添えられたニンジンはハンバーグの夢を見る
8.27 13時 掲載時に抜けている文章がありましたので加筆いたしました。失礼いたしました。
図書館を後にした二人は、時間も頃合いだということで腹ごしらえをすることにした。比較的幅広いメニューを揃えてる庶民的な店で、テルはラーメンを、レオは三段重ねのハンバーグに舌鼓を打っていた。
「相変わらずよく食べるなーレオくんは」
迫力のあるハンバーグに丁寧にナイフを入れるレオを見ながら感心するテルは、ちびちびと麺を口に運んでいく。
「テルさんこそ、相変わらず麺をすすって食べないんですね」
「僕はなあ!すするのが苦手なだけなんだ!それに食べ方よりもどう味わうかの方が重要なのさ!」
「はあ・・・」
このまま話を続けるとテルの内なる麺奉行が顔を出しそうだったので、レオは苦手な人参を避けながら、そそくさと話題を変えた。
「それよりも次はどうしましょうか。歴史書の失われた約1000年前の記録なんて探す当てなんてあるんですか?」
「断言できるほど自信は無いけどあてならあるよ」
「え!?あるんですか・・・」
レオは驚きを隠せなかった。 泥臭い聞き込み調査をするのだろうと予想していたので明確な答えが得られたそれに少し喜びが滲んでいた。そんなレオを見て、テルは胸を張り勢いよく麺をすすろうとしてせき込んだ。じとりとした視線を受けながら、差し出された水をゆっくりと飲んだ。
「じゃあ話は早いですね。そこから調査すればいいんですから」
「まずは、な。ああでも、訳があって僕は一緒に行けないから!レオくんよろしくー」
やはりなと自分に矛先が向いたレオは大きく息を吐いた。
「で、どこに行けばいいんです?」
「それはもちろん、僕の好敵手ホニャララのとこだよ」
「ホニャ―さんですか」
「真面目な君にとって頭でっかちな彼女と話すことなんて簡単だろう?今僕が行くとまた一週間奉仕作業の刑にされるから頼んだぞー」
「まあ消し炭になって役所内を真っ黒にさせられるよりはましですね」
少年は少し笑みを浮かべながら端に避けていた人参を一気に飲み込んだ。
* * *
その翌日。レオはホニャ―の執務室を訪れていた。閑散としたこの場所に来るのはいつでも身が引き締まる。一息ついてからドアをノックすると、入れとの返答があり、ゆっくりとノブを回した。
「お疲れ様です。ホニャ―さん」
「ああ、お疲れ様、レオ。最近どう?疲れてない?」
「ええ、異界の門も開かれていないですし警備も万全です。休息も取れていますし問題ありません」
「それならよかった。息災で何より。」
目の前の書類から顔を上げ、彼女はふわりと笑んだ。常日頃仕事に追われているらしく、彼女の机は本や紙束が隙間なく積まれている。どこぞの天使とは大違いだなと、彼女の心労を慮った。
「レオから声をかけてくるなんて珍しいね、何か入用かしら?」
「ええ、課題で行き詰っていまして。頼れそうなのがホニャ―さんだけだったのでお尋ねしました。お忙しいとは思うんですが・・・」
「後輩の成長を伸ばしていくのも上に立つ者の責務よ。私でよければ力になるわ」
筆を置き、レオを見るホニャ―。どうやら話を聞いてくれるようだと、努めて自然に疑問を投げかける。
「1000年ほど前に天界と人間界が自由に行き来していた時代があったという文献を拝見しました。この内容が事実かどうか裏付けを取れないかと模索しているのです」
一瞬の間。されどその数秒の沈黙すら、今のレオにとっては緊張を加速するものでしかなった。ふむ、と一息つく彼女。その口から出る言葉を待ちながら、思わず息を止めていた。
「そんなことは初めて聞いたわね。何より我々天界と人間界には様々な壁があり、決して密に交わるべきではないものよ。そう、そんな文献があったとして、都市伝説をもてはやそうとしたのではないかと考えるわ」
ホニャ―は冷静に自らの弁を唱えた。レオはその答えを、なるほどと一旦飲み込むことにした。
「では、おれが見た文献は事実ではないと?」
「ええ、今までどの人からも、どの書物からも見聞きしてこなかった事実だもの。好奇心とは時に底知れない原動力をもつと思わないかしら。その著者や、今ここに訪れている君だって、空に漂う煙を見て火元を探している。そうでしょう?」
暗に思惑を見透かされたように、彼女は対する少年を見つめた。レオは考える。たしかにテルから紹介された文献だけで、彼が立てた推論は泡沫のものにすぎない。今もこうしてその事実の確認を行っているわけではあるが情報源にしては不確かではあるなと今一度考えた。
「火のないところに煙は立たないともいいますけど、たしかに内容が突拍子もないですからね」
「ああ、でも、あくまでも私個人の見解よ」
「ええ、承知してます。おかげ様で新たな知見を得られました。まだ他にお伺いしても?」
「構わないわ」
「ありがとうございます」
そうしてレオはブラフとして用意していたたわいもない質問を時間が許すまで彼女に問うた。
* * *
「という感じでしたね」
時間が少し経って、夕方の図書館の一室。レオは先の件で懐に忍ばせていたレコーダーをテルに差し出した。その記録を確認したテルはなるほどと頷く。
「まず客観的な意見を聞こうかな。レオくんはどう思う?」
「まあ少し論点をずらされた感じはしますね」
「ほうほう。まあなんとも用意していたような返しだなとは思ってしまうな」
先入観もあるだろうがとテルは一応付け加える。手元でペンをくるくると回しながら行儀悪く椅子を揺らす。
「まあここからの切り崩しは難しそうだなー」
「ホニャ―さんがあの感じなら他の者に聞いても無駄足になりそうですね。片っ端から聞いていけば何か零すかもしれませんが・・・」
彼女との会話で湧き出た新たな疑問を隠しながらも、レオはテルを伺う。揺らしていた椅子から飛び起きながらテルはテーブルに手をつく。
「じゃあ、決まりだな!」
なにが、とレオが問う前に、彼が答える。
「こっちが駄目ならあっちだ。人間界に行こう!」