003 精霊の小径
翌日。
メイは呆然と見上げていた。色づいた葉が重なり空を隠す。光は弱々しく薄暗い。
「やらかしたなぁ……」
ぼやくも応える声はない。
二日目は予定通り森の保全。ようは植林活動だ。草を刈り、苗木を植える。退屈な肉体労働。
生徒のやる気も最初のうちだけで、三十分もすれば遊び半分になり、教師が小言を飛ばし始める。
黙々とやっていたメイも一時間で飽きた。「休憩しまーす」と教師に言うと「五分ならよし」と許可が出た。
メイは軽く散歩をすることにした。色とりどりの落ち葉と木立は緻密なモザイク画のようだ。
ふと足が止まる。
木立にぽっかりと穴があいている。草も低い。
道だ。
直感的にメイはそう感じた。足が前に出たのはただの好奇心だった。
それから、五分どころか数十分は経った。メイもすぐに引き返したのだ。しかし、一向に元の場所に戻れない。前にも後ろにも、奇妙な小径が続いている。
「魔法だよねえ、これ」
口調こそおどけているが、メイの表情は硬かった。
百年前ならいざ知らず、現代でこんな超常現象みたいな魔法は聞いたことがない。
とはいえ、立ち止まっていても事態が好転するとは思えなかった。
「戻れないなら進むまで、ってね」
メイは自らを奮い立たせるようにひとりごち、歩き出す。
道は真っ直ぐだった。どれくらい歩いたろうか。視界の先がにわかに明るくなり、ほどなく開けた場所に出た。
円形の広場だ。中央には一本の木。
「ウソでしょ……」
メイは息を呑んだ。赤や黄に色づく木々のなか、その一本だけは青々としていた。
昨日の話が頭をよぎる。
森のなかにある呪われた木。それを見てしまった者は――。
「誰だ」
びっくぅっ! とメイは文字通りその場で跳ねた。
声は背後から。低い男の声だ。
反射的に振り向こうとして、
「んわぁ!?」
足がもつれたメイは派手に転んだ。ビタンとそれはもう見事に倒れ伏す。
「いったぁ……」
つぶれたカエルのような格好のまま、メイは痛みを堪えつつ視線を上げた。
深く長い緑の髪が印象的な、背の高い男だった。古めかしい神官風の衣装に身を包んでいる。施設の関係者だろうか。
「巫女か」
男はつまらなさそうに言った。
メイは思わずカチンときた。さんざん歩かされるわ、転ぶわ、そのうえこの言われようだ。
「今日はもう巫女じゃないですけど! てか、女の子が転んでるんですけど!?」
「ふむ」
男は手を差し伸べるでもなく、かがみ込むでもなく、ただメイを見下ろしていた。
「女の子が転んでるんですけど?」
「立つまで待ってやっているのだが?」
さも当然という口ぶりで言われ、メイの方が言葉に詰まった。しぶしぶ身を起こす。
「ぃつっ!」
立ちあがろうとして、メイは顔を歪めた。右足首に鈍い痛みが走る。挫いたらしい。
「ふむ」
男はおもむろにメイの頭に手をかざした。
「な、なに!? あーー」
急に伸びてきた手から逃げようとするが、痛みにバランスを崩す。
男は無造作に、もう片方の手でメイの手を取った。
「ありがと……」
見知らぬ男に手を掴まれ、緊張しつつもメイは素直に感謝を述べる。
と、メイは気がついた。
「あれ? 痛くない」
痛みが引いている。気のせいかとも思い動かしてみるが、やはり痛みはない。
「治した」
男は事も無げに言う。メイは目を丸くした。
「治療魔法!?」
治療魔法なんて完全に失われた技術だ。人類ではありえない。
「もしかして、精霊……?」
「ああ。そうだが?」
隠すことなく、男は言った。