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虫の知らせ


『巡航速度になりました。目的地のサモナ星への到着は今から29日と20時間後です』


 シエラ第3惑星を出たアイリス2は一路サモナ星を目指している。事前の情報ではルート上に大きな危険はなさそうだ。


 サモナ星は惑星ではなく衛星だ。衛星と言ってもそれなりの大きさがあり当然多くの人がそこに住んでいる。ブルックス星系に置ける遊戯関係の機械はサモナ星産が多い。これは賭博機械の製造許可をブルックス連邦政府から取得している為だ。噂ではこの許可を取るためにかなりの札束がばら撒かれたらしいが、いざサモナで製造を開始するとしっかりとした作りで故障も少ないことからサモナの賭博機械はその知名度を上げることとなった。


「今回の輸送も大きな問題はなさそう?」


 ケンがキッチンに移動すると2人分のコーヒーを淹れたソフィアがケンの向かいに座って聞いてきた。


「サモナ星までは問題ないだろう。あるとすればサモナからコルトバの間だ」


「危ないエリアを通るってこと?」


「危ないというか星がない空域があるんだよ。以前ならそれでも問題なかったんだが例の空母の件があるだろう?用心した方が良いだろうな」


「ワープは通じてないんだ」


「星はないんだがルート上に規模の大きい小惑星群がいくつかあるんだ。それらがあるからワープを開通できない。ただ交通量が少ないから海賊にとっては旨みのあるエリアではないんだけどな」


 そう言いながらもケンは空母のことが頭にあるので安心はできないのだと付け加えた。



 サモナ星での積み込みは問題無かった。賭博用の遊戯具は精密機械であり、小口の精密機械の輸送にはケンの様な小口の運送屋を起用するのが普通になっている。大手業者は物量が張るのが前提条件になっており、そこまで数量が集まらないということもあるが、最大の理由は荷物の取り扱い方だ。


 効率を重視する大手業者は得てして荷物の扱いが雑になりがちで、精密機械が不具合を起こす可能性がある。これを嫌って精密機械の輸送に信用できる小口運商業者を起用するケースは多い。もちろん大手業者はロボットが雑な作業をするはずがないと言っているが、過去には輸送した精密機械が客先にて不具合を起こしたことがあり、その際に製造業者と輸送業者との間で裁判になったことが数度あった。


 それ以来精密機械製造業者は大手ではなく小口運送業者を起用する流れとなった。実際小口運送業者を起用してみると、荷物のピックアップや納期についてもフレキシブルに対応してくれるのでそれ以来両社はWin-Winの関係になっている。ただ、起用される小口業者はケンが所属している組合の様に信用が高いところに限られていた。



 積み込みを終えたアイリス2はコルトバ星を目指して漆黒の宇宙空間を飛行していた。

 サモナ星を出て暫くは周囲に星があるが5日程飛ぶとそこから目的地までは星がない。その代わりに小惑星群がいくつも点在しておりワープを開通することも出来ない空域となっている。


『コルトバ星ETAは今から44日と2時間後です』


 アイリスの報告を聞いて、予定より早く着きすぎるのも問題があるので速度を調整する必要があるなと考えるケン。巡航速度でいけば予定より5日程早く着いてしまう。



 2日前からアイリス2はレーダーをフルレンジにして周囲を警戒しながら分速60,000Kmで飛行していた。やばいエリアは少しでも早く抜けたいというケンの考えにソフィアもアイリスも同意している。NWPを使えば楽なのだがワープアウトした地点の様子が分からない中でケンはNWPを使用する気は無かった。万が一ワープが開通してないエリアでワープアウトの衝撃波を感知されるとNWPの存在が明らかになる可能性がある。リンツ星所属の小口運送業者が特殊なワープをしているという噂はあっという間に広まるだろう。無用なリスクは避けるべきだ。


 アイリス2は2日前に中規模の小惑星群を通り抜けた。このルート上にはいくつも小惑星群がありそれらを通り抜けながら進んで行くのが正規ルートになっている。この小惑星群を回避するルートもあるがその場合にはかなり日数がかかり納期に間に合わなくなる。小惑星群と言いながら実際には1,000メートルクラスの輸送船も普通に通り抜けが出来る位に惑星同士は広い間隔を持ちながら大きな一塊の群となっていた。アイリス2は惑星群の間を分速50,000Kmの速度ですり抜けている。AIのアイリスが瞬時に最適なルートを見つけてくれるので楽だ。ケンの昔の輸送船なら50,000Kmで惑星群の中を飛行することはできない。


『あと30時間で再び大規模小惑星群に突入します』


「了解」


 そう答えるケンの声は重い。


 大規模小惑星群、変わった呼び方だがそう呼ばれている。1つ1つは小惑星だがそれらが固まって宇宙空間に漂う大蛇の様な姿をしている。まるで壁だ、その壁は高さも厚さもとてつもない大きさとなっている。幸いにこの空域にある小惑星群は全てその場から移動することがなく、ほとんど同じ場所で行ったりきたりを繰り返していた。惑星自体も回転しているものや止まっている物など様々だ。次の大規模小惑星群はルート上で最大の規模の惑星群だ。


「ソフィア、次の小惑星群に近づく前に2人ともしっかりと休んでおこう、アイリス悪いがこれから15時間運転を頼む。速度はこのままでいい。異常があればいつでも起こしてくれ」


『分かりました』


 2人同時にオペレーションルームからいなくなるのは初めてだ。


「気になることがあるの?」


「上手く言えないが、虫の知らせ?嫌な予感がするんだよ。この前の小惑星群を通過した時は感じなかったが次は何かありそうだという予感がね」


「ならしっかりと休んでおきましょう」


 ソフィアはケンとの付き合いの中で彼が自分の”感覚”を大事にしているのを十分に知っている。ほぼデジタル化されている今の世界でアナログを重視するケンは異質だが、今まで何度もそのアナログ的な感覚が正しかったのを目の当たりにしてきていた。今回も彼がそう言うのならそうした方が良いというのは過去の経験から彼女も知っている。


 部屋に入ってシャワーを浴びた2人は船長室のベッドに横になっていた。


「さっきも言ったけど、次の小惑星群では何かが起こりそうな気がするんだ」


「ケンの予感、外れた事がないわよ」


「今回は外れて欲しいんだけどな。とにかく今は休もう」


 ソフィアを腕枕しているケンの寝息が聞こえてきた。いつでもどこでも直ぐに眠ることが出来るのは1人で輸送船を操船して運送業者をしていた時に身に付けた能力だ。ケンの寝息を聞いていたソフィアは身体をケンに寄せて目を閉じる。


 暫くすると船長室から2人の寝息が聞こえてきた。


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