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白髪の冒険者(中)

 かつて日本のどこかで、男子中学生が神隠しにあった。

 今から十年以上も前の事である。

 その後、色々な経緯があって、現在ではなかった事(・・・・・)になっている事件だが、巻き込まれた少年――青木晴斗は、世界の壁を越えてこの異世界フォスへとたどり着いた。

 いわゆる異世界転移というヤツである。


 小説等で頻繁に題材に用いられ、今ではジャンルの一つにもなっている異世界転移――ないしは異世界転生――だが、極普通の中学生、青木晴斗にとっては命に係わる厄災だった。

 体一つで見ず知らずの世界に放り出された少年は、頼るべき親も知人もなく、住む家もお金も持たず、物語にありがちな特別な能力も持たなかった。

 彼がギリギリの所で死なずに済んだのは、ただの偶然と幸運の賜物と言ってもいいだろう。

 晴斗は町の孤児院に拾われ、15歳までそこで過ごす事になった。


 やがて晴斗は15歳になった。この世界では成人男性であり、孤児院を出なければならない。

 彼はダンジョンに潜って資材を集める【ダンジョン夫】と呼ばれる仕事に就いた。

 ダンジョン夫は、【モンスター】と呼ばれる危険な生物が徘徊するダンジョンを仕事場とする、命がけの職業である。

 晴斗がそんな危険な仕事を選んだのは、何の後ろ盾のない彼のような人間が就ける仕事が他に無かったからである。


 ダンジョン夫ハルトとなった少年は、やがてダンジョンの最奥部に封印されたこの世界の神、【原初の神フォス】に出会う事になる。

 原初の神フォス――この世界の人間からは【邪神】と呼ばれるフォスは、復活すればこの世界のあらゆる命を根絶やしにする恐るべき存在だった。


 それから数年後。現在、フォスはこの世界にはいない。

 人々の心に消えない恐怖を刻み込み、神はこの世界を去ったのだ。


 この世界を救ったのは一人のダンジョン夫――ハルトだった。


 こうして世界から脅威が去り、約一年が過ぎていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 【魔境】と化したかつての森から、巨大な怪物が姿を現し、小さな村は大騒ぎになった。


「これが魔境の主・・・」


 連絡を受けてやって来た村長が、村の入り口で呆けたように立ち尽くしている。

 怪物を前にして何をのん気な――と言いたい所だが、怪物の体には頭が無い(・・・・)

 ここにあるのは怪物の亡骸。既に討伐された後の死体なのである。


「まるで小屋のようなデカさじゃねえか」

「見ろよあのデカい腕を。あの太い爪で引き裂かれたら、俺達の体なんて真っ二つにされちまうぜ」

「こんな恐ろしい怪物が、今まで村のすぐ近くにいたなんて・・・」

「うわああああああん!」

「大丈夫よ。あの怪物は冒険者の人達がやっつけてくれたから」

「ウヮン! ウヮン!」


 ほぼ全ての村人が、この場所に集まっているのではないだろうか?

 恐怖に震える者。獣臭に反応して吠える犬。怯えて泣き出す幼子と、泣く子をあやす母親。


 怯える村人達に、怪物の死体の前に立つ一組の男女が声をかけた。

 二十代の白髪の青年と、頭にウサギ耳を生やしたまだ幼い少女だ。

 彼らの手にはロープが握られている。

 どうやらこの二人が怪物の死体にロープを結び付け、ここまで運んで来たようだ。


「そこで見ていないで手を貸してくれないか? この通り、私とハルトだけでは手に余る大きさなのだ」


 ここまで運んで来ておいて、今更手に余るもないものである。

 しかし、彼女の言葉を受けて、何人かの男がはじかれたように前に出た。

 おそらく村の猟師か、その心得のある者達だろう。


「わ、分かった。それでコイツはどこに運べばいい?」

「いや待て。こんなにデカイ獲物だと、いつもの倉庫には入らない。村の中央広場に運んでそこで解体するしかないと思うぞ」

「そうか。ならそうしてくれ」


 ウサギ耳の少女はあっさりそう言い放つと、村の男にロープを手渡した。男が「えっ? あ、ああ」とうろたえている間に、少女は青年へと振り返った。


「ハルト。私達は村長に依頼達成の報告に行こうか」

「ティルシアお前・・・。いや、そうだな。そうしよう」


 少女――ティルシアは青年の返事も待たずに村へと歩き始めた。

 どうやら解体作業を手伝わされそうになる前に、この場を逃げ出すつもりらしい。

 不器用で大雑把な彼女は、解体や片付けを苦手としているのだ。


 青年――ハルトは、ティルシアの考えを察して呆れ顔になったが、チラリと怪物の巨体を見るとかぶりを振った。


(ティルシアじゃないが、確かにこのデカブツの解体は勘弁してもらいたいな)


 ムッとする獣臭に包まれながら、巨大な死体の腹を裂いて、血にまみれながら内臓を掻き出す作業は、考えただけで気が滅入るものがあった。

 結局ハルトは、自分も手近な男にロープを渡すと彼女の後を追うのだった。




 ハルト達は村長の家で仕事の報告をしていた。


「この度は私達の村を脅かす脅威を取り除いて頂き、誠にありがとうございました。あのような怪物がもしも村にやって来ていたらどのような被害があったか」

「まあ、村人の一人や二人の命では済まなかっただろうな」

「おい、ティルシア!」


 ティルシアの軽率な発言をハルトはとがめた。

 若くして傭兵団に所属していたティルシアは、人の生き死に対してドライな所がある。

 その価値観自体は否定するようなものではないが、こういう場面で口にする言葉としてはいささか不謹慎だ。


 しかし、村長は笑って頷いた。


「違いありません。それがこうして無事に済んだのですから、ありがたい事です」


 ハルトはホッとすると共に報告を続けた。


「ここの森が魔境になっていたのは、間違いなくあの怪物が原因だ。原因を取り除いた以上、じきに元の森に戻ると思う」

「おおっ! それは本当ですか?!」


 身を乗り出して喜ぶ村長に、ハルトは大きく頷いてみせた。


「ああ。意外に自然の生命力というのはしぶといらしい。以前にも何度か似たような仕事を引き受けているが、どこも原因さえ討伐すれば、ひと月も経たずに元の姿に戻ったそうだ」


 魔境には周辺環境を汚染、魔境化した原因となる【エリアボス】が存在している。

 エリアボスを討伐する事で魔境の拡大は防がれる。すると自然の回復力が上回り、周囲は元の姿を取り戻すのだ。

 ハルトの言う通り、彼らはこの数か月で既に何体もエリアボスを討伐、いくつもの魔境を消滅させていた。


「もしおっしゃる通りなら、これで村を捨てずに済みます。どうもありがとうございました」


 よほどの心労を抱えていたのだろう。村長はガクリと肩を落とすと、深いため息をついた。

 どうやら喜びよりも解放感でホッとして力が抜けたようだ。

 ハルトとティルシアは村長の気持ちを察して、黙って白湯で喉を潤した。




 少し元気を取り戻した村長に、依頼達成の手続きについて話をしていたところで、村の男が駆け込んで来た。

 彼は興奮した様子でソフトボール大の赤黒い石のような物を掲げた。


「見つかったよ! コレだろ! アンタ達が言ってた【魔石】ってヤツは!」


 魔石とは、エリアボスの体内に存在する謎の器官だ。

 エリアボスをエリアボスたらしめている物質と考えられている。

 エリアボスという存在は、何らかの形でこの魔石を利用して、魔境を広げるためのマナを生み出しているのだ。

 しかし、ハルトはとある存在から得た知識で、魔石とはエリアボスの体内にあるマナを製造する臓器が、死と共に結晶化したものではないか、と考えていた。


 どちらにしろ、こうして魔石が取り出された以上、これ以上魔境が広がる事はなくなった。

 じきに元の森の姿を取り戻すだろう。

 依頼の完了である。


 村長は感極まって涙を流した。


「流石はSランク冒険者! これで村は救われました!」


 Sランク冒険者――ハルトの事である。


 村長の賛辞を受けて、ティルシアは自分が褒められた訳でもないのに満足そうにしている。

 村長はハルトの冒険者ランクを聞かされて以来、ずっと彼を疑いの目で彼を見ていた。

 ハルトはどう見ても平凡な青年で、最高ランクの冒険者を名乗るような強さには見えなかったからである。

 ティルシアは自分の恋人が軽く見られる事に、内心でずっと不満を抱えていた。

 村長の手のひら返しは、彼女の自尊心を満たすものであった。


 逆にハルト本人は微妙な顔をしている。

 彼は別になりたくてSランク冒険者になった訳ではないからである。



 一年程前にこの国に誕生した【冒険者ギルド】。

 その実力でAからFまでの六段階にランク分けされた冒険者の中で、最高クラスのAランクを超える特別枠のクラスが存在する。

 それがSランク。

 冒険者ギルドにただ一人存在する、唯一無二のSランク冒険者。

 それがこのハルトである。

 Sランクというランクは、ハルトのためだけに用意されたものなのだ。


(覚えていろよマルティン! 何が「転生モノのお約束だろ?」だ! あいつ絶対に面白がっているだけだろ! 毎回、自己紹介をする度に疑いの目で見られる俺の立場にもなってみろ!)


 ハルトは心の中で、自分をSランク冒険者に仕立て上げたとある(・・・)人物――冒険者ギルドのオーナーであり彼の支援者(スポンサー)でもあるマルティンへの悪態をついていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんかローグダンジョンに雰囲気似てるな…と読み進めていて兎獣人が出た瞬間にあ、これ完全新作じゃなくてローグダンジョンの続きやん、と気付きましたw ハルトくん久しぶりやね。まぁカクヨムで読ん…
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