その4 Cランクチームの力
俺達の前に現れた小集団。
彼らの姿は、ゲームや小説でお馴染みのザコモンスター、ゴブリンそのものであった。
俺はチラリとヤツらを切った細身の剣を見た。
剣には黄色い血がこびりついている。
この世界でも動物の血は赤い。
つまりヤツらはこの世界の生き物ではない。
世界の壁を越えた別の世界――異界からやって来た存在、【異界神の使徒】に違いない。
原初の神フォスからもたらされた情報によると、異界神は自分の使徒を使って、こちらの世界に【門】を作ろうとしているそうだ。
門が完成すれば、そこを通って異界神の本体がこの世界にやって来る。
神に対抗出来るのは神だけ。
そして現在、この世界に神はいない。異界の神に対抗出来る存在はいないのだ。
異界神の目的は不明だが、どうせロクでもないのは分かっている。
神は情報の集合体であり、究極的には宇宙そのものでもある。
神は本来、俺達、小さな生き物の事など何とも思っていない。
人間が地面を這いまわる虫を歯牙にもかけないように、巨大な大海が人間を歯牙にもかけないように、巨大な太陽が惑星を歯牙にもかけないように。神という宇宙は俺達という極小の存在を歯牙にもかけない。
神と俺達とでは、存在から価値観から何もかもが全く異なっているのだ。
そんな神に慈悲を期待する方が間違っている。
ましてや異界神にとって、この宇宙は他人の宇宙だ。大切に愛でるわけがない。
面白半分にズタズタに引き裂かれるのがオチだ。
俺の目的は異界神の使徒を倒し、使徒が作ろうとしている、異界に通じる門を破壊する事。
このゴブリン共が使徒というのなら、どこかにコイツらが作ろうとしている門があるはずだ。
いや。あるいはコイツらは出来かけの門を使ってここに現れたのかもしれない。何も無い荒野に突然ゴブリンが現れた理由もそれなら説明が付く。
だが、門はどこにある? まさか人間の目には見えないのか? だとすれば厄介極まりないのだが・・・。
チーム・銀の弓矢の赤毛の少年ベントが叫んだ。
「みんな気を付けろ! コイツらは突然地面から現れた! 他にも土の中に潜んでいるかもしれない!」
ベントの言葉に俺は慌てて地面を見た。
地面には何箇所か穴が開いている。どうやらゴブリン共はトンネルを掘ってこの場所に現れたようだ。
どうりでさっき岩の上から見た時に、コイツらを見付けられなかった訳だ。
門はここにはないのか。
俺は拍子抜けしたような、ガッカリしたような、何とも言えない脱力感を感じていた。
「ハルト、コイツらは?!」
おっと、チーム・銀の弓矢のリーダー、オルトが俺に呼びかけていた。
「コイツらはゴブリンだ。亜人ではなく、どちらかと言えばモンスターに近い。馬車が襲われないように始末してしまおう」
「分かった。ベントは俺と前衛を。ブラウニーはスリングで俺達の援護。ソフィアは――」
「ソフィアは後ろで爺さん達を守ってろ! こんなヤツら俺達だけで十分だぜ!」
「よせ、ベント! 先走るな!」
赤毛の少年ベントは巨大な剣、バスタードソードを振りかぶるとゴブリンの群れに突撃した。
さっきは俺の前でうろたえた姿を見せてしまったので、恥をすすぎたかったのかもしれない。
なんて無茶な――と、思った瞬間、少年の剣はゴブリンの体を弾き飛ばしていた。
予想外の光景に、俺は彼の援護に入るのを忘れてしまった。
驚くべき膂力だ。ベントの階位はいくつなんだ?
驚いていたのは俺だけだった。リーダーのオルトはベントの勝手な行動に苦い顔をしながらも、少年の死角を潰すように動いている。
彼の装備はこの世界で一般的な片手剣スタイルだ。利き手にグラディウスと呼ばれる短めの剣を持ち、逆の手には取り回しの良いラウンドシールドを装備している。
俺のチームメンバーのティルシアも、これと同じを武器を得意としている。
どちらかと言えば、集団戦や乱戦に向いた戦闘スタイルだ。
彼もティルシアのように傭兵団か、あるいはどこかの騎士団に所属していたのだろう。
「ギャアアア!」
「ナイス! ブラウニー!」
「出過ぎだベント! 下がれ!」
背後からベントを狙ったゴブリンを、遊撃手のブラウニーのスリングショットが捉えた。
放たれた礫はゴブリンの腕に命中。ゴブリンの腕は明後日の方向に折れ曲がっている。
どうやらベントだけではなく、このブラウニーという少年もかなりの高階位のようだ。
腕を折られて武器を落としたゴブリンを、リーダーのオルトが素早く刺し殺した。
今まで他の冒険者と組む機会が無かった俺は、Cランクのチームというものがどれほどの戦闘力を持つのかピンと来ていなかった。
流石は冒険者ギルドが名指しで特別依頼を出すだけはある、という事か。
リーダーのオルトだけではなく、少年二人も相当な高階位らしい。
ちなみに俺達チーム・ローグは、冒険者ギルドで最高のランクとなるAランクである。
とはいえ、俺達の場合はマルティンが勝手に決めたランクなんだが。
まあ、俺はチームランクの査定方法なんて知らないし、Sランク冒険者の俺がリーダーなのに、チームのランクがEとかFだと様にならないから、仕方がないと言えば仕方がないだろう。
こうして十匹ほどのゴブリンは、あっという間に殲滅された。
警戒していた増援は無いようだ。
危なくなったら助けに入るつもりでいた俺は、すっかり出遅れてしまった。
一匹こちらに襲い掛かって来たヤツがいたので、そいつを倒してどうにか面目を保ったが、危うくチーム・銀の弓矢に全て任せてしまう所だった。
周囲はゴブリン共の死体でムッとくる匂いに包まれている。
俺達は念のため、倒れている死体に止めを刺して回った。
「ん? これはゴブリンの持っていた杖か・・・」
最初に俺が切りつけた杖持ちゴブリンは、いつの間にか出血多量で死んでいたようだ。
俺はゴブリンの杖を拾った。
40~50センチ程の長さの、粗末な作りの木の杖だ。唯一の特徴として、杖の頭に薄い金属の板が埋め込まれている。
金属片の表面のこの模様。まさかこの金属は――
「おい、ハルト! てめえ、俺達に止めを刺させて、自分はサボってんじゃねえよ!」
俺の考えは赤毛の少年ベントの声で遮られた。
「ん? ああ、悪い」
「よせ、ベント。今の言い方は失礼だぞ」
「けどリーダー! アイツ、戦いの時も後ろにいるだけで何もしていなかったんだぜ!」
リーダーのオルトが窘めるが、ベントは益々いきり立った。
確かにさっきの戦いで俺はあまり役に立っていなかったが、彼らだけでも十分に余裕をもって戦える相手だった。
余所者の俺が入り込んで連携を乱すのも悪いと思ったのだが・・・。
「ベント、何があったの?」
リーダーの妹、ソフィアが声をかけた。
いつの間にか馬車と一緒に近くまで来ていたようだ。
ベントは少しバツが悪そうに、「ソフィアが気にするようなことじゃねえよ」と誤魔化した。
医者のドルトル爺さんと、爺さんの所の看護師のヘルザは、見慣れない生き物の死体に目を丸くして驚いている。
「これは――。黄色い血が流れている亜人など初めて見たぞい」
「緑色の肌。遠目からは何かを肌に塗っているのかと思っていたけど、まさか地肌の色だったなんて」
爺さんは馬車から飛び降りると、ズボンがゴブリンの血で汚れるのも構わず、地面に膝をついてあちこち調べ回った。
「おうおう、これは興味深い――。おい、この死体を切ったのは誰だ?」
爺さんは最初に俺が切った杖持ちゴブリンの死体のそばにしゃがみ込んでいた。
「俺だ」
「お前さんか。流石はSランク冒険者といった所じゃな。他の死体に比べて切り口が鋭いの。――よっと。おい、ここをここからここまで、横に切ってくれんか」
爺さんは死体を背後から抱え起こすと、ゴブリンのみぞおちの辺りを指で指し示した。
ていうか、よくこんな臭いヤツらの死体に抱き付けるもんだ。医者は鼻が利かないのか?
「ホレ、急がんか! 重くてかなわん!」
「・・・分かったよ」
俺は渋々、雑用の幅広ナイフを取り出すと、爺さんの言っていた箇所に刃を突き立てた。
「コラ! そんなに乱暴に刺すヤツがあるか! 内臓を傷付けんようにやるんじゃ!」
いや、知らんし。そうならそうと最初から言っておいて欲しいんだが。
俺が爺さんの指示で、ゴブリンの腑分けに付き合わされている間に、他の死体の処理が終わったようだ。
と言っても、街道から離れた場所に放り捨てるだけなんだが。
あまり人通りの無い街道とはいえ、街道の上に死体を放置しておくわけにはいかない。
通行の迷惑だし、死体を狙う獣が旅人を襲うかもしれないからだ。
「どれも大した武器じゃないな。盾は木が腐っているし、マシなのはこのメイスくらいか」
帽子の少年ブラウニーは、ゴブリンの武器を物色している。
どうやらチーム・銀の弓矢では、彼は直接戦闘以外の斥候や遊撃を担当しているようだ。
とはいえ、さっきのスリングの威力は大したものだった。普通に階位も高いのではないだろうか?
そんな事を考えていると、少年と目が合った。
「なあ。そっちの杖も見せて欲しいんだが」
「――いいだろう。ほら」
俺はゴブリンの杖を少年に手渡した。
ブラウニー少年はためつすがめつ杖を眺めていたが、埋め込まれた金属板を不思議そうに眺めた。
「これは鋼鉄じゃないぞ。俺の知らない金属か? 錫でも銀でもない」
ブラウニー少年の言葉に、赤毛の少年ベントが飛びついた。
「それってまさかミスリルか?!」
ミスリルは希少金属だ。普通の鉱山からは出土しない。
手に入る場所はダンジョンだけ。
ダンジョンの奥で極まれに、アーティファクトとして完成品のミスリルの装備が発見されるのだ。
お宝の予感に興奮するベント。しかし、ブラウニーはかぶりを振った。
「違う。ミスリルはもっと白いし輝きが違う。(※ここでブラウニーは俺の方を見た)ベントに見せてもらっていい?」
まあ、別に隠すようなものでもない。――当然、見せびらかすつもりもないが。
俺は黙って腰の細身の剣を抜いた。
ミスリルの刀身が白く陽光を反射した。
「あれがミスリルの輝き。この杖の金属とは全然違う」
「なっ! あれってミスリルの剣だったのかよ! テメエ、何で黙ってやがったんだ!」
驚くと同時に何故かキレるベント。
お前は俺に初対面の相手に武器の自慢をしろと言うのか? 普通にイヤなんだが。
ちなみに俺の使う武器として、この細身の剣をチョイスしたのはティルシアだ。
Sランク冒険者なんだから、それに相応しい武器を持っていないと周囲に舐められる、とか言っていた。
まあ結局、こうして少年に絡まれているわけなんだが。
次回「堂々巡り」