海賊がいる場所は
アイリス2は宇宙空間を巡航速度で飛行していた。目的地のグリーンリボン星までの航海日数は14日。今はちょうど半分を過ぎたところだ。
ケンはメインルームでアイリスが投影した3Dマップを見ながらルートの確認と打ち合わせをしている。ソフィアは交代で今は自室で寝ている時間だ。
彼女には黙っていたがグリーンリボンまでの道のりは安全だが問題はそこから先だ。
ヴェラピクは宇宙空間にポツンと浮いている星で周辺に他の星がない。この星がそれでも海賊や他の星系からの侵略に合わずに生き延びているのはその厳しい気候条件と地上の見えるところに都市がなく全ての都市は地下や山の中という自然の砦の中にあり難攻不落になっているからだ。
もし侵略目的で地上に着陸したとしてともいつ来るかわからないブリザード、それと超低温により精密機器はしばしば不具合が発生する。また砦はどこも耐寒及び耐衝撃に備えて極めて頑丈に作られておりレーザー砲程度ではそれを破壊することができない。
頑丈な砦と過酷な自然環境がこの星の住民を守っていた。
ただ惑星外となると話は別だ。周辺に星がない為この星の周辺は海賊が湧くエリアになっている。ヴェラピクで高価な鉱産品を積んだ船を狙うらしいが時にはヴェラピクに運ぶ生活物資や食料を狙っている場合もある。いずれにしても星の周辺は治安が良くない。
個人運送業者の間ではあまり行きたがらない星の1つだ。
「海賊が頻繁に出現するエリアはこのあたりだ。ただここだと決めつけるのも良くないだろう」
3D投影されているマップ上に指先を向けるとその一帯の色が変わった。
『ヴェラピク星の裏側で待っていることが多いということですか?』
AIのアイリスが聞いてきた。
「裏側と言っても厳密にはヴェラピクの勢力圏外ギリギリのところだな。そして星に近づく輸送船や星から出てくる輸送船を狙うというのが彼らのパターンになっている」
勢力圏内と外では全く扱いが異なる。勢力圏内での違法行為に対しては星系法が適用され各星とも無条件で発砲してよいと言うことになっており実際各星ともに勢力圏内をカバーできる強力な遠距離砲をあちこちに設置していたり攻撃衛星を飛ばしている。
一方で勢力圏外はそれが適用されない。そこを移動する者が全てのリスクを背負うことになっている。いわば一種の無法地帯だ。海賊船はこの無法地帯を動き回っている。
『海賊に襲われるリスクがありながらこの輸送を引き受けたのは?』
「1つはペイがいいからだ。700万UCは普通の倍近い金額になる。そして海賊に絡まれずに星に出入りする方法があるのを知っているからだよ」
AIのアイリスと打ち合わせをしていると階段の音がしてソフィアが自室から降りてきた。
「どうしたの?難しい顔をしてアイリスと話し込んで」
ケンは今までの話をソフィアに説明をする。時折目の前の3Dマップを指差しながら話をした。黙って聞いていたソフィアはケンの話が終わると、
「それで海賊に絡まれずに出入りする方法って? まさかNWPを使うって訳ではないでしょう?」
「それはない。あれは本当の最後の最後の時だけだ」
ケンのアイデアはアイリス2単体での行動を避けて大手の業者の船と一緒に出入りするという小判鮫の動き方だ。
「ヴェラピク星の鉱産物は銀河中に販売されている。一度に大量の鉱産品を運ぶ為にあの星には200メートルクラスの輸送船が船団を組んでやってくる。当然それには護衛の艦隊もついており輸送中の安全確保の役割を担っている。俺たちはこの船団にくっついで星に入り、出る時も一緒に出て行こうっていう訳だ」
「そんなに都合よく大船団がやってくるの?」
「今回の輸送を受けた時に4日後に出発すると言っただろう?その頃に大船団があの星にくる予定があるんだよ」
ケンはそう言ってマスタールームにあるPCを立ち上げるとそこは大手輸送会社のページでその中に自社船の動向というページがあった。自宅でケンが見ていたサイトだ。
そこを見ると確かに200メートルクラスの船が7隻という船団がアイリスのヴェルピク星到着後の2日後のETAとして記載されている。
「グリーンリボン星で荷物を積んだ後は速度を調整しながら進み途中でヴェラピクに向かう大型船団の背後から星に入れば安全に入港できる」
ソフィアはケンの話を聞いてまたびっくりしていた。依頼を受けると同時にその航路上に不安要素がある場合、それを排除できるかできないかを同時に検討して結論を出す。物事を多角的に見る力がすごい。
「入港はわかった。でも出港は?彼らは200メートルサイズの船が7隻、積荷を積むだけで相当の日数がかかるわよ。一方私たちはコンテナ1基下ろしたら任務終了。彼らが終わるまで待ってるってこと?」
「最悪は待とうと思ってる。ただな」
そう言ってまた別のサイト、これはヴェルピク星の天候、特にブリザードに焦点を当てたサイトを開いた。発生日時と発生期間などが記載されている。
「これを見るとここしばらくあの星ではブリザードは発生していない。ということはそろそろ発生してもおかしくないタイミングだ。入港後にブリザードが発生してくれれば俺たちも待機となってその間に200メートルクラスの船の積荷作業が終わる。同じタイミングで出ることができるだろう。これが1番良い結果だ。万が一ブリザードが発生しなかった場合は逃げる」
「逃げる?」
「そう。星の成層圏から全速力でこのエリア、奴らがいるのと反対側に逃げる。星の裏側で待っているとしてこの船が成層圏に出た時点でこちらのレーダーを作動。敵がいる場合には反対側に全速力で逃げる。」
普通の輸送船ならこの発想はできない。相手の船の性能とこの船の性能を見極めた上での判断だ。以前のアイリス2なら分速5万Kmだったので海賊船とほぼ同じスピードだった。これでもギリギリ逃げられるかどうか。そして一般の輸送船は分速3万から4万Km程だ。これでは追いつかれてしまう。この船の性能がアップしたおかげて取れる作戦だと言う。
ケンの説明を聞き終えたソフィアも納得した。
『ケンの説明の通りこの船の最大速度は分速62,000Kmになっています』
その言葉を聞いて安心する2人。
「もう1つの理由として海賊船が現れるリスクを知った上でヴェルピクには行きたかったというのもあるんだよ」
ケンの言葉に首を傾げるソフィア。
「さっきも言ったけどヴェルピクの鉱産品は銀河系各地に出荷されている。俺たちのブルックス星系のみならずトレオン星系にもだ」
ケンそこまで言うとソフィアにもピンときた。
「コンテナはシールされているが内容物と向け先は倉庫で見ることができる。トレオン星系の客が何を買ったかがわかるだけでも情報になるだろ?」
鉱産品といっても汎用の鉱産品から電子機器に使用されるレア・アースと呼ばれる希土類まで様々だ。特に軍事用途にも使えるレア・アースについてはその量や品名がわかるだけでも大きな情報となる。
「トレオン星系と言いながら実態はファジャル星の独裁国家だ。ファジャルは表には出てこないだろうが最後はあの星にデリバリーされると思っていいだろう」