ベース建設 その1
シエラ星に戻った大佐以下のメンバーは連日情報部と軍司令本部、そして技術開発部門と政府との打ち合わせに忙殺されていた。
戦闘時間はそれぞれ10分程度で終わったとはいえ、その戦闘の間のAIの処理について、そして太陽系連邦軍のレーザー砲についてなど情報を整理、分析する仕事は多い。これらのデータの蓄積がシエラにとって戦闘用AIの改良の手助けとなり、艦船のデザインや機動性に影響を与える。
シエラは最近は全く戦闘を行っていないので太陽系連邦軍の活きたデータは非常に参考になった。データ分析がある程度終わったところで情報部のスコット大佐が発言を求めた。
「今回の太陽系連邦軍とエシクの戦闘に置いて我がシエラのAIと彼らの武器製造技術が合わさった結果大勝利をもたらしたともいえますが、連邦軍の勝利の最大の理由について情報部としては彼らが宇宙空間に持っている基地とその運用であったと考えております」
情報部からはスコット大佐とフランソワ少佐の2名が出席していた。最近はこの2人が出席することが多い。シュバイツ准将は元々多忙だったが少数精鋭の情報部ではなかなか他の人材を回す余裕がなかった。フランソワが情報部に移動してきてようやく少し融通が効く様になっていた。会議に列席している者が皆スコット大佐に顔を向けたところで彼が続けて説明をする。情報部は戦闘終了後に地球に駐在しているアンドリュー中佐と複数回打ち合わせをしていたし、彼が作成した詳細なレポートも入手していた。
「太陽系連邦軍は太陽系内に1,000人以上が長期にわたって滞在できる基地を宇宙空間に複数もっており、今回はこのいくつかあるベース基地の1つのメインコンピューターが全てを仕切っていました。彼らのやり方は地球ではなく戦線に近い場所にある基地、彼らはベースと呼んでいますが、そのベースに作戦本部を設置し、そこのAIと人間とが打ち合わせをして戦闘の全てをコントロールしていました。地球の司令本部は戦闘中には一切指示を出しておりません。ベースにあるAIが艦隊および地球の司令本部にリアルタイムで情報を提供していましたが戦闘はベースに駐留する最高責任者に一任されております」
スコット大佐の発言を聞いていてその意図について理解できない者はここにはいない。
「確かにそうだ。現に連邦軍の艦隊は地球を出ると宇宙空間にあるベースに移動してそこで戦闘までずっと待機していた。その間艦隊司令部最高責任者とは毎日顔を合わせては戦術の確認以外にも兵士の健康状態、疲労度などについて打ち合わせをしていた。それによりその場で最適だと思われる駆逐艦、空母をそれぞれのワープポイントに派遣している。現地にいない司令部が遠隔で指示を出しているのとは違う」
軍司令部で実際に戦闘艦空母に乗り込んでいたプレストン大佐が言った。
「その通りです。しかもその待機しているベースが大きくて広い。そこで働いている者がストレスを感じないための施設や食事が用意されていました。駐留していた艦隊兵士も普段は非常にリラックスしていたと聞いております。もちろんそこで働いている人たちには全員に個室が与えられていました」
「シエラは宇宙にベースを持っていない。当星でもこの基地の開発と設置が必要だと情報部は考えているのですか?」
大統領府から来ている政府担当者がスコット大佐に聞いてきた。その言葉に頷く大佐。
「太陽系とブルックス星系とは根本的に違っているとはいえ、宇宙空間にベース、軍の基地を持つメリットは大きいと考えます。ただ持つことにより同じ星系内にある他の星、そしてファジャルを刺激してしまう可能性が無いとも言えない。ですからしっかりと審議をする必要があるとは思いますが情報部としては検討に値するものだと考えております」
太陽系連邦軍は太陽系全体を統括している。その範囲は広くまた土星などの資源惑星も自分達の勢力圏内にある。それらを守るために宇宙空間にいくつも基地をつくり軍を駐留させて外に目を向けて準備をすることは当然だ。
一方で広大なブルックス星系内には多くの星があり、全ての星が同じ考え方をしている訳ではない。いつの頃からかブルックス星系内では星の勢力圏と勢力圏外という考え方が定着している。つまり勢力圏外は誰のものでもないという考え方だ。
もしシエラが自分たちの勢力圏外に宇宙基地、それも軍事基地を作ったとなれば連邦の各星から激しいクレームが来ることが予想される。したがって情報部は内部の打ち合わせで勢力圏内ぎりぎりの場所にまず作ってはどうかと考えていた。具体的には第1資源惑星の勢力圏内ギリギリの場所だ。今でもシエラ第1惑星付近は他星の船が近寄ることを禁止しているが万が一戦争となればそんなのはすぐに無視される。シエラの軍事産業の生命線でもある第1惑星は何が何でも死守する必要がある。そのためにベースを作って外側を監視すると同時にベースを製造するノウハウ、運用のノウハウを身につけるのが良いと考えていた。ただこの内部での打ち合わせの内容は本日の会議では発表しなかった。政府、大統領府の承認が出た時点で関係者に開示するつもりだ。
最初の打ち合わせから2週間後、再び関係者が集まった。場所は政府内会議室。
今回は政府大統領府とは別に外交部からも出席者があり総勢で10名以上での打ち合わせとなった。情報部からは本日はシュバイツ准将、スコット大佐、そしてフランソワ少佐の3名。それ以外に軍司令部よりプレストン大佐以下合計3名、外交部からは外交部長のマッキンレー以下合計3名。そして政府大統領府から3名、
彼らの前で参謀本部情報部のスコット大佐が宇宙空間におけるベース(軍事基地)の建造についてのプレゼンを行っている。
「以上の理由よりシエラとして自星の勢力圏内に宇宙ステーション、ベースを建造することにより対ファジャル及びブルックス星系内の他の星の動きについてもより事前に詳細な情報を入手できるものと考えております」
まず宇宙基地を設置するメリット説明した後、次に具体的な建造について話をする大佐。情報部としてはシエラ第1惑星の外側にある小惑星群、その更に外側の勢力圏内ギリギリの場所にとりあえず一基のベースを製造して運用しながらノウハウを身に付ける、いずれはシエラ勢力圏内に4つのベースを作る事で全方向をカバーする体制に持っていく。
「最初に設置するベースを小惑星群の外側にする意図は?トレオン星系はそちらの方角ではないと理解していますが」
スコットの話に対して大統領府から質問が飛んだ。自由闊達な議論が交わされるのがシエラだ。質問する側もされる側もお互いに遠慮をしない。
「仰る通りです。ファジャルをターゲットにするとなると第1惑星ではなく第2惑星の外側になるでしょう。ただ我々は未だかつて宇宙空間に軍事基地を作ったことがない。となると最初は作りやすい場所に作るのが良いと考えています。小惑星群の中にはアンヘル博士の秘密基地がありますからね。そしてAIもある。博士の基地をオフィスにすることで初期投資も押さえられますし、打ち合わせをする場所もある。なにより第1惑星のあのエリアは軍事エリアとして一般の船の侵入が禁止されています。最初に基地を作る場所として最適と思われます」
情報部の説明に納得した表情になる他の参加者達。
「アンヘル博士の秘密基地は現在軍司令部と情報部で管理しています。最初はあの基地を拡張することも検討しましたが元々研究所であったこともあり、手直しするとなるとほぼ全面的に手を加える必要があります。それならばあの基地を仮のオフィスにして新たに自分達が使いやすいデザインで作った方が良いと判断しました」
スコット大佐がそう言った後でシュバイツ准将が発言する。
「わが星が宇宙に軍事基地を作ると言っても製造のノウハウや艦隊のピアとその運営、数千人の人の管理等未経験な事ばかりです。従って外交部経由で太陽系連邦軍に協力を仰いで建造を進めたいと考えております」
その言葉を聞いた外交部長が大きく頷く。
「軍司令部としてはどう考えていますか?」
話を振られた司令部のプレストン大佐は軽く頷くと聞いてきた大統領府の担当者を見て答える。
「本件は情報部とも話をすり合わせしており、今シュバイツ准将が説明された案を全面的に支持します。現時点では基地の規模が不明確ですのが、決定次第基地配属の人員及び船隊等の絞り込みに入るつもりでおりますが太陽系連邦軍の基地を見た感じでは最低でも2個師団が駐留しており、ベースの人員的には基地勤務者のみで2,000名程度の規模でありました」
大きな基地だなという声がした。大統領府の担当者が情報部の参加者が座っている席に顔を向けた。
「最終的に何基の基地を考えていますか?」
「4基です。それで全方向をカバーすることが出来ると考えております」
「分かりました。外交部としては何かありますか?」
マッキンレー外交部長が顔を上げた。
「シエラの勢力圏内というのであればブルックス星系内の他の星からのクレームは来ないでしょう。来ても突っぱねることができます。あと太陽系連邦軍との協力については個人の感触ですが問題ないと考えます。駐シエラのアーノルド大使はバランス感覚に優れた有能な方だ。こちらの意図をきちんと説明すれば地球がサポートする前提での報告を上げてくれるものと見ております」
「分かりました。最終的には大統領の判断になります。結論が出次第本日参加されている各部には連絡いたします」
司会役の大統領府の役人が言ってこの日の会議が終わった。