アラサー聖女は帰りたい【召喚編+完結編】
皆様こんにちは、高坂みのりです。OLです。仕事帰りです。
あ、なんで説明口調なんだって思いました? すみません、今めちゃくちゃ混乱してまして、状況整理の為にも回想中なんです。うん、落ち着け自分、誰よ皆様って。
「お待ちしておりました聖女様、世界をお救い下さい!」
ん-、おかしいおかしい……。だって私、買い物帰りだったはず。
レジ袋を提げて信号待ちしてたところで、クラっと立ち眩みが起こったのは覚えてる。
やだなぁ貧血かなぁとか思いながら目を開けたらすでに異世界召喚は完了してたとか、ちょっと導入が雑すぎやしませんかねぇ。
「聖女様!」
さっきから話しかけてきてるこの人とか、明らかに神官っぽい服着てるし。
聖女って誰? わたし? 他に誰かそれっぽい人が居れば、まだ「気のせいかなー」で済ませられたのだけど、残念な事にこの地下室っぽい儀式場には彼と私の二人だけだ。これ以上考え込むふりをして無視し続けるのも心理的にちょっとキツい。
「え、えぇと……」
ようやく薄目からまぶたを開けて、眼下の青年を観察する。
なんとなく見えてはいたけどめちゃくちゃ美形だ。アニメばりの水色の髪に聖職者みたいな帽子をかぶっていて、黒ぶちの眼鏡が知的な感じ。そんでもって、白いローブが汚れるのもお構いなしに跪いている。
彼は、私がようやく反応したことに感激したようで金無垢の瞳をキラキラと輝かせた。
「おぉ、聖女様!」
聖女様botか。思わずツッコミたくなる気持ちをグッと呑み込み、話を聞く。
まとめるとこうだ。ヘクターと名乗った青年は思った通りこの国の神官で、この世界はそれっぽい事態に陥っていて、それっぽい魔王の手から人々を救うために、異世界から聖女をそれっぽく召喚したのだとか。
またまた御冗談を。と、笑ったら魔法を見せてくれた。それを見た私は真顔で3回は壁に頭を打ち付けた。それも回復魔法で治してくれたけど、頭は別の意味で痛かった。
まぁあれだ、設定がベタすぎるとかそういうのは置いといて、
「困ります! 私、聖女ってガラじゃないし……それに、その……」
「何か問題でも?」
「……そういうヒロインを名乗るには、もう結構いい年齢だし……」
アラサー聖女って、響きがなんかもうやばい。
あっ、もしかして、隣で信号待ちしてた大人しそうな女子高生と間違えたとか?
ですよねー、どう考えてもこんなレジ袋からネギ生やしたOLより、美少女JKの方が映えるもんねー、アハハ……、ハハ……、はぁ。
「正直、もっと可愛い子の方がよくないですか……」
聖女ってことは否が応でも注目を集めるのだろう。民からの期待を一身に集めるのなら、それなりに整った容姿が必要とされるはずだ。ガッカリされるのも嫌だし、私じゃなくても良いのなら……。
一人で勝手にネガティブ思考に陥っていた私だけど、ヘクターは何の迷いもないまっすぐな視線で言い切った。
「いいえ! ミノリ様は美しい御方です!」
「へぁ!?」
予想外の発言に、思わずのけ反ってヘンな声が出てしまう。ここまでドストレートに褒められる事なんて現代日本じゃ無いから、カァァーっと熱が頬に集まる。
何も言えずにいると、ヘクターはどこかうっとりとした眼差しのまま、こちらを一心に見上げて来た。
「幼い頃より思い描いていた何万倍もの神々しさです、ずっと貴女様をお待ちしておりました……あぁ、なんてお美しい……」
「え、えぇぇ……」
これ、褒められてるというよりは、なんていうかその……崇拝されてない?
「貴女様が現れた瞬間から、わたくしの世界は光り輝き始めました。これまでの人生など無彩色も同然だったのです」
うっすらと涙がにじむ狂信的まなざしで見つめられ、私の腕にぶわぁと鳥肌が立つ。
こ……怖い怖い怖い! 美形だけどなんかヘンだよこの人!
「ああ、この感動を何かにしたためなければ! 文……そう、ミノリ様を崇める聖典の序文として――」
「いやでもっ、ホントむりなんです! 魔王になんてとてもじゃないけど立ち向かえませんっ!」
ンな恥ずかしいもんしたためるのはやめろ!と、思いながら叫ぶと、ヘクターは笑顔のままで静止した。なんだ、次は何が飛び出すんだ。
「それは、怖いからですか?」
「う、うん」
「でしたらご安心ください! すでにこちらに下処理を終えた魔王が」
「いや下処理って料理じゃないん――ラスボスぅぅぅ!!」
いい笑顔を浮かべたヘクターが手を軽く振り降ろすと、空中から赤黒いツノを付けた男性が現れてドサッと床に叩きつけられた。
魔王(?)は、手足をグルグル巻きにされて昏倒しているようだ。こちらも相当な美形なんだろうけど、白目を剥いて口を「ぱかっ」と開けているもんだから二枚目『半』感が凄まじい。
私はもう状況に頭が付いていかなくて、クラクラとしながら尋ねる。
「え、なんで魔王……この人を倒しに行くんじゃないの?」
「万に一つでもミノリ様が傷つくことがあっては困りますからね、前もって服従させておけば安心でしょう!」
「ねぇ、それさ、聖女要るのかな……本当に必要かな……」
もうここで完結してるやん。物語が始まる前からエンドロール流れてるやん。
思わず脳内で下手な関西弁になっていると、ヘクターは超いい笑顔のまま魔王を小突いた。
「もちろん必要ですとも! 彼には聖女様の輝かしい未来への踏み台となって貰いましょう!」
「誰が踏み台だぁぁ!! ぐぇ」
ガバッと起き上がった魔王が、縛られていることに気づかずバランスを崩してゴチンと顎を床にぶつけた。うわ、痛そう。
「おい、おいこら! 何があった!? ここはどこだ! お前ら誰だ!」
まるで芋虫のようにもぞもぞとのたうちまわる姿に、私は同情を禁じ得なかった。っていうか、異世界に来て5分で簀巻きにされる魔王を見せられてるって何事よ。
魔王からの問いかけを完全にスルーして、神官は私のプロデュース案を嬉々として挙げ連ねた。
「魔王ヴロンを華麗に倒し浄化した暁には、魔王城を『ミノリの塔』として改装・聖地化し、全国各地にミノリ像を建立いたします。そしてゆくゆくは永久女神として奉るのです!」
「やめて恥ずかしい」
「無視してんじゃねー!!」
思わず素で呟いた私に被せるように、魔王ヴロンからのツッコミが入る。彼は深紅の長髪を振りたくりながら叫んだ。
「思い出したぞ、貴様いきなり俺様の寝室に殴りこんできた奴だな!? 盤石の警備の中、どうやってあそこまで入ってきた!」
「あぁそれは、四天王である土属性ノームさんに連絡を取りまして、直通の回路を敷いて貰ったんですよ。すでに魔王城はわたくしの庭みたいなもの、ほぼ別荘ですね」
「べっ……!? いや待て! なんでお前がノームの連絡先知ってんだ!? 俺様も知らないのに!」
知らないんだ。業務連絡とかどうしてるんだろう。
「地元のパン作り教室で意気投合したんですよ」
パン作りて。
「あいつパン捏ねんの!? 自分がパンみたいな見た目してるくせに!?」
「あー、そういう事いっちゃうところがマジ無理って愚痴こぼしてましたねー」
「チクショー!! あいつ絞める!」
……なんだろう、この世界、放っておいても平和な気がしてきた。
「あのー、私そろそろお暇したいなー、なんて」
魔王ヴロンが四天王はおろか魔王軍全体からもハブられてると明らかになった辺りで(なんでそんな人望ないの?)私は愛想笑いを浮かべながら小さく挙手をした。勢いよくこちらを振り向いたヘクターが両手をパチンと合わせる。
「そうですね、お待たせ致しました! それでは早速、聖女ミノリ様の盛大なるお披露目パーティーを開き、いよいよ全国行脚を――」
「いや、しないから」
反射的にツッコむと、暴走神官は「?」と頭の上にでも浮かんでいそうな顔で首を傾げた。なにその無垢な表情。
私は、言い負かされて背中を丸めてシクシクと泣いている魔王を指しながら言った。
「だって魔王そこに居るじゃん、平和になってるんじゃ……私が旅に出たとして、いったい何と戦うの?」
「……」
そもそも、倒すとか倒されるとか、そんな血なまぐさい話はゴメンなのだ。せっかく敵の大ボスがここにいるんだから、後は勝手に話し合って平和的解決を目指してくれればいい。
まっとうな事を言ったとばかり思った私が、論破どころか決定的に口を滑らせたと気づいたのは、この30秒後だった。目を瞬いた神官は手をポンと叩く。
「なるほど、確かに」
「でしょ?」
だから元の世界へ返して――と、言いかけたところで、ヘクターは自分の帽子をパッと取り上げた。何をするのかと聞く前に、しゃがんだ彼はその聖帽を魔王の頭にぽすっと乗せる。
「ちょっ、熱い! 聖防具乗せんな!」
「ヘクター?」
返事の代わりに、魔王の立派なツノに手をかけた彼は――勢いをつけてそれをもぎとった。
「ぎゃあああ!!?」
「わぁぁぁ!!? なっ、取れるのそれ!?」
「俺様も知らん!!」
何!? どういうこと!? と、混乱する中、くるっと踊る様に一回転したヘクターは、そのツノを自分の頭につけて晴れやかに笑った。
「わかりました! ならばわたくしが魔王を継いでイベントを設置して参ります!」
「は?」
「はぁっ!?」
ベタな物語りから一転、大暴投をブッこんできたヘクターは、まったくブレない心酔しきった表情でこう告げた。
「なるほど、それならばミノリ様の輝かしい軌跡の礎になれる! 今ようやく分かりました! わたくしの産まれてきた意味はそれだったのですね、天命です!!」
あっけに取られる私たちなどお構いなく、新生魔王は元気よく宣言をした。
「それではこのヘクター、不肖ながら魔王を務めさせて頂きます! ミノリ様はご安心して魔王城までお越し下さいますよう!!!」
できない! 何一つ安心できない!!
「そうと決まれば計画の練り直しが必要か……効率を考えると各地に散らばっている魔族の再編成を……毒……疫病……」
ウェイウェイウェイッ!! なんか物騒な単語が聞こえる! なんで!? どうしてそうなった!?
「ちょっと待――」
手を伸ばしかけたその先で、彼の足元に魔法陣が出現する。透けていく神官は私を見やり、恍惚の笑みを浮かべた。
「最期は貴女様の手によって討ち取られる……ああ、なんと甘美な。わたくしは最期のその一瞬まで貴女様を見つめ続けると誓いましょう。それではお待ちしておりますよ、聖女ミノリ」
掴もうとした手が空を掻く。バランスを崩し、何とか踏ん張って顔を上げた時にはもう、彼の姿は消えていた。
や、やばい、本気だ……あの目は、何がなんでもやりとげるって顔だった。
「ど、どうしよう。あの人、下手な魔王より極悪な計画立ててるんじゃ……私のせいだ……」
「知らん……もう俺様しらん……みんな嫌いだ……」
ツノをもぎとられた魔王ヴロンはぐすぐすと泣き続けている。
キュッと眉を吊り上げた私は、彼を拘束する縄を躍起になってほどいた。うろんな顔つきでこちらを仰ぐ彼に向かって手を差し伸べる。
「立って! しっかりしてよ! 魔王の立場を奪われたままでいいの!?」
「……」
ヘクターが居なくなった今、帰る手段は分からなくなった。お偉いさんに説明したところで『魔王と神官が入れ替わりました』なんて荒唐無稽な話、誰が信じるだろうか。仮に話を聞いてくれたとしても、ヘクターを(言葉の取り違えとは言え)焚きつけたのが私だとバレたら……うわぁぁ!!
「こんな事情を知ってるのはあなたと私だけしか居ないんだから!」
「俺様と……お前だけ?」
そうだ、『ヘクター被害者の会』として、私と彼の目的は一致しているはず。
「私はもう、あなたしか頼れないのよ!」
涙目で訴えると、こちらを見上げていた彼の頬がポッと赤くなる。立ち上がった彼は、無駄にカッコつけて前髪をかき上げた。
「ふ、フン。そういうことならば仕方あるまい、魔王としてここまでコケにされて黙っているわけにはいかないからな。勘違いするなよ女、俺様は仕方なく――」
「今ならまだ近くにいるかも、行くわよ!」
「聞けや!」
かくして、異世界に召喚された聖女ミノリ(仮)の、旅は始まったのである。
……なんて、綺麗にまとめようとしてるけど、この先ほんっと~~に、色んなトラブルが待ち受けていた。
レジ袋に入れていた1本98円のネギが、いつの間にか『聖女の杖』として、とんでもない魔力が付与されていたり(振り降ろしたら地面が割れた)
ヴロンは魔王のクセして、ゆく先々で魔族からケンカ売られてるし(これに関しては人間の私が横に居るからっていうのもある)
何より、ヘクターがふらりと町や村に現れてはシャレにならない悪事を働き、私がそれを仕方なく阻止する事で知名度がどんどん上がっていっちゃうし……。
もうこれ、完全なるマッチポンプじゃない!
ごめんなさいごめんなさい。私ほんと、聖女なんかじゃ無いんです!
自分でやらかしたことの後始末つけてるだけであって……崇めるな! 姿絵とか描かなくていいからっ……「なぜ俺様が人助けを」とか言ってないで、助けてよヴロン!
あーもうっ、こうなりゃヤケだ!
さっさとヘクターを捕まえて、元の世界に戻ってやるんだから!
おわり…?
【完結編】
私がこの世界に召喚されてから一年と少しが過ぎた。
ぶっちゃけ、元いた世界ではもうクビになってると思う。無断欠勤どころか行方不明扱いだろう。そう考えると異世界召喚って拉致となんら変わりないのでは?
「ミノリ、どうした?」
少し先で魔王城を見上げていたヴロンが怪訝そうな顔で振り返る。長かった髪を切り、いつの間にか『勇者』と呼ばれるようになった彼に私は微笑み返す。
「ん、ここまで長かったなぁって。この世界に来た時のこと思い出してた」
「……あの時は、ひどかったな」
「ヴロンの一人称も『俺様』だったし」
「やめろ、恥ずかしい!」
当初はワガママ放題で、他人なんて道端の石ころ程度にしか考えてなかったヴロンだったけど、私と旅をする内に少しずつ変わっていった。たくさんの出会いと別れを繰り返し、他人を想いやることの大切さに気付いてくれた。
彼を慕ってくれた小さな男の子が魔物の襲撃で死んだ時、ヴロンは初めて誰かの為に涙を流した。嗚咽を漏らして壁を殴りつけながら、必ずや平和を取り戻すことを誓った姿は深く印象に残っている。
そう、あの城で待ち構えているヘクターを倒せば、この世界は平和になるのだ。『白き災厄』とまで言われるようになった元神官の悪行を正すため、私はあそこに行く。
「ミノリ様! お待ちしておりました!」
そうして大仰な扉を開けると、そこはすぐに大広間だった。禍々しい玉座に座っていた彼は立ち上がって出迎えてくれる。出会った時と変わらない白い聖職者の服を着て、頭にはヴロンからもぎとったツノを冗談みたいなテープで止めている。道中、散々ジャマしてきてくれた時の恰好そのままだ。
「ヘクター! ようやく追い詰めたわよ、いい加減観念してふざけたことはやめなさい!」
ネギ、もとい聖女の杖でビシッと指しながら私は目を吊り上げる。その横から進み出たヴロンも、国のみんなから託された伝説の剣をすらりと抜き構えた。
「災厄の魔王ヘクター、俺も魔王ではあるが、貴様のやり方は気にくわん! お前さえ居なければアイツは……クリスは!!」
彼は胸元の緑のお守りをギュッと握りしめる。キッと顔を上げたヴロンは剣の切っ先を突き付け宣言した。
「今こそ因縁を断ち、全てを終わらせる!!」
らせる! せる……と、声は玉座に反響して消えていく。それを聞いていたヘクターは、たっぷり一呼吸置くほど間をおいてから、出し抜けにニコッと笑って手を叩いた。
「すばらしい!」
「へ?」
「よくぞ、あのワガママ放題の世間知らず、こじらせ中二病をここまで成長させてくれました。ミノリ様、さすがでございます!」
予想とは違う展開に、私はネギを持ったまま口をぽかんと開ける。その横からヴロンが進み出て青筋を立てた。
「おい聞いてんのか! クリスはお前のせいで――」
「ああ、すみません、私がそのクリスです」
「はああああ!?」
パチンを指を鳴らしたヘクターの姿が、一瞬にして純粋無垢な笑みを浮かべる少年の姿になる。ここに至るまでの村で、魔物の爪でバッサリとやられたはずの彼が。
村の墓地に埋められたはずのクリス(?)は申し訳なさそうに笑って頭を掻いた。
「さすがに道中で一人も死なないのはシリアス度が足りないかと思いまして、かと言って一般人を犠牲にするわけにはいきませんからね」
ひどい。じゃあ何か、あの時の感動シーンは全部ヤラセだったとでも。いや、クリスが、生きてたっていうのは私も嬉しいけどさぁ!
「聖職者として当然の選択ですよ」
「てめえのどこが聖職者だコラぁ!! 俺の涙を返せ馬鹿!」
「いやぁ最高でしたね、あの時の熱い宣言。『俺は必ずやお前の敵を取る!! だからっ、だから天国から見ていてくれ!』……でしたっけ? 思わず死を偽装してるのにこちらが涙しそうになりましたよ」
「コロス! 絶対にコローーース!!」
ええと、これは一体……。痛む頭を押さえた私はハッと気づく。
確かにヘクターは魔王として疫病なんかはバラまいたけど、その度に私が奔走して治療法を広めたから大した被害は出ていない(そのせいで私の聖女としての知名度は爆上りしてしまったんだけど)それどころか人間側で結束が強まったぐらいだ。
「ヴロン、ちょっと待っ――」
「~~っんで、そんなふざけたことした!? ミノリを聖女に祀り上げたいだけなら、俺は必要なかっただろうが! 余計な茶番させやがって!」
憤慨するヴロンの言葉に、クリスの変装を解いたヘクターは何も答えない。ただ謎めいた微笑でこちらを見下ろしているだけだ。
「何ニヤけてんだテメェ! つか、いい加減ツノ返せよ! 頭のバランスおかしいんだよ!!」
「いいでしょう!」
すぐ背後から元気な声が上がり、予期せぬ角度からの反応に私たちはぞわっとする。バッと振り向くと、瞬間移動したらしいヘクターはそこに出現していた。自分の側頭部からベリッとツノを剥がした彼は、それをヴロンの頭に――、
「装☆着!」
「ぐわあああああ!!?」
ガチャン!なんて音が響いたかどうかはともかく、ツノはようやく本来あるべき位置へと戻った。白目を剥いたヴロンはガクガクと痙攣しながら剣を取り落とす。
「ヴ、ヴロン?」
「来ますよミノリ様、構えて下さい」
バチバチと、ツノから発生する黒い電流がヴロンの全身を包んでいく。ここにきて、初めて声に緊張を滲ませたヘクターは私を少し下がらせた。彼はどす黒く肌が染まっていくヴロンを見ながらとんでもない新事実を明かした。
「最恐最悪と呼ばれた『魔神ディザーヴァ』の事を耳にしたことがありますか?」
「え、うん。何百年も前のひどい魔王だったって……」
「ヴロンはその生まれ変わりなのです」
「えぇっ!?」
ここに来て新設定!? ちょっとやだ、そういうのは事前に伏線とか張って置いて欲し――あったわ!! ここんとこ不穏な夢を見るとか、自分じゃない誰かに乗っ取られる感じがするとか口走ってたわ、そういえば!!
「ヴロン! 大丈夫!? 意識はある!?」
「うおお、俺の右腕があああ!!」
「え、厨二病?」
「ふざけてるわけではなく!! ぐわああ」
呼びかけると、ギリギリのところで意識を保っているらしい彼からツッコミが返ってくる。それを聞いたヘクターは少しだけ希望が見えたかのように顔を輝かせた。
「あの状態でも自我を保てている、よくぞここまで成長を……」
「どういうこと!?」
いよいよ重苦しい黒いオーラが流れてきて、腕で顔を覆いながら問いかける。服の裾をはためかせながら、神官は私をこの世界に召喚した本当の目的を打ち明けた。
「魔神ディザーヴァは死の直前に霊魂となり、代々子孫の身体に宿ることで転生を繰り返しています。その流れを断ち切るには、当代の魔王の器であるヴロン本人の精神を成長させる必要がありました」
「! だからあなたは、自ら悪役に……!?」
「えぇ、途中で覚醒しないよう、闇の力の源であるツノを一時的に預かりました。聖女ミノリ様と旅をさせれば、彼も少しは大人になるかと思いまして」
私と旅をすることで、確かにヴロンは変わった。自分以外なんて等しくザコぐらいにしか考えていなかった彼が、みんなの為に勇者として立ち上がってくれたのだ。
「とは言え、このままではあの男の自我は魔神ディザーヴァに呑み込まれてしまうでしょう」
ふっ、と場の圧力が一瞬弱まり、ヴロンの全身から力が抜ける。次の瞬間、彼の背中から禍々しい魔王の翼がバサァと突き出た。ガクンと前のめりになった彼は、手で顔を覆い、クツクツと笑いながら肩を震わせる。
『ふふ、ふふふ……我はようやくこの世界へ戻ってきた……今日はなんと素晴らしき日か。ククッ、ハーッハッハッハ!!』
ついに復活してしまった魔神ディザーヴァは、少しもこちらを気に留めず高笑いを始めた。私の肩をそっと叩いたヘクターが、力強く言う。
「さぁミノリ様、聖女の手で、今は奥底に封じられている『彼』の目を覚ましてやってください」
私に、できること。
「大丈夫、きっと応えてくれますよ」
ギュッと杖を握りしめた私は、これまでの旅を思い出していた。涙を振り払いキッと視線を上げると、床を蹴って走り出す。
「ヴロン!」
『なんだ、貴様――モがぁ!?』
大口を開けて笑う彼めがけて突進する。勢いそのままに押し倒して馬乗りになった私は、グリグリと聖女の杖を口に突き込んだ。
『この小娘、ごば、ごべべ』
「お願い、そんな奴に負けないでヴロン! 私のこと思い出して!!」
『もご、すぐにでも葬りさって、うぶっ、な、なぜ体が動かん!?』
「起きて、帰ってきてよぉっ!!」
『むが、モペペ、ならば魔法で、深淵の闇へと、おえぇっ』
ネギが折れる勢いで喉奥をザクザクと突き刺す。次の瞬間、手首をガッと捕まれ、すぐ下から特大のツッコミが返ってきた。
「いや絵面ァ!!」
「ヴロン……?」
「状況とネギがどう考えても一致してねぇんだよ! あとラスボスを嘔吐かせてんじゃねぇ、可哀想だろうが!!」
右目の辺りだけ元に戻った瞳でこちらを見上げてくる彼に、感極まった私はその首元にかじりつくようにして抱き着いていた。
「良かったーー!!」
「うぉっ!?」
その瞬間、私たちを取り囲むようにキラキラと白い光が立ち上り始める。ヴロンの身体から半分出かかっている黒い魂が、その光にあてられて空中で身悶える。
『うおお、そんな、こ、これが聖女の……愛の力だというのか!? ザコのくせに我から自我を取り戻すなど……こんなことは赦されない……っ、馬鹿な、馬鹿なあああアアア!!』
「うがっ……」
完全にヴロンの体から切り離された魂が一瞬収縮したかと思うと、パンッと空中に弾け飛んで消滅した。その抜け出した時の衝撃か、一度ビクンッと跳ねたヴロンは白目を剥きながら気絶してしまった。な、なんとかなった、の?
「お見事でございましたミノリ様!」
少しも動けない中、相も変わらずハイテンションな神官がずいっと進み出てくる。彼は私に手を貸すと立ち上がらせてくれた。
「いやはや、魔王ヴロンも幼い頃より教育をして主人格をまっとうに育てておけば、元よりディザーヴァを抑え込めるだけのポテンシャルはあったのですが、両親が居なかったために傲慢に育ってしまったんですね」
「だから、私にその代わりをさせようと……?」
身体をご先祖様に乗っ取られて、自我を取り戻すきっかけになったのが『ツッコミ』というのが何とも言えないけど。そんな微妙な顔つきをしていた私に向けてヘクターが爽やかに言う。
「まぁ、古今東西、ヒロインの主な役割なんてメンタルトレーナーですからね」
「メントレ……」
「いわば魔王ヴロンは聖女ミノリママにバブみを感じてオギャっていたわけですよ」
その言い方は憤死しそうだからやめたげて……っていうか、何でそんな単語に精通してるんだろう。そう苦笑しながら、折れてしまったネギの杖を見つめる。
結局のところ、私はヘクターの思惑通りに動かされていただけなんだろうけど、それでもこの世界のみんなを……何よりヴロンを助けられたのならそれで良かったのかもしれない。
その時、私たちのすぐ側に光の線が上から下に向けてピーっと走る。あぁ、と呟いた彼はこともなげにそれを手でつかんで謎の空間を引き開けた。
「そろそろ時間のようです。元より役目を果たすまでという期限付きであなたをこちらに召喚したのですよ」
「え、それじゃあお別れ……なの?」
「ええ、残念ですが」
この機を逃せば、元の世界に戻れる保証はおろか私の存在さえ危うくなると言う。
突然の展開に、私はまだ気絶しっぱなしのヴロンに振り返る。白目を剥いて口をぱかっと開けている様に、そういえば出会った時も気絶してたなぁと妙な苦笑が込み上げてしまう。
「最後まで締まらないなぁ」
別れは寂しいけど、ヴロンの泣き顔は見たくないからこのまま居なくなった方がいいのかも。……ううん、あなたの事だから泣くのを我慢して、心にもない減らず口を叩いてしまうんだろうな。さっさと行ってしまえとか言ってね。それで死ぬほど後悔したりして。だったらやっぱり、このままで。
「さよならヴロン、元気でね」
ヘクターに手を引かれて世界の狭間に足を踏み入れる。最後に一度振り返ると、閉じていく隙間の向こうで目を覚ました彼が驚いたような顔でこちらに手を伸ばす。私は切なくなる気持ちを押し殺して精いっぱいの笑顔で手を振った。
先導するヘクターの後をついていきながら、真っ白な世界の狭間を進んでいく。そのまま周囲に溶け込んでしまいそうな衣装を着た彼は、それまでとは打って変わって落ち着いた声で言った。
「こちらの世界はお任せ下さい、世界を救った聖女ミノリ様の伝説は末永くわたくしが語り継いでいきますので」
「いや恥ずかしいからいいって……」
「実は、あなた達を魔王城で待っている間に新しい幻術魔法を開発したのですよ。日に一度、ミノリ様の麗しいお姿を空いっぱいに描き出す――」
「ぜっっったいにやめてよね!」
まったく、この人も最後まで変わらないなぁと呆れ混じりに笑っていると、ふいに真剣な声でヘクターはこう言った。
「わたくしがミノリ様を選んだのは、その魂の輝きに一目ぼれしたからなのです。この方ならば必ずや、我が世界を救って下さると信じていました」
「ヘクター……」
いつの間にか一枚のドアの前に私たちは立っていた。ひどく見覚えのあるそれは、私のアパートの玄関ドアだった。そのノブに手を掛けながら彼は振り返る。
「ミノリ様。ミノリ様は若さや見た目の美しさを気になさっている様子でしたが、わたくしからしてみれば外見の美しさなど心底どうでもいいことです。いえ、一般的な観点で言えばミノリ様も好ましい容姿をしているとは思いますがね、ですがそこはさほど重要ではないのです」
ドアを開ければ、もうそこは慣れ親しんだ私のアパートの玄関だった。召喚された日の朝に出てそのままだ。あの日、帰ってきたら洗おうと思っていたお皿がシンクの中にそのまま残っている。
ガサという音を立ててヘクターがスーパーのレジ袋を渡してくる。受け取るとやけにズシリと重かった。
では、これで。と軽く頭を下げた神官は、再び扉を開けて自分の世界へ帰っていく。柔らかく微笑んだ彼は最後にこう言い残して言った。
「あなたは誰よりも美しい。その魂の輝きを、いつまでも持ち続けて下さい」
ゆっくりと閉まっていく扉がカチャと音を立て……私の冒険は幕を閉じた。
(なんだか、夢だったみたい)
テレビ台の上に置いた置き時計に目をやれば、日付は私が異世界に召喚された日のままだった。
けれどもこの一年が夢だったとしても、私は絶対に忘れない。
一つの世界を救った記憶は、こちらの世界で生きていく私をきっと強くしてくれるだろう……。
***
夢じゃなかった。
「おう、ミノリ。お帰り」
「ミノリ様、お夕飯の準備できてますよ」
翌日、仕事から帰宅して玄関ドアを開けた私は、部屋の中で当然のようにくつろぐ異世界人二人を見てカバンをドサリと落とす。
「いや、フツーに行き来できるんかい!!」
「何かやってみたらできましたねぇ」
頭を抱えながら全力でツッコミを入れると、のほほんと笑ったヘクターがさらりと答える。いやぁああ!! ちょっぴりセンチメンタルな気分でポエムを綴ってしまった私の記憶を誰か消してぇ!
「っていうかヘクター! あなた昨日、卵のパックを金に変えたでしょ!?」
「ええ、ミノリ様への報酬のつもりだったのですが足りませんでしたか?」
あの後、やけに重たいレジ袋を漁ると、スーパーで買った『産みたてパックくん』が金ぴかになってゴトンと転がり出てきた。ポコポコした形状のあれがそのまま黄金化していた時の衝撃たるや。
「ただのアラサー女があんなものポンと渡されてどうしろっていうのよ! 入手経路とかどう説明したらいいわけ!?」
「しかも驚くことにですね、この『産みたてパックくん(18金)』は何度売り払ってもいつの間にかミノリ様の手元に戻ってくるという呪……オプション性能付きでして」
「余計に売れるか!!」
「ミノリぃー……このコタツってやつ、ちょお、サイコーだなぁ……」
「ヴロン、あなた魔王としての威厳ゼロだけどそれでいいの?」
「俺はもう……ここから出ない……」
「引きニート魔王!」
「どちらかというと、ヒモニート魔王では? あ、ミノリ様、わたくしの部屋はどちらを使えば?」
「あなたも居座る気!?」
ぎょっとしながら尋ねると、彼らはそろってにへらと笑った。それにつられて、私も次第に口の端がピクピクしてきて、仕舞いには3人そろって声をたてて笑ってしまう。
あーもうっ、なんだか騒がしい日は続いて行きそうだ。
私は笑いながら、そんなことを思ったのだった。
「でも住むのは許可しないから」
「「え」」
おわり
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