出鼻をくじけないか
ケンとソフィアは海賊船がファジャルの設計であるかもしれないと最初に情報部に報告したこともあり情報部から政府間で関係者が話合いをした内容の報告を受けるために情報本部に顔を出すとスコット大佐が2人を待っていた。
「ドレーマ星は本当にやばい。運送をやってる奴ならまず行きたくない星のリストの上位にくるだろう。治安が悪く港の中にも平気で盗人がうろついている。いや盗人ならまだましだ。星から逃げ出したい奴らがそこらじゅうで隙を窺っている」
苦虫を潰した様な顔で言うケン。その表情を見ていたソフィア。
「隙をうかがうってどういう事?」
「10名ほどの集団が空いている扉から侵入してくるんだよ。全ての輸送船が今のアイリス2、そしてアイリスの様な優秀なAI、センサーと積んでいるわけじゃない。ボロ船だとセンサーが甘くなって密入者を見つけられないケースがある。ただ乗りで他の星に行くならまだしもひどい場合には船ごと乗っ取られる事もあった」
ケンに言わせるとドレーマ星人のほとんどが自分の星から逃げ出す事を考えていると言う。そう思っているだけだと問題はないが中にはそれを実行しようとする奴らがいることだ。それも非合法なやり方で。
「ドレーマ星の奴らは自分たちがどこの連邦に所属しようが関係ない。自分が周りの奴らより金を稼げれば良いと考えているのがほとんどだろう。そこにファジャルが入り込む隙がある」
ケンの話しを聞いていたスコット大佐。もちろん情報部として各星の状況については情報を集めているがケンの様に実際に商売をしている中で得た情報は聞くに値するものであると知っていた。情報部が持っていない裏の情報である事が多い。
その後の情報部との話しでアイリス2は通常の輸送業務をこなしながら仲間や訪れた星から情報を集めることになった。
「地球では貧すれば鈍するという言葉がある」
情報部を出て自宅に戻った2人。リビングのソファに座っているとコーヒーカップを2つ持ってきたソフィアがソファに並んで座る。彼女の淹れてくれたコーヒーを口に運ぶとケンが言った。ソフィアがどういう意味なの?と顔をケンに向けた。
「貧乏になると生活苦に煩わされて物事の判断が鈍ったり卑しい考えに流されやすくなったりするということを意味している言葉でね、窮乏すると心も貧しくなってしまうという意味だよ」
なるほどと頷いているソフィア。
「ほとんどの星民は一生ドレーマ星から出ない。スラムの様な街で生まれてそこで育ってそこで死んでいく。一部の、ほんの極一部のドレーマ人だけは桁違いに裕福な暮らしをしている。そんな人たちを見て星から逃げ出したいと思っている一般人は多い。星を出て何をしたのかなんて誰も考えていない。ただ逃げたい、どんな方法でも良いから逃げたいと考えている人が多いんだろう。自分が犯罪行為をしているという罪悪感なんて綺麗に忘れるんだろうな。星政府も腐敗していてまともな統治をしていないから犯罪者が増えていく」
ソフィアはケンの話を聞きながら自分の星、シエラ第3惑星について考えていた。もちろんこの星でも貧富の差はある。ただ逃げ出したいと思うほどじゃない。それとこのシエラには富豪と呼ばれる人たちは存在しない。高所得者には高い税金を付加しその税収の一部を低所得者層に還元するシステムが出来上がっている。高い税金を支払う高所得者もその税金が正しく使われている限り政府に対して不満は言わない。
この星では教育費や医療費が星人全員無料だ。また食料や交通費も政府の補助があり安く抑えられている。土地も基本政府の所有で星人が住んでいる家はほぼ全てが政府から借りた土地の上に建てられている。今の政策に対して星民全員が100%満足しているとは言えないだろうが政府が星民のために色々とやっていること自体は星民のほぼ全員が理解している。星政府がきちんと機能いている証左だ。
「シエラは星として裕福だろう?特にレーダー関連はブルックス星系ではダントツで飛び抜けている。その技術を輸出することで星全体に利益が入りそれをうまく星民に還元している。そいう星では大きな不満が出ることはないよね」
「地球というか太陽系連邦は?」
「シエラほどじゃないがそれなりに機能していると思うよ。独立している星系だから輸出や輸入といった貿易はそう多くはないけど星民には最低限の生活の保障をしている。そして何より自由だ。新しい事にチャレンジする人も多くいる。自己責任で新しい事に挑戦する人を妨げることがない」
「だからケンも宇宙人飛び出せたのね」
「ああ。ボロ船1隻でね」
そう言ってケンは笑った。
話を聞いていたソフィアはケンの様な人を本当の開拓者というのだろうと思っていた。シエラの人は自分たちの星を愛し過ぎているのかそれとも今の生活に安心しているのか自分の星の中で新しい事をやろうとする人はいても星を飛び出してまでやろうという気概を持っている人は非常に少ない。
「海賊船の話だけどさ、相手の出鼻を挫くのもありなんだよな」
ソファに座って顔を天井に向けていたケンがつぶやいた。隣に座っていたソフィアがそのケンの顔を覗き込んできた。漫画でよくある頭の上に?マークがついた表情をしている。
翌日ケンとソフィアは情報部に顔を出してスコット大佐に面談を求めた。途中からシュバイツ准将も参加して2時間以上の打ち合わせをする。
2人が情報部を出るとスコット大佐は情報部として直ぐに政府、軍司令本部との緊急Meetingを要請した。その打ち合わせが終わると海に浮かぶMIBに司令本部から1本の指令が飛んだ。その指令の上にはTOP PRIORITYの文字があった。
ー 全長200メートル前後のサイズでフル武装した戦闘船を大至急製造すべし。ただし外観は戦艦ではなく輸送船に見せる様に ー