小判鮫
『周囲1,000万Kmに不審物無し』
アイリスの声が船内に響く。ワープアウトして3日目、今のところは順調だ。
「あと1日ちょっとね」
「そろそろ大船団がレーダーに入ってくる頃だろう」
ソフィアはレーダーとPC上で同じタイミングでヴェルピク星に向かう船団のホームページ、運行状況のサイトを見ていた。
「このサイトの情報に問題なければあと8時間後にレーダーで補足できそう」
アイリス2が分速5万Kmで飛行を続けた8時間10分後
「レーダーに船団補足。200メートル以上の大型輸送船7隻確認。その周囲に小型船5隻もいます。小型船は武装しています」
ソフィアの声がすると直ぐにケンがアイリスに指示を出した。
「輸送船の背後につけてくれ」
『わかりました』
その声と同時に船体が斜めに傾き方向を変えると大船団に進路をとる。アイリス2のレーダーの1,000万Kmはシエラ星の船のみが装着できるもので通常は500万Kmだ。大船団はまだこちらを補足していない。その間に背後についていかにも同じタイミングで追いついたという事にする作戦だ。
あからさまな小判鮫状態は船団の護衛船から護衛の只乗りだと警告を受けることがある。背後から追いついた形であれば向こうも文句が言えないだろう。
『船団背後まで700万Km』
「600万Kmまで接近そのままその距離をキープ」
『600万Kmまで接近し、そのまま距離をキープします』
「どうしてもっと近づかないの?
アイリスが復唱したタイミングでソフィアが聞いてきた。ケンは護衛の只乗りのクレームを避けるためだと説明をする。
「最悪着陸後に護衛料を請求されることもある。ここは違和感がない様に近づくのが大事なんだよ」
アイリス2は600万Kmの距離をキープして無事にヴェルピク星の勢力圏内に入った。船内で緊張を解くケンとソフィア。
アイリスがヴェルピクの港湾局を呼びだすと直ぐに相手が出てきた。
「こちらアイリス2、キャプテンのケンだ。ヴェラピク鉱業向けの荷物を積んでいる」
「こちらヴェラピク港湾局。そちらの船体IDを確認した。こちらにも連絡が入っている。今の所ブリザードの発生の予報はない。そのままの航路を進んでポート25番ピアに来てくれ」
「25番ピア。了解した」
通信を終えると座標を入手したとアイリス。目的地をセットし船体は一路ヴェルピクに向かって進んでいく。
「とりあえず往路は問題なかったわね」
「ああ。復路より往路の方が心配だったんでこれで一安心だよ。復路ならこのアイリス2のスピードがあればまず追いつけないだろうしな」
ケンはそう言うと船長席に座ったままPCを立ち上げて次の仕事を探し始めた。ソフィアはコーヒーを2つ淹れると1つをケンの席に置き、自分は自席に座って正面の窓越しに見えてきた星を見る。
ケンの言っていた通りこれから向かうヴェラピク星は真っ黒な宇宙空間にまるで仲間はずれにされた様にぽつんと浮いている。モニター画面を拡大して星を見ると表面は真っ白だ。雲かと思ってよく見るとそれらは雲ではなく雪を被っている大地と凍っている海だった。
『後方1,000万Kmに宇宙船。海賊ではなく輸送船の様です』
アイリスの声が聞こえソフィアがレーダーを見ると後方に4つの点が浮かんでいた。
「それぞれが結構でかい船だな。これでますます安心だ」
レーダーを見たケンが言った。ヴェラピク星への進入航路は決まっていて最後は皆同じルート上に並んで入星していく。大型船に前後を挟まれて全長80メートルの小型船アイリス2は無事に成層圏を抜けて星の中に入っていった。
成層圏から大気圏を抜けると暗い中一面が白の世界が目の前に広がっている。外気温はマイナス140℃だ。宇宙の気温はマイナス270℃であり、全ての宇宙船はその温度に耐えられる設計になっているので温度自体は問題はないがブリザードが吹くと細かい氷の粒がまるで弾丸の様に絶え間なく船体に降り注いできて傷がついたりそれで計器が不具合を起こすことが多い。感知機が氷で終われ動作不良になったり氷や雪が船体に貼り付き重量が急激に増えて航行不能に陥る。それがブリザードの本当の怖さだ。
一面が白い世界で地面が大きく盛り上がっているのは山だろうと推測はつくが海や陸の区別は全くつかない。アイリス2は座標通りに機体を動かしながら徐々に減速していた。
「速度ダウン。出力徐々に低下」
『速度ダウンしました。エンジン出力40%です』
「その速度を維持しながら高度を200メートルまで下げてくれ」
『速度維持しながら高度200メートルまで下げます』
ケンとアイリスのやりとりを聞いていたソフィア。
「初めてなのにわかるの?」
「だいたいはね。座標を見て残り距離を見ながら指示するんだがアイリスも同意して復唱しているから問題ないんだろう」
『はい。ケンの指示で全く問題ありません。コンピューターが計算している航路と全く同じです』
AIに全て運行を任せてばかりで自身で操船をしていない人にはこの指示は出せない。初めての星への着陸だがケンはまるで何度も来ているかの様に的確な指示を出していた。
アイリス2はさらに減速し山に近づいていく。真正面に見えてきた山の斜面は綺麗に除雪されて山肌が見えていた。高度は150メートルだ。その高度で一旦空中で停止する。
「こちらヴェラピク港湾局だ。アイリス2のポジションを確認した。その場所で問題ない。25番ピアのゲートを開ける」
通信が入ってくると山裾にいくつもある扉のうちNo.25と書かれた扉がゆっくりと上に上がっていった。
「微速前進」
ケンの指示でゆっくりと船体がゲートを潜って中に入っていく。船体が中に入ると開いていたゲートが閉じられていく音が聞こえた。中は灯りがついていて空中に浮いているアイリス2の前にさらに頑丈なゲートが見えている。
『ゲート内外気温上昇中です。現在マイナス20度』
この第一ゲート内で温度を調整してから第二ゲートを開けることによって港の作業環境をキープしていた。
『外気温プラス18度になりました』
その言葉と同時に正面の第二ゲートの門が今度は左右に開いていった。アイリス2は浮いたまま第二ゲートに入る。背後でゲートが閉まる音が聞こえた。
「こちら港湾局だ。第二ゲートの閉鎖確認。そのまま着陸してくれ」
「アイリス2了解」
アイリス2はそのまま少し進んでから空中で方向転換をしゆっくりと地面に着陸した。
反転する時に正面の窓に映った光景は目を見張るものだった。第一ゲートはナンバリングされた個室の様になっていたが第二ゲートの奥はものすごく広い吹抜けの空間になっていたからだ。
「凄いわね」
「ああ。俺も初めて見る。おそらく港自体はこうして仕切りのない大空間の方が作業しやすいんだろうな」
アイリス2が25番ピアに着陸しケンとソフィアは後部ハッチに移動する。そのタイミングで後部ハッチが上部にゆっくりと開いていった。
扉が開いてそこから降りると港湾職員が困った顔をして立っている。2人が近づいていくと、
「すまん。エアリフトが出払っていてこっちに来てないんだよ」
大型船が立て続けに入港した関係でほとんどのエアリフトがそちらの荷下ろしと積み込みに使われているらしい。
「どれくらい待ちそうな感じだ?」
「どうだろう。下手したら3日ほどかかるかもしれないな」
やりとりを聞いているソフィアがどうすると言った表情でケンを見る。
「わかった。こっちは構わないが先方の納期は守ったことは確認してくれよ。こっちは納期通りにデリバリーを終えているという認識だ」
「それは大丈夫だ。既にヴェラピク鉱業には伝えてある。アイリス2は入港しているが港湾が混んでいて作業待ちで荷物を下ろせないとな。向こうさんも荷物が着いているのであれば問題ないと言ってくれている」
「なら良いだろう。できればブリザードの無いこのタイミングで荷下ろしして出航したかったが」
ケンは普通の運送業者ならそう言うであろう言葉を言った。
「あんたたちは効率が命だ。そりゃわかってるが今回は堪えてくれよ」
エアリフトの手当てがつき次第すぐに下ろすからと言って去って言った職員。ケンはアイリスに言って後部ハッチを閉じさせた。
「さて、思いもよらずにこちらが望む展開になったな」
「そうね。で、これからどうするの?」