001 精霊祭
メイの曽祖母は長生きだった。何歳だったのか、メイも詳しいことは知らない。
曽祖母――ユーリには大切にしている首飾りがあった。飴色の石がついた指輪に紐が通してあるだけの簡素な首飾りだ。日に一度、目を閉じ、愛おしそうに握りしめ祈りを捧げる。メイは一度、何をしているのか尋ねたことがある。曽祖母は少し寂しそうに微笑み「大事な約束なの」とだけ答えた。
そんな曽祖母は先月亡くなった。
今際の際、メイはその首飾りを受け取った。首飾りをつけたメイを見て、曽祖母は目を細めた。その目はどこか遠くを見ているようだった。
「これがきっと導いてくれるから。――によろしく伝えておくれ」
最後の言葉はよく聞き取れなかった。聞き返す間もなく、曽祖母は静かに目を閉じた。
「おばあちゃん!!」
ようやく喉から出たメイの声を迎えたのは、爆笑だった。
隣では親友のウィスも笑いを堪えている。
メイは目を白黒させながら、あたりを見渡す。
バスのなかだ。
メイは失態を悟り、顔を赤くして押し黙る。
今日は王立アマリ魔法女学園の校外学習だった。
精霊祭。
年に一度、聖域「精霊の森」で執り行われる王国主催の祭祀だ。
学園の創立以来、選ばれた生徒がこの地を訪れ、精霊の巫女として参列する。もう五十年になるのだそうだ。
二泊三日の行程は、初日が講義と精霊祭。二日目は森の保全と自由行動で、三日目の午前中には帰途に着く。
宿は森のほとりにある国の施設で、上等な学生寮といった風だった。
「百年前、精霊王が眠りにつき、世界中のマナはそのほとんどが失われました。精霊祭は王の目覚めを祈願をするための重要な祭祀です」
到着は予定通り。昼食が終わるとすぐに講義が始まった。
精霊祭の講義だ。大事な話なのはわからないでもないのだが……。
食後の座学は眠い。
メイが臆面もなくあくびをしていると、教師がじろりと睨んでくる。曽祖母譲りの赤毛赤目は珍しく、目立つ。
(こんなのテキトーでいいじゃんー)
教師の圧力など気にも止めず、メイは視線を窓の外に移す。
赤や黄色に色づく広大な森が果てまで続いている。
精霊の森。マナの聖域。
マナとは魔法の原動力であり、精霊たちの営みにより生み出されるものだと言われている。
百年前、精霊と人は共存していた。世界にはマナが溢れ、精霊たちは実体を持っていた。人と交わり子も成した。魔法技術は隆盛を極め、森羅万象をその掌中に収めていたとも言われている。
しかし、そんな栄華は一夜にして失われた。突如、精霊の王が永い眠りについたのだ。王を追うように精霊たちもまた眠りについた。精霊の営みが失われ、世界からマナが消えていった。
人々は王が眠るこの地を聖域として祈りを捧げ、精霊の目覚めとマナの復活を願った。
これが精霊祭の始まりと言われている。
しかし、選ばれた身でありながら、メイはまったく興味がなかった。
講義も精霊祭もなんとなく参加し、粛々とやり過ごす。
(祈ったところでどうしようもないっしょ……)
世界のマナはもう間もなく底を尽くといわれている。