その6 袋小路
俺達は今日何度目かになる緑の小鬼――ゴブリン達の襲撃を受けていた。
「ベント、気を付けろ! ファイヤーアローの魔法だ!」
「ちっ! しゃらくせえ!」
赤毛の少年ベントは強引に身をよじると、自分を狙っていた杖持ちゴブリンを切り払った。
残念ながら彼の攻撃はゴブリンには届かなかったが、慌てたゴブリンは狙いを外し、ファイヤーアローはベントの右にいたゴブリンに同士討ちとなった。
「ギャアアアッ!」
「ツイてなかったな」
俺は誤爆を食らって倒れたゴブリンの腹を突き刺した。
チラリとベントの方を見ると、彼は杖持ちゴブリンとの距離を詰め、肩口にバスタードソードを叩き込んでいた。
闘争心の塊のようなような少年だ。魔法を使う相手に対して、迷いなく距離を詰めるとは。
カウンターでファイヤーアローが飛んで来るとは思わなかったんだろうか?
慎重な俺には無い、思いきりの良さを彼は持っている。
「ベント! 無理するな!」
「なんてことはねえ! コイツで終わりだ!」
チーム・銀の弓矢のリーダーは、どっちかと言うと俺と同じく慎重派のようだ。
ベントはバスタードソードを振り回すと、横殴りの攻撃を杖持ちゴブリンに叩きつけた。
剣はゴブリンの体を半ばまで切り裂き、その体を大きく吹き飛ばした。
ゴブリンは赤茶けた大地に転がり、黄色い血と内臓をぶちまけた。
チームリーダーのオルトは、勇猛果敢なチームメンバーを気にしながらも、最後に残ったゴブリンにキッチリ止めを刺している。
ベントのような派手さは無いが、無駄のない堅実な剣捌きだ。俺のような剣術の素人の目から見ても、かなりの使い手である事が分かる。
なる程良いチームバランスだ。
恐れを知らない切り込み隊長に、堅実な動きで彼をフォローするチームリーダー。そして一歩離れた所から二人をサポートする遊撃手。
リーダーの妹は戦闘に加わっていないが、彼女は戦闘以外の場所でチームを支えているのだろう。
目立たないが、そういったサポート役に徹した人間も大切だ。
俺は視線を感じて振り返った。
赤毛の少年ベントが、探るような目でジッと俺を見ている。
一体なんだ?
「なあハルト。お前、本当に階位10なのか?」
「よせ、ベント!」
リーダーの制止の声にベントは従わなかった。
「けどよ、さっきの戦いだって、コイツは全然大した事なかったじゃねえか。明らかに狙われているのに気付かずに全然別の所を見ているし、何度もやられるんじゃないかと思ったぜ? 剣だってミスリル製とはいえ細身の剣だし。階位10の筋力があれば、俺の大剣だって軽々と振り回せるはずなのによ」
どうやらベントは俺の戦い方に不満があるようだ。
俺が噂に聞くような階位10なら、自分では到底手も足も出ないような圧倒的な戦いをしないとおかしい。そう言いたいようだ。
俺としては、別に誰にどう思われようがどうでもいい。そもそもチーム・銀の弓矢とは依頼を終えるまでの即席チームだし、依頼が終われば、おそらく今後二度と彼らと関わる事は無いからだ。
しかし今、俺達は異常な事態に巻き込まれている。
不信感を残したままにしておくのは、あまり得策ではないだろう。
「目に関してはどうしようもないな。俺はほとんど目が見えないんだ。耳も悪くて片方だけしか、それも小さくしか聞こえない。だが敵がどこにいるかくらいは分かっているから信用してくれ」
「はあっ? それでどうやって信用しろって言うんだよ!」
俺の説明に、ベントはいきり立った。
まあ、我ながら今の説明には無理があるか。とはいえ実際に分かるんだから仕方がない。
正確には目で見ているのではなく、大気中のマナの動きを感じているのだが、魔法を使えない人間にこれを言っても理解してもらえないのは、ティルシア達で経験済みである。
ちなみに、階位が上がって身体能力が強化されても、視力や聴覚はほぼ変わらない。目を凝らせば月のクレーターまで見えるようになったり、1km先で針が落ちた音が聞こえるようになったりはしないのだ。
せいぜい体の動きに合わせて動体視力なんかが向上するくらいである。
チームリーダーのオルトが、慌てて俺達の間に割って入った。
「よせ、ベント。ハルトが階位10なのは【識別】のスクロールで証明されているそうだ」
「だがよ、リーダー。アンタの目にはコイツが階位10に見えるのか?」
「そ、それは・・・」
言いよどむオルト。俺は彼の肩に手を乗せた。
「俺は邪神との戦いで負傷して、かつての力を失っている。だからベントの言うように、本来の階位に見合った戦いが出来ないのは事実だ。なにせこうして生きているだけでも奇跡みたいなものなんだからな」
「ほら見ろ! 本人だってこう言ってるじゃねえか! コイツの階位10はハッタリなんだよ! 噓っぱちなんだよ!」
ここで無口な帽子の少年ブラウニーが横から口を挟んだ。
「あるいはハルトは前代未聞の大噓つきで、この国の人間は全員ハルトに騙されている――とか」
どうもさっきから少年二人の言葉には棘がある気がする。
ギスギスとしたイヤな空気が俺達の間に立ち込めている。
こんな時、弁が立たない自分がイヤになってくる。
俺は誤解を解こうとしているだけなのに、どうしてこうなった。
原因は分かっている。
みんな先の見えない不安と、蓄積した疲労で気が立っているのだ。
真昼の太陽は今も大地を照らし続けている。
しかし、俺達の体感では、とっくに夜になっていないとおかしい時間のはずなのである。
太陽は空の頂点からピクリとも傾いていなかった。
俺達はもう半日以上も、この動かない太陽の下、何度も何度も同じ場所をグルグルと移動し続けていた。
ゴブリンの襲撃も、通算で何度目になるのだろうか?
三回? 四回? さすがに十回には達していないはずだ。
俺達は現状を打破するため、街道を行ったり戻ったりと色々な方法を試みていた。
俺がこの場に残って馬車を見送った事もある。
その時はいつの間にかモヤの中に馬車の姿は消え、気が付くと反対側から現れていた。
どうも、ある一定以上の距離、街道を行くと、いつの間にか反対側に飛ばされるようである。
これが何かの仕掛けによるものなのか、このモヤのせいかなのは分からない。
馬の疲労が無視できなくなって来たので、俺達はここでキャンプをする事にした。
体感時間ではそろそろ夜。一日の日程が終わる時間のはずだ。
一日は終わらなくても疲労は溜まる。腹も減れば喉も乾く。
中でも水の残量が心細くなっているのは深刻だ。
街道を行く俺達は、半日程の水しか持ち歩いていない。夜は町や村に泊るため、水の心配はいらないためだ。
こうして休みについた俺達だが、今度はゴブリン共の襲撃に悩まされる事になる。
ヤツらは不定期に突然、地面の中から現れる。その数は決まって十匹前後。
自然に集まった数にしては揃い過ぎている。何者かの意図がそこには感じられた。
疲労に睡眠不足、先の見えない不安に、いつまでもギラギラと照り付ける太陽。そこに敵の襲撃が重なって、俺達の精神はゴリゴリと削られていった。
階位が高くなったからといって、その分、精神が鍛えられるというわけではない。
俺達は限界が近かった。
「だから、街道を外れて移動するんだよ! いつまでも同じ場所をグルグル回っていたって仕方がねえだろう!」
「あのポンコツ馬車で、荒野を行くのか? 岩を踏んで車軸が折れるのがオチだ」
「だったら馬車は置いて歩いていけばいい」
「馬車の中の薬はどうする。それにもし、ゴブリンの襲撃で馬がやられたら?」
いつの間にか赤毛の少年ベントと帽子の少年ブラウニーが言い争いを始めていた。
リーダーのオルトは諦め顔で二人を好きにさせている。
どこかでガス抜きは必要と考えたのだろう。しばらく放置しておくつもりのようだ。
俺に絡んで来ないならそれでいいか。勝手にやっていてくれ。
とはいえ、ベントの意見にも一理ある。
いつまでも太陽は沈まないし、モヤも晴れる気配がない。
どこかで見切りを付けて、この異常現象の原因の調査を始めるべきだろう。
ただし、ここにいるのは戦える者達だけじゃない。護衛対象のドルトル爺さんと、その助手の看護師のヘルザ。リーダーの妹ソフィアもいるか。
三人を置いて行く訳には行かない以上、全員で纏まって行動する必要があるだろう。
問題は、治療薬を積んだ馬車だが・・・。
こちらはいざとなれば、放棄していくしかないだろう。
薬を捨ててしまっては砦の病人が助からないかもしれないが、どのみち俺達がここで野垂れ死ねば、彼らの下に薬は届かない。
ならば悪いが、俺達の命を優先させてもらうしかない。
俺は視線を感じて振り返った。
いつの間にかドルトルの爺さんが近くに立っていた。
「さっきの話が耳に入っての。Sランク冒険者とは聞いておったが、アンタが噂の階位10だったのか。人類初の階位10なら、なる程、ランクがSなのも納得じゃわい」
「――さっきの話を聞いていたのなら、今の俺の体はボロボロで、昔の力はもうないというのも知っているだろう?」
「ほう。そうじゃったかの」
爺さんは欠伸を嚙み殺すと、チラリとチーム・銀の弓矢のリーダーを見た。
「お前さん、あっちの男の階位を知っとるかな?」
オルトの階位? 戦っているのを見た感じだと、6か7か。
「正解じゃ。階位6とか言っておった。あっちの小僧共は階位5じゃと」
階位5か。意外と高いな。まだ冒険者としても駆け出しの子供なのに大したものだ。
階位5がどれほどのものかは、俺がチームメンバーのティルシアと出会った時、彼女の階位が5だったと説明すれば分かってもらえるだろうか?
傭兵をやっていたティルシアですら階位5だったのだ。ベント達の階位の異常さが分かるというものである。
しかしこれで二人がやけに鼻っ柱が強いのも納得がいった。
あの若さでこれだけの力を手に入れたのだ。自分の力に己惚れるのも分かるというものだ。
ちなみに、かつて階位5だったティルシアは、今では階位8に上がっている。
あいつはどこまで突き進むつもりなんだろうな。
「邪神の騒ぎがあって以来、ダンジョンの外にも物騒な怪物がうろつくようになった。そのせいで今ではあんなハナタレ小僧ですら、それだけの階位に上がっておる。少し前までなら、階位5といえば騎士団の班長クラスにしかおらんかったのにな。これから世界はどうなってしまうんじゃろうなあ」
「・・・なあ、爺さん。あんたさっきから何が言いたいんだ?」
何かを言いたいのは分かるが、爺さんの話はどうにも回りくどくていけない。
俺もそろそろ仮眠を取りたい。出来れば要点だけを手短に言って欲しい。
爺さんは「やれやれ、気が短いヤツじゃ」とかぶりを振ると、俺に向き直った。
「ワシはこれでも医者じゃからな。お前さんの体がガタガタなのは、見ているだけでもよう分かる。しかし、だとすれば不思議なんじゃ。お前さん、あっちの階位6よりも遥かに強いじゃろ?
階位というのは、年を取ったり、ケガで体が衰えれば自然と下がる。死ぬほどの大ケガなら、当然階位の下げ幅も、それに応じて大きな物となる
それなのにお前さんの力は、あの階位6を上回っておる。
なあ。お前さんの階位は今、いくつなんじゃ? もしも今でも階位の上限を保っているというのであれば、階位の上限というのは、もしや世間で常識とされているように10ではなく、更に上――」
俺は爺さんの言葉を最後まで聞いてはいなかった。
いつの間にかベント達も口論を止めて、荒野の一点を睨み付けている。
ピンと張り詰めた空気の中、白いモヤがフワリと揺れた。
モヤを越えて黒い影が一、二、三、四体。
シルエットは人間だ。しかし、人間にしてはこの気配は異常だ。
四体の影は重苦しいプレッシャーを伴いながら、俺達の方へと歩いて来た。
次回「四人の来訪者」