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タヌキと柿の追いかけっこ

 レオはテルとは違い、仕事には真摯に取り組む天使であった。なので、変な手紙が届いたとしても、今日も一日自らの職務をこなしていた。ちょうど今日の仕事を終え、報告書まで完成した時だった。彼はポケットに手を突っ込んで、今朝届いた手紙の存在を思い出した。


「あ」


 思いがけずに声を上げた時、隣にいた少女が首を傾げた。                                                           

「なあにそれは?もしかしてラブレター?」


 少女はレオの同期である、カナリアという少女で、恋バナに目がない年頃の女の子である。


「そんなわけあるか」                                 

「だよねー。レオは顔はいいけどつまんないもん」

「人の弱みを軽々しくつくな」


 にやにやしながら頬をつんつんとからかう少女の手を払い、手紙について考える。突飛なことをするテルのことだ、手紙にも意味が無いようであるのだろうが、その真意はレオには分からなかった。やはりここで考えるよりも本人に直接問いただした方が手っ取り早いと考えた彼は、さっそく渦中の人物を探すことにした。


「報告書がおれが出しとくから」

「あれ?今日はジムに行かないの?」

「急用」


 そういって先ほどの手紙をひらひらとさせる。なるほどねと少女が納得しかけた時、目ざとくもその文字を見てしまったのだ。


「ん?ちょっと待って、それってもしかしてテルさんの」

「違う」

「違うくないよね?わたしがテルさんの字を見間違えるはずが」

「ちがうちがうテルさんじゃない」


 このカナリア少女、以前泳げないのに川にダイブしたところを王子様であるテルに助けられたというのである。それ以来、テルに恋する少女は、テルに対しては無敵だった。

 この状態の少女から逃れるには、本人に登場していただくしかない。そう答えを知っているレオは、少女の後ろにテルの姿を見出した。

 

「あっテルさん!」


 レオは相対する少女越しに、架空のテルに手を振った。「えっ!」とまさかの本人の登場に焦った彼女は先ほどの剣幕は形を潜め、前髪を片手で直し、もう片方でスカートを直しながら振り返る。


「こんにちはテルさん!またおさぼりです、か・・・?」


 もちろんそこにテルはいない。

 急いでレオを振り返る。しかしそこにはレオも、レオがいた痕跡すらなかった。

 拳に力が入る。


「レオーーー!!」


 少女の叫びは、独りぼっちの部屋をこれでもかと響かせた。


* * *

 

 テルを探して何時間か。仕事が終わった時点ではまだ太陽が昇っていたが、すっかり茜色の空となってしまった。

 いつもは役所から四方に伸びるメインストリートを徘徊すればどこかで世間話をしているのだが、探している今日こそその姿が見えない。

 今度こそ何かあったのだろうかと心配が芽生えてくる。ただでは消えない人だろうと思うが何があるかわからないこの世の中。頭をぐるぐるさせながら、当てもなくたどり着いた街はずれの森林公園。本来は子供用の遊具に、ゆらゆらと揺れる探し人の姿を見た。


「テルさん、こんな辺鄙なところにいたんですか?どうりで大通りを探してもいないわけだ」


 ようやく見つけた喜びからか、声が少々上ずってしまうのが少し恥ずかしい。対するテルも、ようやく現れた後輩に嬉しさを隠さなかった。 


「はっはっはっ、よくぞ来てくれたなワトソン君」

「はあ何言ってんですか、おれの名前はレオですよ。ホニャさんに叩かれすぎてボケたんですか?」

「情緒もジョークも通じないやつだなあ。世界一有名な助手を知らんのか」

「ああ、また人類オタクのやつか」

「冷めんなよー。これから面白いことするんだからー」

「どういうこと・・・ああ、この手紙と関係あるんですか?」


 しわのよった手紙をポケットから差し出す。二人の思惑と目的が重なりあった。


「それはそうとも。よくその手紙の謎を解いて僕にたどり着いてくれたね」

「え、謎とかありました?」

「えっ肩たたき券届いたよね?タヌキがいたよね?」

「はあ」

「『かたたたきのき券』!たを抜くと!かきのきけん!この公園の名前だよ!」

「ああ、たしかに。というか、辿り着くもなにも、普通に差出人にテルさんの名前があったじゃないですか」

「それは、おま、差出人書かないと郵便は送れないだろー!」

「新聞配達員が届けたこの手紙が?郵便?」

「うっおい筋肉ムキムキなのに頭の回転も速いのはチート・・・はっ、いやまて、これこそ僕が求めていた」

「一人で納得する前に、おれに説明してくださいよ・・・」


 これ以上脱線するのも良くないだろうと考えたテルは簡潔にこれまでの経緯を離した。人間界で流行っている本の事、その中の神様の素晴らしさ、人間と異世界との寛容な交流。それを実際に自分たちの世界へ作れば、もっと生きやすい世界になるだろうと。


「というわけなんだな」

「なるほど、いつも以上にテルさんが生き生きしているのはわかりました」

「本当にわかってくれたんかよぉ」

「テルさんだけでは成しえないこともわかってます」

「否定したいこともあるけど、事実だからまあ一旦目を瞑るよレオくん」


 レオは想像する。先ほどテルが述べた理想を。それが叶った天界を。


「たしかに、それが実現すれば、今の天界にはない良さはありますね」

「うむ」


 最初は好感触だなとテルは大きく頷く。その横で静かに目を開き、レオはテルに向き合った。


「でも、それって今までの風習を捨ててまで作るべきものなんでしょうか」


 問いではなかった。違うだろうとテルに言い聞かせるような言葉だった。

 対するテルも、この後輩のことを知らないわけではないので、想定していたその言葉を静かに受け止めていた。


「人間の意志を尊重して、転生先も選んで、今の天界が良くなるんですか?ただ人間のわがままを叶えるだけでは決して良くはなりません。それになにより異世界との関わりなんて天界でもそうそうお目にかかれませんよね?」

「まあまあ、そうせかすなよ」


 からからと笑ってひとまず後輩をなだめる。ゆらゆらと揺らしていたブランコを飛び降り、公園の入り口を一瞥する。


「明日休みだろう?ちょっと付き合ってくれよ」


 返事を聞かずに歩き出すテルに、先ほどの理想は夢想で終わらせる気ではないのだと悟ったレオは、自ずとその後を追っていった。


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