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その5 堂々巡り

 俺はため息をつき、剣を鞘に納めると、帽子の少年ブラウニーへと向き直った。


「その杖は冒険者ギルドに言って買い取って貰おう。埋め込まれた金属片の正体が何であれ、向こうで勝手に調べてくれるさ」

「――確かに。俺達が売るよりも、Sランク冒険者のハルトが売った方が足元を見られずに済むかもな」


 少年は俺に杖を返した。

 しかし、俺はギルドに売るつもりはさらさら無かった。

 というよりも、コイツは迂闊に外に出していいものじゃない。

 俺はこの金属の正体も、何の狙いで杖の先に埋め込まれているのかも大体予想が付いていた。


(全く、厄介な物を。コイツはマルティンに要相談だな)


 チーム・銀の弓矢のメンバーは気付かなかったようだが、先程、杖持ちゴブリンはスクロールを使用せずに魔法を使った。

 例え低位の火の魔法とはいえ、これは驚異的な事だ。

 俺はゴブリンの杖が――正確には、ゴブリンの杖に埋め込まれた金属片による仕業だと考えていた。


「ほら、爺さん。もう十分調べただろ? 血の匂いが肉食獣を引き付ける前に移動するぞ」

「なあ、この死体。この死体だけでも持って行けんか? ゆっくり研究したいんじゃが」


 ドルトルの爺さんは、おもちゃをねだる子供のような目で俺を見上げた。

 俺達に馬車の中で死体と一緒に過ごせって? 冗談じゃない。

 騒音と振動だけでも十分に劣悪な環境なのに、腐っていく死体の匂いまで加わるなんて御免だ。


「諦めろ。あんたはこれから砦に薬を届けて、病人を治療しなきゃいけないんだろ? UMA(未確認生物)の調査をしている時間は無いと思うぞ」

「ゆーま? 何を言ってるんじゃ? さっきコイツはゴブリンだと言っておっただろうに」


 俺は小さく手を振った。


「・・・いや。今のは忘れてくれ。ホラ、もう行くぞ」


 俺はゴブリンの死体を掴むと道の外に放り投げた。

 ゴブリンの死体は腹から内臓をまき散らしながら、茂みの中に落ちた。


「ああっ! くそっ! このクソッタレの最低のゴロツキめ! 空っぽ頭に蜘蛛の巣が張ったろくでなしが! あの死体にどれほどの価値があるか分からんのか! マジうざい! 超うざい! 飯を食ってクソを垂れるだけの能無しのクソ虫が!」


 地団太を踏んで罵詈雑言を垂れ流す爺さんに、チーム・銀の弓矢のメンバーがドン引きしている。


「・・・えらく口の悪い爺さんだぜ」

「ベントも大概だけどね。でも爺さんの方が酷いかな」

「ソフィアは真似をしないように」

「そんな事しません」


 そこまで言う程の事か? 俺もここまでの悪態は久しぶりに聞いたが、孤児院にいた頃は、大抵みんなこんな感じだったが?

 なにせ孤児院の管理者のベル婆さんからして、えらく口が悪かったからな。

 俺は15歳で孤児院を出るまで、この世界では汚い言葉を使うのが当たり前だと勘違いしていたくらいだ。


「ほら、いいから行くぞ。いつまでこんな血生臭い所にいるつもりだ」

「はんっ! 血や死体なんぞ、医者をやっていれば毎日顔を合わせとるわい!」

「いや、死体が毎日って、それって医者としてどうなんだよ」「とんだ藪医者だな」


 口の減らない爺さんに、少年達の素直なツッコミが突き刺さる。

 爺さんは少年達をジロリと睨むと、ドスドスと足を踏み鳴らしながら馬車の方へと歩いて行った。

 チーム・銀の弓矢のリーダー、オルトは、そんな爺さんの背中を呆れ顔で見送った。


「やれやれ。研究熱心なのはいいが、時と場所を選んで欲しいものだ」

「ふふふ。ごめんなさい。それと、先生の言葉が悪いのは、ウチの患者さんにああいう言葉遣いをする人達が多いからで、あの人に悪気はないのよ」


 爺さんの助手、看護師のヘルザがオルトに謝った。

 それはいいが、少しオルトとの距離感が近くはないか?

 今までのどこか愛想の無い態度からはちょっと違和感があるんだが。

 さっきの戦いで、オルトは剣を振って前線で戦い、盾を構えて仲間を守り、声を出して仲間に指示をだしたりと、大活躍だった。

 そんな彼を見てヘルザは頼もしく感じたのかもしれない。

 二人は歳も近いし、年齢的な意味でも親近感を抱いたのかもな。

 オルトは真面目なのか、朴念仁なのか、ヘルザから向けられる好意に気が付いていない様子だ。

 短く「そうですか」と答えると、妹と共に仲間の方へと向かった。


 こうしてゴブリンとの戦闘は終わった。

 ドルトルの爺さんじゃないが、俺としても、もう少しこの場所を調べて行きたかった。


 ひょっとしたら、俺はいきなり当たり(・・・)を引いたのかもしれない。


 ゴブリン共は異界神の使徒で、彼らはこの場所に【門】を作ろうとしていたのではないだろうか?

 だとすれば、詳しく周囲を調べれば何かしらの痕跡を発見出来るだろう。

 あるはずの村が消滅しているのも、何か関係があるかもしれない。


 しかし、依頼を――それも人命のかかった依頼を受けている以上、ここで勝手を言う訳にもいかない。


(可能な限り早く戻って来るしかないか)


 そのためには、早く砦に到着しないとな。

 

 だが、この時の俺は勘違いしていた。

 事態は全く終わっていなかった。むしろ始まったばかりだったのである。




 ガタン


 戦いの跡地を離れ、街道を南に進みだしてからほんの十分程。再び馬車は止まった。

 俺達は荷台の中で、怪訝な表情を見合わせた。

 休憩にしては早過ぎはしないだろうか?


「爺さん、どうした?!」


 オルトの声に答えたのは、看護師のヘルザだった。


「それがおかしいの。馬車が進んでいないのよ」


 馬車が進んでいない? どういう意味だ?

 幌が邪魔して外の景色は見えないが、ちゃんと馬車が進んでいる感覚はあったし、相変わらず車輪は不快な振動を伝えていた。

 俺達は馬車を降りると周囲を見回した。

 代わり映えのしない景色だ。確かにこれでは、進んでいないと錯覚しそうになりそうだ。


「あれ! あの岩を見て!」


 リーダーの妹ソフィアが街道の先を指差した。

 そこに見えるのは、特徴的な二段になった岩――


「まさか、さっき俺が登った岩か?! 馬鹿な?!」

「みんな、あそこを見ろ! 鳥がたかっているあの場所! あれって俺達が殺したゴブリンの死体じゃないか?!」


 帽子の少年ブラウニーが指差す先には、死体にたかる鳥の群れがあった。

 死体は早くもバラバラにされつつあるが、ここから見える範囲でも緑色の肌の死体である事が分かる。


「てことは・・・あった! さっき俺が道端に捨てた腐った盾だ! ここの所に俺がバスタードソードで切りつけた跡がある! さっきゴブリンが持っていた盾に違いないぜ!」


 赤毛の少年ベントが掲げる木の盾には、大きく切りつけられた跡があった。

 毛羽立った切り口からまだ新しい傷だと分かる。さっきの戦いで付いた傷というのは間違いないだろう。


 一体何が起きている?


 いや、何が起きたかはハッキリしている。

 俺達の馬車は街道を進んでいたはずなのに、グルリと回って元の場所に戻って来たのだ。


「馬鹿言え! んな事があるはずねえだろ! 爺さん、あんたが俺達を騙しているんじゃねえか?! さっきハルトにゴブリンの死体を捨てられただろ! その意趣返しに、嫌がらせをしたんじゃねえか?!」

「ワシが?! ワシがそんな事するわけあるか! ちゃんと真っ直ぐ馬車を走らせていたわい!」


 ベントの言いがかりに、顔を真っ赤にして反論するドルトル爺さん。

 看護師のヘルザが二人の間に割って入った。


「先生は確かに真っ直ぐに馬車を走らせていたわ。街道も真っ直ぐで、途中に枝道や分岐もなかった」

「だったらおかしいじゃねえか! 何で元の場所に戻ってんだよ?!」

「ベント、もうよせ」


 今度はヘルザに食って掛かる少年を、チームリーダーのオルトが止めた。

 オルトは爺さんに向き直った。


「ドルトル先生。ここからは俺達に御者を代わって貰う。構わないな?」

「――ふん。お前もワシを疑うのか。好きにせい」


 爺さんは御者台から降りると、ブツブツ文句を呟きながら荷台に移った。

 オルトは爺さんを見送ると、俺に声をかけた。


「どうするハルト。あんたが御者をやるなら、うちからはソフィアと俺が御者台に乗るが?」


 御者台の上は三人も並んで座ればいっぱいになってしまう。

 俺は小さく肩をすくめた。


「そちらに任すよ。俺は荷台でいい」


 任すも何も、俺は馬車の運転なんてしたことがない。

 なにせ、中坊の時にこっちの世界に来てしまって以来、ずっとダンジョンのあるスタウヴェンの町で過ごして来たのだ。

 馬車自体、一年ほど前まで一度も乗った事が無かった。そんな俺が馬車の運転なんて出来るはずがないだろう。


「そうか。なら俺が御者をする。ソフィア、ブラウニー。一緒に御者台に乗れ」

「分かった」「はい」


 一人だけ除け者になったベントが、少し不満げな表情を見せたが、リーダーの指示に逆らう事は無かった。

 御者のオルトと斥候のブラウニーはともかく、もう一人はこの赤毛の少年だと思っていた。

 俺はその事を少しだけ意外に感じたが、ほんのわずかな違和感だったため、特に疑問に思う程でも無かった。


「ヘルザさんも荷台に」

「ええ。分かったわ」


 看護師のヘルザはオルトの差し出す手を取って御者台を降りた。

 その際にオルトに含みのある笑みを送っていたが、オルトは全く気が付いていない様子だった。


「では出発しよう。ハルトとベントは一応後ろに気を付けておいてくれ」

「ああ」「分かった」


 オルトが馬に鞭を入れると、馬車はゴトゴトと音を立てて進み始めた。


 そして十分後。


 俺達はまた同じ場所で馬車を降りる事になるのだった。

次回「袋小路」

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんか石兵八陣みたいなことになっとるな…これは岩が怪しいw
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