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太陽系への出発当日、ETDは午後2時だがは午前10時にはケンとソフィアの姿がアイリス2がある15番ピアにあった。
「整備は完了しています。不具合は見つかりませんでした。カートリッジを2本追加でエンジンルームに入れておきました」
今の在庫分と新たな2本、それだけあれば数年は無寄港で飛び続けられるだろう。
「ありがとう」
アイリス2に乗り込むとAIのアイリスを呼び出してルートの確認をするケン。その間にソフィアが積まれた食料や水、コーヒーなどの数量をモニターでチェックしていた。
「ここを出発したらベースメテオに寄ってそこで2名をピックアップ。その後NWPにて地球に向かう。ワープアウトポイントはいつも通りだ。着陸地点はヤナギ運送のピアでこれもいつもと変更はない」
『了解しました。ケン、ベースメテオでの停泊時間はわかりますか?』
「人が2人乗るだけだ。それほどかからないだろう。数分だと思う」
『分かりました。ケンとソフィアがそこで下船することは無いのですね?』
「少なくとも行きに関しては無いと思うぞ」
帰りにもベースメテオに寄るか寄らないかは聞いていない2人。いずれにしてもそこはシエラの勢力圏内だ。何とでもなるだろうとケンは気にしていない。彼は詰めるべき点とそうでない点をはっきりと区別する事ができる。シエラ勢力圏内ではあまり詳細を詰める必要がないと判断していた。
午後2時少し前にマッキンレー外交部長がお付きの外交部職員らと一緒に15番ぴピアにやってきた。アイリス2の前で彼らと別れた部長が1人乗船してくると出迎えたケンとソファを見て気さくに話かけてくる。
「また世話になるよ。今回はお礼というか表敬訪問がメインだ。大きなアジェンダがないので私も気が楽なんだよ」
そう言ってソフィアの案内で2階の個室に上がっていった。すぐにソフィア1人が降りてきた。外交部長は部屋でシートベルト付きの椅子に座っているはずだ。
「アイリス、情報部のスコット大佐に繋いでくれ」
ソフィアが席に着いたのを見たケンが言った。
『スコット大佐とつながりました』
その声と同時にモニターにスコット大佐の顔が現れた。
「マッキンレー外交部長が乗船されました。これより出航します」
「了解した。VIPの送迎をよろしく頼む」
通信が切れるとソフィアが港湾局に出航の連絡を入れ、アイリス2はゆっくりと浮かび上がってピアを出るとそのまま宇宙空間に飛び出して言った。
シートベルト着用サインが消えてしばらくするとマッキンレー外交部長が上から降りてきた。ソフィアがコーヒーを淹れて軽食と一緒にテーブルの上に置く。ここから5時間程は巡航速度での移動だ。
「現地でのスケジュールだが現地の夕刻に地球着になっているのでそのまま地球側と夕食会。明日は午前中は全員で地球側に挨拶をしたあとで軍と外交部はそれぞれ個別に打ち合わせをし、それぞれで夕食。3日目の朝に出発してシエラに戻る」
軽食を摂りながらマッキンレー外交部長が言った。ケンとソフィアはコーヒーを飲んでいる。シエラの勢力圏内の移動であり全員がリラックスしていた。外交部長によると当初外交部としてはアン大使に全権委任をするつもりだったが、地球側からヤニス外務大臣が出席されると聞いて急遽出張を決めたのだという。
「軍同士の連携は今回の太陽系連邦軍の戦争を通じて深まった。軍だけじゃなく外交部ももっと連携を深めようという意思表示じゃないかというアン大使のアドバイスもあってね」
流石にアン大使だと感心するケン。シエラの代表として地球に駐在しているアン大使がヤニス外務大臣と面談しても失礼ではないだろう。ただ彼女はシエラと地球の為にはマッキンレー外交部長が直接乗り込んできた方がずっとメリットがあると判断したということだ。常にシエラにとってベストな方法を考えているアン大使に好感を持った。
国や軍の上層部が私利私欲や売名に走らず、常に自分たちの星の事を第一義に考えて行動するということが習慣づけられているシエラ。だからこの星は強い。ケンは改めてそう感じていた。
『ケン、ベースメテオから通信です』
アイリスの声でキッチンのテーブルから船長席に戻ったケン、目の前のモニターにベースメテオの担当者の顔が現れた。
「こちらベースメテオだ。アイリス2は5番ピアに接岸してくれ。座標は今送った」
そういうとモニターの下部に座標を受け取りましたというメッセージが現れた。
「こちらアイリス2。5番ピアの座標を受け取った。いつもの荷物専用ピアだと思っていたよ」
笑いながら答えるケン。
「おいおい、軍の最高司令官が搭乗されるんだぞ。そんな事をしてみろ、俺がこの基地の全員から袋叩きにあうばかりじゃなくシエラに戻されちまう。念願のこの勤務についたばかりだというのに勘弁してくれよ」
そう言って声を出して笑う管制兵士。
「確かに。ETAは今から3時間と50分後。予定通りだ」
「ベースメテオ了解」
通信を終えたケン。今の通信はソフィアとマッキンレー外交部長も聞いていた様で2人とも笑っていた。
「ケンは興味が無いかもしれないけど軍参謀本部の中ではベースメテオの勤務希望者が多くて勤務者の選考に時間がかかったのよ」
「なるほど。つまりエリート連中があそこで仕事をしているわけだ」
情報部からベースメテオ勤務になったフランソワ少佐も優秀なのだろう。
ベースメテオに空母と駆逐艦が接岸されているのが目に入ってきた。ただ聞いている艦隊の数よりも少ない。他観戦は基地内のデッキにいるのかもしれない。巨大な基地だから空母や駆逐艦が入れるほどの広さのデッキも複数あるのだろう。
ゆっくりとベースメテオに近づいていくアイリス2。ベースが巨大すぎて距離感が掴みにくいがケンはアイリスに的確な指示を出していた。
「このまま微速にて500メートル前進」
『このままの速度で500メートル前進します」
「停止」
ケンの声と同時にアイリス2が逆噴射をして機体が止まった。
『停止しました』
「この場で反転。反転後停止」
『反転し、停止します』
矢継ぎ早に指示を出すケン、そしてそれに答えるアイリス。このアイリス2ではすっかりお馴染みのやりとり、光景だ。
アイリス2は今度はその場でゆっくりと180度回転して機体を前後に入れ替えた。船尾側がハッチを向いて宇宙空間で停止する。
相変わらず完璧な操船だとやり取りを聞いていたソフィアは感心していた。AIに任せれば全てを完璧にこなすだろうがケンはいつも自分が指示を出して着岸する。操船レベルを維持する為だと言っているが毎回完璧だ。アイリスが訂正せずに復唱していることからもそれが分かる。
「ポジションOK。これよりハッチを開ける」
ベースメテオからの通信と同時にハッチが上にスライドして上がっていく様子が機内モニターに映る。ハッチが完全に開いて中が見えた。アイリス2のモニターにグリーンランプが点灯する。
「微速後進。所定の位置でそのまま停止」
『微速後進、所定位置で停止します』
今度はゆっくりとアイリス2が後進をはじめ第1ゲートの中央で浮いたまま停止した。ゲートのハッチが完全に閉まると重力が発生したというアイリスの声が聞こえてきた。
「補助エンジンにて現在の高度キープ」
『補助エンジンにて位置をキープします』
重力が1.0になると今度は第2ゲートに続くハッチが開いた。アイリス2は後進をし第2ゲートに入り、正面のハッチが閉まってランプがグリーンになるとゆっくりとその場で着地する。
『着地しました。ランプオールグリーンです』
「了解。補助エンジンそのまま」
『補助エンジン切らずにそのままにします』
 




