002 噂話
「おおー! なかなかいいじゃないー!」
脱衣所を出たメイは今日一番の歓声をあげた。
露天風呂の大浴場は、数十人が一度に使えるくらい広かった。大勢の生徒で賑わっているが、混んでいるという印象はない。
メイがキョロキョロしてしると、
「はしゃがない。子どもか」
遅れてやってきたウィスがそれを嗜める。
ウィスは藤色の長い髪をタオルで纏めていた。
メイは顔だけで振り返り、ため息をついた。
「どうせ私は子どもですよぉ」
「ヒトの胸見ていうんじゃない」
メイは軽くこづかれる。
ウィスの豊かな曲線に対して、メイは潔いくらいストレートだった。
幼馴染でルームメイトの二人だ。お互いそれ以上言及することもなく、じゃれあいながら洗い場に向かう。
「でもさ、本当に良かったの?」
体を洗い始めて少ししたあたりでウィスが尋ねた。
メイは少し考えて答える。
「巫女姫のこと? 別にぃ。面倒なだけじゃん」
巫女姫とは精霊祭の主役だ。祭壇の上で王の復活を祈る。巫女姫役はその年のマナへの適性が最も高い生徒が選ばれることになっていた。メイの成績こそ全般的には下の上くらいなのだが、マナ適性だけはずば抜けていた。
その栄誉ある大役をメイはあっさりと辞退した。理由は特にない。そっけない態度にウィスは肩をすくめた。
「私はメイの巫女姫、見たかったけどな」
「堅苦しいのは嫌いなの」
髪の短いメイはささっと洗い終え、ウィスに一声かけて湯船へ向かう。
お湯は白く、少しぬめりがあった。
足先で温度を確かめるようにしてから、一気に肩まで浸かる。温かさが芯までしみた。
「はぁあぁ……」
思わず声が出る。そのまま溶けてしまいそうな気分。見上げれば、満天の星空。なんという贅沢だろうか。
(いやもうコレだけで来た価値あるわぁー)
そんなメイとは違い、ほとんどの生徒は旅行という非日常に盛り上がっていた。
狙っている先生に今夜アプローチしたいとか、誰と誰が付き合っているとか、大半は恋愛がらみ。これも旅の醍醐味だ。
飛び交うゴシップは嫌いじゃない。しかしメイの本命は恋愛とは別にあった。
「呪われた木があるって話、知ってる?」
メイは思わず聞き耳を立てる。幽霊だの呪いだのといった怪異譚がメイはとにかく好きだった。
「この森の木は秋になると葉の色が変わって落ちるんだけど、その木はずっと青い葉のまま。昔、呪いがかけられて時が止まってしまったの。それでね……その木を見ちゃった人はもう二度と森から出られなくなっちゃうんだって!!」
キャー! とあがる悲鳴は笑い半分。
(ありがち……三十点)
勝手に採点するメイ。
「おまたせ。……どした?」
微妙な顔をしているメイにウィスは首を傾げる。
「なんでも。いいお湯と空だなって。あとウィスは身体がエロいなって」
「ばーか」
初日が平和に過ぎていく。