その3 小鬼
ガタン。
唐突に馬車が止まった。
さっきまで馬車の音で話も出来ない状態から、突然シンと静まり返ると違和感が凄い。
遠くの鳥の鳴き声まで聞こえて来る。
「ドルトル先生、何があった?」
チーム・銀の弓矢のリーダー、オルトが御者をしているドルトル爺さんに声をかけた。
爺さんは隣に座った看護師のヘルザと何か言い争いをしていたようだが、やがて馬車の幌を跳ね上げてこちらに顔を突き出した。
「スマン。どうやら道に迷ってしまったようじゃ」
「「「「「はあ?」」」」」
俺達は呆れ顔で爺さんを見つめた。
馬車の外に出て気が付いたが、いつの間にか周囲にはガスが出ていた。
伸ばした手の先が見えない、という程酷くはないが、遠くの山が霞んで見えなくなる程度には視界を遮っている。
とはいえ――
「とはいえ、迷うような道じゃないだろう」
チーム・銀の弓矢のメンバー、目深に帽子をかぶった少年、ブラウニーが怪訝な表情を浮かべた。
この少年の言う通りだ。ガスの多寡は別として、そもそも街道は一本道だ。
迷おうと思っても迷えるものではない。
赤毛の短気な少年、ベントが爺さんに文句を付けた。
「爺さんの勘違いなんじゃねえか?」
「何を言う! ワシは五年前もこの道を通ってバラハ砦まで行ったんじゃ! この先には絶対に村があった! 間違いない!」
この国では、小さな村程度なら、不作や盗賊団の襲撃などで消滅してしまう事も珍しくないそうだ。
ただしその場合でも建物等の跡地は残るらしい。
「たった五年で痕跡も残さずに消えるなどあり得ない。先生の記憶違いという事はないのか?」
「いいや、絶対に間違いない。ホレあそこ、あそこの大岩に見覚えがある。村ではあの上に物見のやぐらを組んでいたんじゃ」
街道のすぐそば。爺さんの指差す場所には、二段に重なった大岩があった。
確かに特徴的な形をしている。別の場所の岩と見間違える事は無いだろう。
チーム・銀の弓矢のリーダー、オルトが俺に目配せをした。
俺の判断に任せる、そう言いたいようだ。
普通に考えれば爺さんの記憶違いだ。――が、俺はイヤな予感がしていた。
「・・・少し調べてもらってもいいか? 爺さんは看護師のヘルザとここで待っていてくれ。チーム・銀の弓矢は二手に分かれて街道の前後を。俺はあの大岩を調べてみる」
「分かった。ベントとブラウニーは進行方向を。俺とソフィアは後ろを調べる」
「ああ、いいぜ」「分かった」「はい」
俺達は手分けして周囲を探索する事にした。
大岩には直ぐに到着した。
近くで見ると結構な大きさだ。
平らな岩がまるで鏡モチのように二段になっている。
なるほど爺さんが自信満々に言い切るのも分かる。こんな特徴的な岩、見間違えるはずがない。
俺は岩の上に登るとそこから周囲を見回した。
高い所から見回しても辺りには荒野しか見えない。赤い岩と赤い砂。点々と所々に雑草が生い茂っている。
建物の跡も見つからなければ、畑を耕した跡も見当たらない。
渇き果てた完全なる不毛地帯である。
街道の先に二手に分かれたチーム・銀の弓矢のメンバーが見える。
彼らも何も発見出来ていない様子だ。
「さて、調べるとは言ったが、これ以上、何をどうすればいいのか・・・」
その時、唐突に空気が張り詰めた。理屈ではない。だが、確かに感じた。
これは――殺気だ。
俺は岩の上でしゃがみ込むと、サッと周囲を見回した。
今、何かに見られていた。間違いない。
だが、こんな見通しのいい荒野でどうやって見つからずに? 一体何者が?
その時、少年の悲鳴が響いた。
「うわあああっ! なっ! なんだコイツら!」
「下がれベント! 相手は武器を持っているぞ!」
街道の先を調べていた赤毛の少年ベントと、帽子の少年ブラウニーの声だ。
俺ははじかれたように立ち上がると、声のした方へと走った。
いつの間にか現れた異形の集団を前に、二人の少年はすっかり腰が引けている。
二人の少年が対峙しているのは、武装した子供くらいの背丈の小集団だ。
相手の人数は十人ほど。緑色の肌に鷲鼻。尖った耳。殺意を漲らせる真っ赤な瞳。
俺はこの集団の姿に見覚えがあった。
「これは――ゴブリン?!」
そう。そこにいたのは、ゲームなどでお馴染みのやられキャラ、ゴブリンであった。
しかし、疑問がある。
この世界は階位の概念があってダンジョンもある、まるでゲームのような世界だが、今まで俺はこの地でゴブリンという存在を見た事も聞いた事も無かった。
確かにダンジョンにはモンスターが徘徊しているが、それは凶悪な動物や昆虫、ないしはアンデッドであって、ゴブリンやオークのような人型で知恵を持つモンスターは存在しなかったのだ。
ベント達が混乱するのも無理はない。彼らにとってはゴブリンは全く未知の存在。理解不能な異形の存在に感じられているのだろう。
なまじ相手の姿が人間に似ているだけに、二人の混乱は大きなものになっているようだ。
その時俺は、ゴブリンの集団の後方、他のゴブリンよりも装備の整った個体が、杖を構えている事に気付いた。
杖の先にマナが収束していくのが分かる。馬鹿な! コイツ、魔法を使おうとしている?!
「二人共下がれ!」
俺は叫びながら細身の剣を抜くと、ゴブリンの集団に飛び込んだ。
「グギャアアアアア!」
「えっ?! これってファイヤーアロー?!」
「コイツら、いつスクロールを使ったんだ?!」
俺が杖持ちのゴブリンを切り払うと、杖の先から火の魔法――ファイヤーアローが飛び出した。
幸い、俺の攻撃が一瞬早く間に合ったので、魔法は全く見当違いな方向へと飛んで行った。
魔法という予想外の攻撃に驚くベント達。
危ない所だった。いくらファイヤーアローが低位の魔法とはいえ、当たり所が悪ければ大怪我を負っていた所だ。
ちなみに人間は魔法を使えない。
ダンジョンで稀に見つかる【スクロール】を使う事でのみ、魔法は発動出来るのだ。
スクロールは完全な使い切りで、魔法を発動させた後は魔方陣が抜けてただの紙になってしまう。
まさかゴブリンが魔法を使えるとは。
俺はゴブリンに対する警戒心を一段階上げた。
ゴブリンの集団を突っ切った俺は、一度大きく距離を置いた。
ゲームやアニメの魔法とは違い、この世界の魔法の発動には詠唱を必要としない。
混戦の中で、突然死角から魔法で狙われてはたまらない。
治癒の魔法はあるが、あれはかなり制限があるからな。
ゴブリン共は突然現れた俺に混乱しているようだ。
ギャウギャウと、犬のような鳴き声でうるさく吠えている。
あれが彼らの言葉なのだろうか? 俺にはさっぱり分からない。
騒ぎを聞きつけて、チーム・銀の弓矢のリーダー、オルトと彼の妹ソフィアがやって来た。
ゴブリンの姿にギョッと目を剥いて驚くオルト。
「何だ、コイツらは?! この姿でも亜人なのか?!」
「リーダー、注意しろ! コイツらスクロールを隠し持っているぞ!」
「魔法を使うのか?! 厄介な!」
「き、黄色い血?! 本当に亜人なの?!」
杖を持っている個体は、俺が切ったゴブリンだけだった。
まだ死んではいないようだが、地面に倒れて、弱弱しくもがいている。
傷口からは黄色い血が流れている。
この世界でも動物の血は赤い。
この世界の生き物ではない? まさかコイツらが、原初の神フォスが言っていた【異界神の使徒】なのか?
予想外の遭遇に、俺は混乱を隠せなかった。
次回「その4 Cランクチームの力」