軍艦とは違う
「ケンにしては大胆な発想をしたんじゃないか?」
「海賊船が増えれば仕事がやり難くなります。それに前にも言いましたが物流が滞るのが良いことだとは思えませんからね。彼らの本当の意図は分かりませんが海賊船である以上叩かれても文句は言われないでしょう」
全ての手配が終わってから情報部に呼ばれた2人はシュバイツ准将とスコット大佐と4人で打ち合わせをしている。
「シエラとしては正面切って我が軍が海賊退治に出ると影響が大き過ぎてこの作戦は取れないという話をしていたが、まさかのこちらも星籍や船体IDを隠して貨物船のフリをして海賊船を叩くという発想はなかったな」
そう言った准将と隣で聞いていた大佐は感心した表情をしている。ケンのアイデアはシエラが、自分たちがやったと絶対にバレないという自信があれば輸送船に扮した攻撃船で海賊船を破壊するのはどうかということだ。
何もせずに放っておくとファジャルが海賊の活動を活発化させドレーマ星の様な金で転ぶ星に侵略の足掛かりを作りかねない。かと言って軍が前に出ると最悪星対星の戦闘になる可能性もあると同時に軍が大挙してブルックス星系内を活動すると星系連邦政府や他の星からクレームが出るのは明らかだ。
結局情報を取るしかないかと思っていたところにケンの提案だ。100%シエラがやっていると悟られてはならない。ただこれが上手くいけばファジャルの思惑の1つを潰すことができる。大統領府、外交部、そして軍との打ち合わせではリスクは高いがやってみようという結論になった。
MIBではこの指令を受けると地球連邦軍から導入した技術とシエラの技術を融合させて硬いボディに完全武装して遠距離から威力のあるレーザーを撃てる砲台、ステルス性も上
げNWPエンジンを積み込んだ。
ケンのアイリス2も羊の皮を被った狼と言われているがこの輸送船は全長が200メートルあることもあり、今までの輸送船の常識を覆すほどの射程距離と命中率を確保している。そして船自体の速力も分速65,000Kmまで出す事ができ、レーダーの探査範囲も1,200万KMまで延長させた。200メートルという長さにしたのは射程距離の長い銃身を船内にすっぽりと隠すためにその長さが必要であったのとレーダーを従来よりも大型のものを積み込むことにしたためだ。長距離レーダー砲は2基搭載し船首から発射される。後部や左右、上下部分にもレーダー砲が備えられておりそれらの射程距離も軍艦隊並みになっている。
海賊退治とは別に戦闘としても十分に戦力になるこの船は軍の中では空母や駆逐艦という表現をすれば攻撃型輸送船という名称を持つことになる。乗組員は10名。全員が軍の兵士、それも優秀な兵士達が乗り込むことになった。
外見はどう見てもただの中型の輸送船だが完全武装しておりシエラ所属の駆逐艦よりも攻撃的であり他星での旗艦クラスの船よりもずっと能力が高い。そして最新のステルス塗料を塗布した。これによってレーダー上で感知されにくくなるのと万が一感知されてもその船の輪郭がぼやけて船型がわからない様になる。この塗料はシエラの秘中の秘と言われる。
シエラはこの攻撃型輸送船を2隻建造した。この2隻は完全な隠密行動となる。他の輸送船に見つかるのはもちろんだが衛星や惑星のレーダーに探知されてもいけない。他の輸送船とはシエラの輸送船も含んでおり文字通り完全隠密行動を求められた。
一度シエラを出るとその後はシエラに戻ってくるまで隠密で動きながら宇宙空間にいるであろう海賊を探しては退治する。隠密でのきつい任務だが通信はNWPを利用できるのでシエラ軍本部と定期的にコンタクトできるしシエラに戻ってくるときもNWPを使えば気づかれない。
この攻撃型輸送船はそれぞれタウルス(牡牛座)、リブラ(天秤座)と星座から名前を付けられ船長はタウルスがグレンという男性、リブラにはセシルという女性が務めることとなった。この2隻は常時一緒に行動する。海賊の規模が大きい場合には1隻では対処できない可能性があるからだ。またこの2隻に搭載されているAIは通常の機能の他にファジャルの宇宙船に関する知識がインストールされており海賊船を見つけた場合にファジャルとの関連をチェックすることが可能となっていた。
2隻の攻撃型輸送船が完成後、MIBの中にある一室で軍参謀部、情報部、そしてケンとソフィアがその打ち合わせに呼ばれて参加する。もちろんグレンとセシルの両船長も打ち合わせに参加していた。顔合わせで挨拶をした際にグレンとセシルの両方ともに軍の地位は少佐だと紹介を受ける。
ケンが呼ばれた理由はブルックス星系における海賊船の活動についてその潜伏場所や彼らの攻撃方法などシエラが持っていない情報を持っている為であった。打ち合わせと言いながら実態はケンからレクチャーを受ける場であった。
会議室の中央に3D化された映像にはブルックス星系およびその中にある多数の星が映っている。
「今光っているエリアは運送屋の中で海賊が出ることが多いやばいエリアと認識されている場所になります」
3Dホログラム上にいくつも赤い点が点滅している。確かに点滅している場所は周辺に星がないか、あるいはあっても1つだけポツンと離れた場所にある星の近くが多い。ケンはその光っている赤い点のうち2つを特に明るくさせると言った。
「今強く光っているこの2箇所。ここはちょうどワープアウトしてくる場所であり、この近くに海賊船が待機しワープアウトしてきた重力波を感知して商船を襲うことが多いと言われています」
「ワープアウトしたすぐの場所で待っている訳ではないんだな」
ケンの説明を聞いていたグレンが言った。
「軍の船もこのワープは使用しますからね。いくら海賊でも軍の艦船相手では勝てない。なので彼らはワープアウトの際の重力波の大きさから船の規模を推定し行けるとなったら隠れていた場所から全速力で襲いかかる。これが通常の襲撃パターンです」
「海賊船ってどれくらいのスピードが出るの?」
そう聞いてきたのはセシルだ。ソフィアによると少佐から上の地位の者が艦長になることが多いという。見た限り2人ともまだ若そうだがそれで少佐だということは優秀だということになる。
「海賊船は居住性を放棄して速度と攻撃力に特化しています。800メートルクラス、400メートルクラスともに分速45,000Kmから47,000Km程度のスピードは出せるだろうと運送仲間から聞いていました。エンジンはもちろん既存のものですがそれを2基設置してツインエンジンで速度を上げているそうです」
「そのスピードなら大丈夫ね」
セシルが安心した声で言ったが分速50,000Kmの速度を出せる輸送船はそう多くない。たいていは40,000から45,000Kmだ。つまり追いかけられると逃げられないということになる。
「さらに大抵の海賊船は小型宇宙船を積んでおりこれらが先に輸送船に近づいて進路を妨害し攻撃をしてきます。これをやられると輸送船は停止する以外に道はありません」
グレン、セシル以外の参加者もケンの話を真剣に聞いていた。彼らは軍相手には知識や経験はあるが相手が海賊となるとそれとは全く勝手が違うものだと認識する。