神に通じる」とも思えない。僕と同じ世界に生きている(と思う)のなら、そんな考えなんて「甘い」と思うだろう。古今東西の支配者は、その大半がエゴイストである。世間一般の人ではない。彼等は自分の信念に従い、ある時には法を、そして、秩序を壊してきたのだ。そんな連中に対して、「普通の善が通じる」とは思えない。


 僕は人間の闇を認めて、「それこそが真理」と考えた。人間の真理から目を逸らすのは、生きるそれ自体から目を逸らす事である。僕はまだ、偽物の人間になりたくない。だから、亜紀を否める。彼女の常識をぶち壊す。この信念に従って、下らない幻想を打ち破る。「だから」

 

 僕は亜紀の手を握って、自分の体に彼女を抱き寄せた。そうする事で、彼女との距離を広げるように。「()()()()()

 

 昔の呼び方に戻した。中学に上がって以来、ずっと呼んでいなかった呼び方に。僕は不安と恐怖に脅える亜紀の体を抱いて、その耳元に「大嫌い」と囁いた。「僕はずっと、君の事が嫌いだった。僕の欲望を縛る君が、心の底から許せなかった。今もこうして、君の体を抱かなきゃならない自分も。僕は君の所為で、嫌な毎日を送ってきた」

 

 それを聞いた亜紀は、僕の予想通りに狂った。僕の体を押し飛ばして、子供のように泣き叫んだ。彼女は言葉にならない言葉を叫んで、僕に「どうして? どうして?」と叫びつづけた。「そんな事を言うの? そんなのは、えーちゃんじゃない! 私の知っている、えーちゃんじゃ! 本当のえーちゃんは」

 

 優しい? まさか。わざと優しくした事はあっても、本心から優しくした事はない。ましてや、君になんて。嘘以外の何物でもなかった。僕は邪神の手を握って、その横顔に目をやった。彼女の横顔は、僕の手に喜んでいる。「行こう、向こうの世界に」

 

 邪神も、それにうなずいた。今の流れから読んで、「このタイミングが良い」と察してくれたらしい。邪神は空間の中に穴を開けて、僕や亜紀にその中を見せた。「この先には、貴方の求めた世界がある。貴方の欲望を解き放てる世界が、貴方の良く知るファンタジーで造られているの」

 

 僕は、その言葉に熱くなった。「僕の良く知るファンタジー」とはつまり、巷で話題の異世界ファンタジーだろうが。それが「この先にある」と思うと、いつもの表情がどうしても保てなかった。僕は胸躍る気持ちで、穴の中に足を踏み入れたが……。あの遊びをふと思い出すと、楽しげな気持ちで邪神の顔に目をやった。


「ねぇ?」


「なに?」


「さっきの話だけど」


「ああ」


 邪神もどうやら、思い出したらしい。邪神は亜紀の方を振り返って、その顔を指差した。


()()()()()()()()?」


「良い」


 それが、僕の答えだった。彼女だけが覚えていれば、他の有象無象なんてどうでも良い。「その方がずっと、辛い筈だから。彼女の記憶にだけ」

 

 邪神は、その言葉に微笑んだ。まるでそう、僕の悪意を喜ぶように。彼女は右手の指を鳴らして、周りの風景から色を抜き取った。「これでもう、貴方を覚えている人は居ない。目の前の例外を除いて、その存在自体が消えた。公的な機関にも、貴方の記録は残っていない」

 

 僕は、その言葉に喜んだ。これで自由、文字通りの天国である。自分が最初から居ないなら、「それに関わる問題も最初から無かった」と言う事だ。最初から無い問題は、消せない。僕は邪神の力に微笑みながらも、不機嫌な顔で自分の後ろを振り返った。あの憎たらしい幼馴染が居る方を。


「ざまぁみろ! これは、君に対する罰だ。自分の我侭で、僕を縛ってきた事に対する。ただの人間が悪を封じるなんて、おこがましい事この上ないんだ!」

 

 亜紀は、その言葉に倒れた。言葉の意味を受けて、それにショックを覚えたらしい。僕や邪神が穴の中に入ろうとした時も、無言で地面の上に倒れていた。


 亜紀は、もう良い。彼女の事は、考えない。今の相棒は彼女であり、穴の先にも新しい世界が待っているのだ。新しい世界が待っているのに、古い世界は考えていられない。僕は邪神の隣に並んで、この新しい世界を歩きつづけた。


「そう言えば」


「なに?」


「まだ、聞いていなかったね。君の名前を?」


 邪神は、その質問に微笑んだ。どんな女性よりも美しい顔で。「ホヌス。意味は、欲を愛する者」

 現在編、終了です。次回より異世界編に入ります。

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