見返りは不要
「メインエンジンの出力を20%にまで徐々に低下」
『メインエンジン出力を徐々に20%まで低下。降下継続中』
「機種水平 着陸エンジン作動」
『機種水平。着陸エンジン作動しました。地上まで100メートル』
「そのまま降下。20メートルで旋回後さらに減速しながら降下して着地」
『降下を続けます。20メートルで旋回、さらに減速しながら降下します』
ケンが言い、アイリスが復唱する。この独特のやりとりにAIのアイリスもすっかり慣れている様だ。機体がゆっくりと向きを変えながら15番ピアを目指して下降していく。
『着陸まで3メートル、2メートル。着陸しました。着陸は正常。外気に問題なし。ドアロック解除します』
「メインエンジン停止。補助エンジンに切り替え」
『メインエンジン停止しました。補助エンジン作動。エンジン出力5%』
アイリス2のメインエンジンが停止するとベルト着用ランプが消えた。ソフィアが機体の扉を開けるとすぐに外交部の職員が数名乗り込んできた。情報部からも同様に数名が乗り込むとしばらくしてアン大使、アンドリュー中佐が階段を降りてきた。
「快適だったわよ。また地球に戻る時にはお願いしますね」
「久しぶりのシエラを楽しんでください」
アンの言葉にソフィアが答えるとそうさせてもらうわと言って下船していったアン大使。続いてアンドリュー中佐が2人に近付いてきた。
「地球に戻る日が決まったら連絡するよ」
「わかりました」
付き人も含めて全員が下船したのを確認したケンとソフィアは代わりにに乗り込んできたアイリス2専属のメンテナンススタッフにあとを任せて船を降りると専用のエアカーに乗り込んで自宅に戻っていった。
2人が自宅でのんびりしている頃、首都の一角にある建物の中では会議が行われていた。参加者は大統領府から2名、外交部から2名、軍司令本部から2名、軍情報部から2名、そして帰星したばかりのアン大使とアンドリュー中佐の10名だ。
情報部からはシュバルツ准将とスコット大佐が出席していた。外交部のマッキンレー部長も出席している。
「なるほど。では太陽系連邦軍とエシクとの戦闘はもう秒読みの段階に入っているということですね」
アン大使の報告が終わるとこの会議の司会役でもある大統領府の役人が言った。
「その通りです。アンドリュー中佐が太陽系連邦軍情報参謀本部経由で入手した情報と外交部ルートで入手した情報。この2つの情報に差異はありません」
複数のルートから情報を仕入れ、その情報をすり合わせた上で結論を出したというアン大使。彼女の仕事ぶりに不満や疑問を持つ者はここにはいない。
「それでエシクとの戦闘について彼らはシエラに対して何か言ってきておるかね?」
外交部部長マッキンレーが聞いてきた。
「はい。彼らから要望というか要請が来ています。それはAI技師の派遣。これは万が一戦闘中にAIにトラブルまたはダメージがあった場合の処置の指示、サポートです。シエラがこの要請を受けてくれるのであればシエラ軍情報部、司令本部の兵士及び将校クラスの太陽系連邦軍の艦隊乗船を認めると言っています」
「大きくでたな」
アン大使の言葉で会議室の中がざわざわとする中シュバイツ准将がそう呟くと続けて言った。
「つまりシエラの艦艇にも我々地球人を乗せろということだな」
シュバイツの言葉を聞いたアンが首を振って答えた。
「どうやらそうでは無い様です。席上私も今准将が仰った事と同じ事を言ったのです。それはつまりシエラの艦船にも乗船を希望されるということですかと。彼らはそうではないと言いました。彼らの意図はAIのサポートはお願いしたいが乗船を認める趣旨はシエラがファジャルと何かあった際の敵にレベルを事前に知ることができるからだと。エシクとファジャルの軍事力はほぼ同等という見方ですから」
それまで黙っていたアンドリュー中佐が発言を求めた。
「アン大使の今の発言につきましては私も連邦軍情報参謀本部の連中と話しをしています。彼らはシエラとファジャルの緊張状態もよく理解しており、エシクと連邦軍の戦闘がこちら側にとっても参考になるだろうという純粋な好意から提案してきている様です。見返りを求めてきてはおりません」
「気前が良すぎるぞ」
政府から来ている役人が言ったがそれに対してシュバルツ准将が答える形で話しをする。
「以前関係者にはケンのレポートを配っておると思いますがそれを思い出してください。これは地球人のベースにある考え方だと理解します。シエラと地球との関係は以前よりもずっと良好になった。これはケンのレポートに基づいて我々から地球人への接し方を変えたことによります。ただ彼らはそれでもまだ自分たちが貰い好きだと思っているのではないですかな。そう考えれば今回の彼らの提案は頷けるし受けても良いと考えます」
その後の打ち合わせでシエラとしては今回の太陽系連邦軍のお誘いに乗る事とし、AIのメンテナンスができる技術者を2名、そして軍司令本部から2名の士官クラスを地球に派遣することとする。情報部からはアンドリュー中佐が太陽系連邦軍の旗艦に乗り込むこととなった。
自宅でくつろいでいたケンとソフィアに連絡が入った。地球に向かうのは3日後の午後。乗客はアン大使、アンドリュー中佐の他に4名のシエラ人で合計6名をアイリス2で地球に運ぶというものだ。
「コンピューター技師が2名と軍司令本部からは大佐と大尉の2名ね。増員かしら」
メッセージを見ていたソフィアが言った。
「そうかもしれない。アイリス2の個室は余裕があるから問題ないな。この乗員名簿をみるとコンピューター技師が2名、司令本部から2名となっている。太陽系連邦政府と合同でミッションでもやる感じだ。まぁこっちは人でも荷物でも安全確実に送り届けるのが仕事だ。いつもと変わらないよ」
「そうね」
出発当日首都ポート15番ピアで出航の準備が完了して待っていると今回地球に赴く6名のうちまず5名がアイリス2に乗り込んできた。名前を聞くとソフィアが順に個室に案内していく。コンピューター技師はアランとボイドという男性でどちらも普段は政府の直轄機関であるAIの開発室に勤務しているらしい。アイリスのアップデートも何度か担当したことがあるという。
「アイリスは常に最新のバージョンにしています。何と言ってもVIP専用船ですからね」
「ありがとう。おかげで助かっているよ」
軍司令本部からはプレストン大佐とヨーク大尉の2名だ。彼らの具体的な勤務場所や所属を言わないのは軍では常識だ。ただケンは詳しく聞きたいとも思っていない。それは自分の仕事には関係がないと考えている。
「前々から聞いていたアイリス2に乗船できるとは光栄だな」
「そうですね。私も楽しみにしていました。よろしく頼みます」
二人とも気さくに話かけてくる。そして軍情報部のアンドリュー中佐が乗り込んできた。
「また世話になるよ」
「いつでもご利用ください」
カバン一つのアンドリュー中佐はソフィアが個室の部屋番号を言うと勝手知ったる機内なのか一人で部屋に向かった。
しばらくしてアン大使が荷物を持っているお付きの職員と一緒に乗り込んできた。
「久しぶりにシエラで過ごせて良い気分転換になったわ」
乗船してオペレーションルームに上がってくると大使が言った。
「1週間は短くなかったですか?」
アンの言葉に頷いたケンが聞いた。
「人使いが荒いのはシエラ外交部の伝統よ」
そう言って笑いながら2階に上がっていったアン大使。部屋に荷物を運んだ職員が機体の外に出ると扉がしっかりとロックされた。




