ペインズベル星 その1
アン大使らを地球まで送り届けたアイリス2はシエラ第3惑星に戻り簡単なメンテナンスをした後通常の運送業務に戻っていた。
『ペインズベルの港湾局と繋がりました』
アイリスがそう言うとモニターにペインズベルの港湾局の担当者の顔が映った。
「久しぶりだな、ケン。相変わらず稼いでるんだろう?」
「ぼちぼちだよ。今回は運送免許の更新に来た」
「聞いている。小型専用ポート5番ピアに着岸してくれ」
「5番ピア、了解。手配に感謝する」
『ペインズベル首都小型専用ポート5番ピアの座標が来ました。目的地としてインプットしました』
港湾局との通信が終わるとアイリスが言った。
「オーケー。今回は荷物はないが2、3日泊まるつもりだ」
全てのやりとりが終わるとオペレーションルームの自席に座っていたソフィアが顔をケンに向けた。
「免許の更新ってそんなに時間がかかるものなの?」
「いや。更新自体はすぐに終わるよ。違反行為をしていれば別だがアイリス2は品行方正だ。問題ないね」
じゃあどうして?と聞いてきたソフィア。
「ペインズベルは言ってみれば運送屋の溜まり場みたいな場所なんだよ。特に俺たちの様な小口の運送屋のね。あそこは免許の更新や新造船の船体IDの取得などを一手に引き受けている。そんなこともあり常に運送屋が集まっている場所だ。海賊船や他の情報を得るには最適の場所なんだよ」
ケンの説明を聞いて納得するソフィア。運送屋の溜まり場となるとシエラの情報部員がそう簡単に入り込めないだろう。そして運送屋で情報を交換するということは彼ら小口業者が生き残るために必要な事だ。
「俺たちがいつも見ているサイト、仕事を探しているサイトの本拠地もペインズベルにある。今回はそっちにも顔を出すつもりだよ、あとは少し買い出しもしておこうと思っているんだ。この星は物価が安いのでね」
ペインズベル星はブルックス星系のほぼ中央部に位置する惑星だ。交通の要所としても有名であり、大手の運送会社はほぼ全ての会社がここペインズベルに大きな倉庫を構えている。一旦この星に持ち込んでそれから各星にデリバリーをしたり、逆に各星から集まってきた荷物をここで大型船に積み替えて出航していく。輸送の中継基地としてつとに有名な星だ。
そんな大手と同様に中小の運送会社もそれなりの倉庫を構えて運用している。ケンの会社は倉庫を持たない一匹狼だがそれでもこの星に来るメリットはあった。時々大手から下請けの仕事が回ってくることがあるのだ。以前は何度か下請けとして仕事をしたこともあるがアイリス2になってからはそこまでする必要がないのでこの星を訪れる頻度は下がっている。ただ今回免許更新というタイミングでもありペインズベルで最近の情報を収集しようとしていた。
港湾局が小型専用ポートと指示したが、このペインズビルには大型専用ポート、中型背専用ポートそして小型専用ポートがあり、それぞれに大量のピアがある。
「100メートルで機体水平、そのまま減速して着地」
『100メートルで機体水平、そのまま減速して着地します』
ケンとアイリスのやりとりで指定された5番ピアに着岸したアイリス2。ケンとソフィアはアイリス2から降りるとエアタクシーで市内に移動した。
2人はまずはブルックス星系を管轄している運輸局に顔を出して輸送免許の更新をする。ここには登録されてる全ての輸送船のIDとデータが入っており違反や契約不履行と言った犯罪歴もみることができた。ケンはアイリス2の前の船から今まで無事故無違反でもちろん荷主から訴えられたこともなかったのでスムーズに免許を更新できた。
次に彼らは登録してある小口運送業者のサイトを管理している組合に顔を出した。
受付で名前を言うとしばらくして担当者のズールというペインズビル星人がやってきた。ペインズビル星人は総じて小柄な人が多い。身長150センチほどのズールもその例に漏れずに小柄だが当人に言わせると150センチはペインズビル人の中では背が高い方だという。温厚な顔つきでいつもニコニコして人当たりが良い。ペインズビル人は総じて社交的でありその種族特性を活かして対人の商売をするものが多い。一番多いのはホテル業だ。有名ホテルで勤務している従業員の多くはペインズビル人だと言われている。
「久しぶりだな、ケン。そっちは初めてだな。会社で事務方をやってるズールだ、よろしく」
ロビーの一角にある面談コーナーに移動するなり気さくな調子で話しかけてくるズール。彼も社交的だがそれに加えて極めて優秀な人間でもある。小口運送業者専門のサイトを管理している事務方だと自分で言っているが実際は会社の幹部の1人であり、仕事を出す相手、荷主とは運送業者が一方的に不利にならない様な条件を引き出し、方や登録をしている小口の運送会社に対しては厳しい管理を要求してくる。その結果このサイトを運営している会社は顧客からも運送会社の連中からも尊重されるまでになっていた。
ケンはこの会社に登録することができてから今まで一度も荷主に不利益を与えることなく常に100%の契約達成をしてきていたのでズールからの信頼も厚い。
「免許の更新は問題なかっただろう?お前は無事故無違反。ドライバーの模範みたいな奴だからな」
3人がソファに座ったところでズールが言った。
「おかげさまでそっちは問題なかったよ。小口運送の方についてもおたくには迷惑かけていないと思うが?」
「ああ。全く問題ない。船を変えてから長距離メインにシフトしたみたいだがそっちも全て契約を履行してるしな。うちらの会社から見てもアイリス2は問題ない。お互い良い商売ができているということだ。せいぜいこれからも嫁さんと2人でがっつりと稼いでくれ」
「2人になったから長距離にシフトしたというのもあるけどな。ところで最近何か海賊船ややばい奴らについて情報は持ってるのかい?」
「お前は地球人だが太陽系とは商売をしていないので関係ないのかも知れないが今太陽系がきな臭い。ロデス星系のエシクが太陽系にちょっかいをかけていてもうすぐ戦争が始まるって噂だ。ただ俺たちブルックス星系にとっちゃあ関係のない話だ。もともと太陽系はほとんど自分たちの星系内で仕事をしている。たまに太陽系産の鉄やアルミが運ばれてくるだけだな。それだってしれてるさ」
「戦争でブルックス星系がとばっちりを食うってことはないだろう?なら関係ないな。海賊船についてはどうだい?」
「バードビルの裏にいた海賊がやられちまったという話は知ってるかい?」
「ああ、どっかの軍艦がやっつけたって話だろう?聞いている」
シエラの輸送船に扮した攻撃船がバードビルの海賊を退治したニュースはすぐにネットに上がっていた。その中ではどこかの軍隊が海賊退治をしたのだろうと書かれており読者のほとんどがその情報を信じている。
「そうみたいだな。誰がやっつけてくれたのかは知らないがお前さん達にとっては悪い話じゃない」
その通りだと相槌をうつケン。ソファに座ってからはケンとズールの2人でやり取りをしていてケンの隣に座っているソフィアは黙って聞いているが内心でホッとしていた。幸いにしてシエラがやっつけたとはバレていない様だ。
「他のエリアについちゃあ聞いてないな。ケン、どうせ明日にでも溜まり場に行くんだろう?そっちで聞いた方が湯気が立ってる情報があるかもしれないぞ」
「そうだな。そうするよ」
礼を言ってソファから立ち上がったケンとソフィア。建物の玄関まで見送りにきてくれたズールともう一度握手をして組合のビルを出るとその日はアイリス2に戻ってゆっくりと休んだ。
翌日2人はエアタクシーをダウンタウンに向けた。午前中はソフィアに付き合って市内をぶらぶらとしたり買い出しをする。午後からは溜まり場に顔を出す予定だ。
「今日ケンが行く溜まり場って飲み屋さん?」
市内をウロウロしてからレストランで昼食をとっている時にソフィアが聞いてきた。
「アイリス2と同じくズールの組合に登録している小口運送業者が集まるバーがあるんだよ。いつの頃からか溜まり場と呼ばれる様になってこの星の近くに来たら寄って情報交換をするんだ。大手と違って中小の運送業者は情報の入手手段が限られている。仲間内での情報交換は大事なんだよ」
ケンによると今から行く溜まり場に集まってる中小の運送業者の連中は組合に登録している連中しかいないので信用ができるのだという。
「虚偽の情報を流した奴はすぐに組合から除名される。そして仲間内からの信用もなくす。なのでそこで交わされる情報は精度が高いものが多い」
顧客側もあの組合に登録している業者を信用していることもありそこで除名させるとあの組合のページにもアップされることもあり復帰はかなり難しい、実際には無理だそうだ。
「バーにいるのは野郎ばかりだ。ソフィアはどうする?一緒に行っても構わないしこの街で引き続き買い物をしても構わないよ。この街は治安は良いから安全だ」
「じゃあ久しぶりだし買い物を続けようかな。いい?」
「もちろん。買い物が終わったらアイリス2に戻ってくれたらいいよ」
タクシーに行き先変更を告げ、まずはここペインズベルの首都のダウンタウンにある大きなモールに車を向け、そこでソフィアを下ろすとケン1人がタクシーで同じダウンタウンにある飲み屋街に出向いていった。