その2 チーム・銀の弓矢
ガラガラガラ・・・
宿場町を出てから約二時間。俺は安物の馬車の振動にすっかり閉口させられていた。
冒険者ギルドの本部のあるアルムホルトの町を出てから三日。
今日もこれからの長い一日、馬車の振動に耐え続けなければならない。
この二日間、何度この依頼を受けた事を後悔したか知れない。
道が悪いのか、馬車がポンコツなのか。連日の馬車での移動は俺にとって苦痛以外の何物でもなく、決して慣れる事は無かった。
俺は同乗者の様子をチラリとうかがった。
同乗者は四人。全員、俺と同じように荷物の隙間に体を押し込めるように座っている。
Cランク冒険者チーム・銀の弓矢。
彼らはこの馬車の護衛を引き受けた冒険者達――俺の同業者だ。
俺とチーム・銀の弓矢は、一緒に依頼を受けるどころか、顔を合わせた事すら初めてとなる。
依頼の初日。出発前に相手チームのリーダーは愛想よく俺に手を差し伸べて来た。
「チーム・銀の弓矢のリーダーのオルト・リースフェイトだ。今回はよろしく頼む」
「オルトか。俺はチーム・ローグのリーダーをやっているハルトだ。こちらこそよろしく」
チーム・銀の弓矢のリーダー、オルトは、俺よりも少し年上、三十歳前後のガッシリとした男だった。
握った手はぶ厚く硬く、剣ダコがいくつも出来ていた。
良く鍛え上げられた体から見ても、冒険者になる前はどこかの騎士団に所属していたのかもしれない。
家名の前に”デル”という貴族の称号が付いていないため、平民には違いないようだが。
「噂のSランクと組めて頼もしいよ」
「・・・そうか」
オルトはお世辞のつもりで言ったのかもしれないが、俺はうんざりした気分にさせられた。
マルティンのヤツが調子に乗って、俺をSランク冒険者になんてしたものだから、何処に行っても悪目立ちしてしまう。
実際、チーム・銀の弓矢のメンバーは胡散臭そうな顔で俺を見ている。
大方、こんな弱そうなヤツが自分達よりも上のSランクなのが納得いかない、とでも考えているのだろう。
「こんなヒョロヒョロしたモヤシ野郎が本当に俺達よりも上のランクなのか? 信じられねえんだが?」
まさかこの場で口に出すヤツがいるとは思わなかった。素直というか、直情的というか。
俺に文句を言ったのは赤毛の少年。日本で言えば高校生くらいの、大柄でいかにも力自慢といった感じの少年だ。
大方、俺のような普通の男が、自分より上のSランク冒険者なのが納得いかないのだろう。
そんなにいいものでもないんだがな。
なんならお前に譲ってやろうか?
(ふむ。ティルシアなら、こういう時はガツンと一発かますんだろうな)
俺はチームメイトのウサギ耳の小さな暴君、ティルシアを思い浮かべた。
彼女なら実力で相手を黙らせるだろうが、残念ながら俺はそういうキャラじゃない。
むしろSランクと持ち上げられる方が、背中がムズムズして身の置き所がないくらいだ。
もし今の心の声をティルシアが聞いたら、「そんな態度だからいつもハルトはなめられるんだ。チームリーダーのお前がしっかりしなくてどうする!」と小言を言ったに違いない。
そんな事を考えていたからだろう。俺はついうっかり、「ふふふ」と小さく笑ってしまった。
赤毛の少年は俺に馬鹿にされたと思ったのか、サッと顔色を変えると目を怒らせた。
「テメエ! 何を笑っていやがる!」
「よせ、ベント!」
足を踏み出した赤毛――ベントを、リーダーのオルトが止めた。
「今のはお前を笑った訳じゃない。気を悪くしたのならすまなかった」
俺は素直にベントに謝った。別に挑発をしたかった訳ではないからだ。
ベントはまだ文句を言いたそうな顔だったが、チームメンバーの少女が心配そうにしているのを見て、この場は引き下がる事にしたようだ。
それでも、俺を睨み付けて大きな舌打ちをするのは忘れなかったが。
随分ととっぽい少年だ。むき出しの太い腕といい、これ見よがしに背負った巨大な両手剣といい、よほど腕っぷしに自信があるのだろう。
「メンバーの紹介をしよう。今のがベント。こっちがブラウニー。一番後ろにいるのがソフィアだ。ソフィアは俺の妹になる」
「ベントにブラウニー、それとソフィアか。よろしく頼む」
「ああ」「よ、よろしくお願いします」
ブラウニーは帽子にマントの狩人風の装備をした無口な少年。ソフィアは軽装の大人しそうな少女だ。見た目は地味だが体つきは――ゲフンゲフン。
ここが日本なら、高校生の少年少女三人と引率の若い先生、といったところか。
俺は何度か頭の中で名前を繰り返した。これから数日間一緒の馬車で目的地まで旅をする仲だ。
しかもただの旅行ではない、護衛の仕事だ。互いの名前くらいは覚えておくべきだろう。
(人の名前を覚えるのは苦手なんだがな・・・)
まあ、馬車の中で世間話でもしているうちに自然に覚えるだろう。
この時の俺はそう考えていた。
俺は一般の馬車の旅を甘く見ていたのだ。
不規則な揺れは、俺達から会話をする元気を根こそぎ奪った。
もっとも、ガタゴトとうるさい車輪の音や、馬車の軋み音で、元気があったとしてもろくに会話にはならなかっただろうが。
ガタン! ゴトゴト
ひと際大きく馬車が跳ねると、地面から伝わる振動がひと際大きくなった。
どうやら轍を乗り越えて、街道から外れたようだ。
やがて馬が一声いななくと、馬車の振動が止まった。
休憩場所に着いたようだ。
俺達はフラフラと体を揺らしながら馬車から降りた。
朝からずっと馬車に揺られていたせいか、止まっているのに体が揺れているように感じる。
どうやら三半規管の強さは、階位が高くなったからと言っても強化はされないようだ。
俺はチーム・銀の弓矢のリーダー、オルトに声をかけた。
「今回は俺が馬の世話に入ろう」
「そうか。うちからはベント、お前が行け」
「ああ、分かった。ハルトは白面の方を頼む」
「分かった」
俺はベントの指示を受けて、白面――顔の白斑が大きな馬へと向かった。
ちなみに冒険者はチーム内では敬語を使わない。命がかかった場面では僅かな言葉の長さや、ちょっとした遠慮が命取りになる事もあるからだ。
俺とチーム・銀の弓矢は本来別チームだが、一緒に護衛の仕事に就いている以上、今は仮のチームとも言える。
そこで俺達は互いの年齢や立場に関係なく、敬語を使わないと決めていた。
ちなみに馬車を引く馬は二頭。それぞれ体の白い部分から、白面と長白と呼んでいる。
白面は顔の白斑が大きい方。長白は足に白い靴下を履いているような柄になっている方である。
流石に三日目ともなれば、馬の世話にも慣れてくる。
俺は馬を鞍から解放して、体の汗を拭いてやった。
馬は適当に周囲の草を食みながら、時折ブルブルと体を震わせている。
「う~い。年寄りには長旅は堪えるわい」
白髭の老人が馬車の横で背伸びをしている。
ずっと御者席に座って、こわばってしまった体をほぐしているようだ。
彼はこの馬車の御者――ではなく、俺達の護衛対象の医者だ。
名前は確か・・・
「ドルトル先生、お湯が沸きました」
「スマンの嬢ちゃん。おお、体が温まるわい」
そうそう、ドルトルだ。ドルトル老医師はリーダーの妹、ソフィアの手にしたカップから白湯を嬉しそうにすすった。
「・・・あの、先生」
ドルトルはカップを持ったソフィアの手を両手で包み込むようにしたまま、顔を近付けて飲んでいた。
視線はソフィアの大きな胸に釘付けだ。とんだセクハラ爺さんだな。
ソフィアは手を握られて困った顔をしているが、爺さんは気が付かないふりをしている。
「あのクソ爺!」
沸点の低いベントが、馬の体を拭いていたムシロを地面に叩きつけると、爺さんの方へと向かった。
その時――
スパーン!
「あ痛っ! ヘルザ! お前、師匠の頭を何だと思っとるんじゃ!」
「冒険者のお嬢さんが嫌がっているじゃない。いいから放してあげなさい」
爺さんの頭を叩いたのは、俺より少し年上の女性。
彼女はヘルザ。この爺さんの下で看護師をしているそうだ。
町の女性がよくそうしているように、長い金髪をアップに纏め、幸の薄そうな疲れ切った顔をしている。
まあ、顔に関しては今の俺達も彼女の事は言えないだろうが。
爺さんの手から解放されたソフィアは、ヘルザに頭を下げると兄の方へと走って行った。
怒りの矛先を失ったベントは、何か声をかけたそうにしながら少女の背中を見送っていた。
「先生、疲れているなら冒険者の誰かに御者を代わってもらったら? 直接外の風を受けないだけでも疲れ方が違って来るわよ?」
「いやじゃ! これはワシの馬車じゃ! ワシの目が黒いうちは誰にも手綱は渡さん!」
老人の健康を気遣う看護師の提案を、爺さんはバッサリと切り捨てた。子供か。
俺は小さく肩をすくめると馬の世話に戻った。
馬を馬車につないだら俺も白湯を貰おう。お茶ではないのが残念だが、この世界ではまだまだお茶は高級品だ。
しかも、バレないとでも思っているのか、店で買うと平気で木の枝でかさ増しした粗悪品を売り付けて来やがる。
ダンジョン夫をやっていた頃なら、ダンジョンの上層でいくらでも自前で採取出来たのだが・・・。
まさかダンジョン夫をやっていた頃を懐かしむ日が来るとは思わなかった。
俺は何とも言えない複雑な気分に浸りながら、馬の世話を続けるのだった。
次回「小鬼」