大将と准将
船が完全に着地、停止するとソフィアが立ち上がって乗降口に向かう。マッキンレー大使も自室から降りてきた。ソフィアが乗降口を開けたタイミングで第2ゲートと船内を繋いでいる機密ハッチが開いて向こう側から兵士に囲まれたVIP2人がやってきた。スタークビル大将とシュバイツ准将だ。
「やぁ、ケン。今回は世話になるよ。マッキンレー大使もお疲れ様です」
軽く手を挙げて最高司令官が先に乗り込み、続いてシュバイツ准将が乗り来んで来た。その後から2人のスーツケースを持った兵士が数名乗り込んでくる。
「久しぶりのアイリス2だな」
そう言って後から乗り込んできた准将が言って2階に上がっていく。ソフィアが先導して2人の部屋に案内する。
彼女が上の個室に案内している間、ケンはアイリス2の船内、キッチンテーブルでベースメテオで勤務する参謀本部の兵士達と話をする。その中にはフランソワ少佐の姿もあった。
「太陽系連邦にはETAは連絡済みだ。着岸ポイントは大使館前のピアで変更はない」
そう言ったのはこのベースメテオの最高責任者であるスティーブ少将だ。
「分かりました。帰星時にはここに寄りますか?」
「いや。ワープアウト後はそのまま第3惑星に向かってくれて構わないとお2人とも仰っておられる」
分かりましたと答えるケン。答えながら違和感を感じていた。スタークビル司令官は大将という地位にあるから敬語を使うのは分かる。一方情報部のシュバイツ准将は地位的には少将よりも下だ。司令官が仰っておられると言ったのなら分かるがお2人ともと言っている。
「ケン、頼むわよ」
フランソワ少佐が言った。自分たちの雇用主の言葉にわかりましたと答える。
運送屋としてはこれ以上聞くことがない。丁度上から降りてきたソフィアに後を任せると自分は船長席でアイリスと航路について最終の打ち合わせをする。
『ベースメテオ出港後、15分でNWP、ワープ時間は55分、そこから20分でETAとなります』
1時間半で地球だ。シエラでの出航前のエンジンチェックも問題無かった。
「90分程度の飛行だな。了解」
荷物を運んだ兵士も全て機外に出て3人のシートベルト着用のサインが点灯した。
「こちらアイリス2。出航準備が完了した」
「こちらベースメテオ。準備完了了解した。ゲートを開ける」
アイリス2は開かれたゲートから第1ゲートに進み、そのゲートがオープンするとゆっくりと宇宙空間に飛び出して行った。
『NWPワープしました。ワープアウトは55分後です』
アイリスの声と同時にシートベルト着用サインが消えた。すぐに3名が部屋から出て降りてきた。ソフィアがコーヒーを淹れてテーブルに座った3人の前とケンと自分の前に置いて座った。
少し遅れてケンが船長席からテーブルにやってきて着席する。
「初めて乗ったが下手な客船よりも部屋が広くて立派でびっくりしたよ」
テーブルに座るなりスタークビル大将が言った。
「大統領もこのアイリス2に乗られたからね。アイリス2はVIP専用機にもなっているんだよ」
そう言ったシュバイツ准将がコーヒーを口に運ぶ。
窓の外は漆黒の空間、その中をアイリス2は太陽系に向けて飛んでもないスピードで飛んでいるのだが乗っているとスピード感を感じることはない。
「それで現地でだが」
そう言った准将がケンとソフィアを交互に見る。
「スタークビル大将、マッキンレー外交部長とも上で話をしたが夜はこのアイリス2に戻ってくることにしようと思っているんだが問題無いかな?」
「大丈夫です。我々もここで寝泊まりしますし。部屋にはシャワーもあります」
「地球側はLAベースの中にあるVIP専用宿泊施設を紹介してくれたんだが、この中だと秘密の打ち合わせも出来るからね」
いくら友邦星とは言え敵の指定したホテルに喜んで泊まる様では相手からなめられるのは間違いない。盗聴、盗撮のリスクはまず無いとは言えゼロにならない。一方でアイリス2ならその点は100%安全が保証されている。アイリス2で宿泊するというアイデアは当然だとケンは思っていた。当人達もアイリス2の方がリラックスできるだろう。
「今作っているシエラ人用のゲストハウスが出来れば今後はそちらに宿泊するのだが、今は止む無しという事で了解してほしい」
スタークビル大将の言葉に頷く2人。了解して欲しいと律儀な言葉を使うなと思いながら話を聞いているケン。軍の最高司令官であれば承諾を求める聞き方をせずとも全てが思い通りになるだろう。ただここにいる大将は船長であるケンに了解して欲しいと、どちらかと言えば低姿勢で頼んできた。
ケンはコーヒーを飲みながらマッキンレー、シュバイツらと話をしているスタークビル大将を見ていた。彼とはとは2,3度会っているが短い挨拶のやり取りだけでこうやって長い時間一緒にいるのは初めてだ。
シエラ星の軍の最高司令官であり大統領からの信も厚い。それは話をしていても分かる。威圧的な雰囲気は無い。頭が良いのだろう。話す言葉は論理的であり、事実と自分の意見をはっきりと分けて話をする。
これは大事なことだとケンは思っていた。事実を話ながら自分の意見を混ぜるとどれが事実でどれが推測かが分からなくなり聞いている相手が違う理解をすることがある。その理解違い、思い込みが事故に繋がり、命に繋がることを運送業をしながらケンは何度も経験していた。
「先週あのエリアで海賊が出たった話を聞いたが今ならもう大丈夫だろう」
という話ではこの話をしてきた相手もまた聞きで海賊が本当に出たのか出ていないのかも確認せずに自分の希望的観測を述べているだけだ。
こんな話を真に受けてじゃあ大丈夫だなとそのエリアに飛んで海賊にやられた同業者を知っているケン。
事実と自分の意見を分けて述べると、
「聞いた話だが、先週あのエリアで海賊が出たらしい。今はもう大丈夫だろうと言う話も聞いている」
となる。整理すると話をした相手はまた聞きの上に自分の意見、それも無責任な意見を言っているだけだ。ケンならこういう話方はしない。というか事実が一つもないものを安易に他人にいう事はしない。
意外だったのはソフィアが落ち着いていることだ。彼女が所属している軍のトップが乗船しているが普段と全く変わらない。付き合いの長いケンには分かる。彼女は緊張していない。
雑談をしているとワープアウト10分前というアイリスのアナウンスが流れてきた。3人は席を立って自室に戻りソフィアと2人になったケン。席に座ってシートベルトを締めると気になっていたことを彼女に聞いた。
「ベースメテオでのやりとりで基地の最高責任者であるスティーブ少将がシュバイツ准将に気を使っている様に感じたんだけどさ、少将の方が准将より上だろう?」
「流石にケンね。表面的な地位の比較だとそうなるの。ケンの思っている通りよ。でもこれには裏があってね。シュバイツ准将は昇進の話を何度も断っておられるの。情報部のトップがあまり高い地位にいると周囲から注目を浴びやすいということを理由にされてね。対外的には情報部は参謀本部の傘下の一つの部ということになっているけど実際は参謀本部の中では半独立した組織になってるの。この半独立というのは大統領府との直接のパイプを持っているという点で軍から半分独立しているという理解でいいわ」
シュバイツ准将は万が一外に軍の組織図が漏れる事を警戒して敢えて情報部を軍の一部門という位置付けにしている。ただ実際は情報部が軍の中での最重要ポストであり全ての作戦は情報部の情報および立案がスタートになるのだろう。表には出ないが軍の行動をコントロールしているのが情報部だ。
ソフィアによるとシュバイツは実質は大将クラスの地位にあるということは軍の兵士は知っておりゆえに軍参謀本部ではスタークビル大将と同列に扱われる人物であるという認識を持っている。そして彼女はこの事を知っていたから大将が現れても緊張しなかったのだ。普段から大将クラスの人物と接しているので緊張しないのだと言う。
「あまり外に言いふらすものでもないでしょ?」
「確かにな。俺たちの雇用主は情報部、それで十分だよ。軍全体の組織には関心が無いよ」
「そう言うケンにもう一つ教えてあげる。ブランドン大統領の信任が最も厚いのがシュバイツ准将とスタークビル大将の2人。これは軍の人なら皆知っている事実よ。もちろん外交部のトップクラスの人や大統領府の人たちも知ってるわ」
「なるほどね。納得したよ」
 




