その13 本当の強さを持った弱者
「なんで俺達があんなヤツに従っていると思う? 俺達じゃ敵わねえからだよ。無理なんだよ」
長髪は苦しい息の中、吐き捨てるように言った。
「俺の見立てじゃ、ドゥナハシェは身体能力でもお前の上を行く。お前に勝ち目はねえよ」
俺は言葉も無く立ち尽くしていた。というよりも途方に暮れていた。
長髪は俺がコイツらより強いという前提で話をしている。だが、俺は勝ったつもりは全然なかった。
たまたま運良く勝ちを拾えた。その程度にしか感じていなかった。
なのにドゥナハシェとやらは、コイツらが従わざるを得ない程の強者だという。
俺が思わず思考停止してしまったのも仕方がないというものだろう。
長髪はポカンと空いた右の眼窩を指差した。
ついさっきまで赤黒い眼球――魔眼が収まっていた場所だ。
「魔眼に映った光景は、あのクソ野郎も見えている。他人の見たものまで見えるって感覚がどういうものか、俺にはさっぱり分からねえが、コイツは間違いない事実だ。
つまり、お前の顔も武器も戦い方も、ヤツは俺達の視界を使ってしっかり予習済みという訳だ。
もし、ヤツと戦うハメになったら、先ずは周囲に配置されている”魔眼持ち”をやれ。魔眼持ちがいる限り、ドゥナハシェに死角はねえ。
その後は全力で逃げろ。攻撃するならヤツの視界の外からだ。まともに戦ってもヤツには絶対に敵わない」
なぜコイツは自分のリーダーの秘密をペラペラと喋るのだろうか?
俺が混乱している中、長髪は荒野の一点を指差した
「迷いの霧を抜けるには、ドゥナハシェの城の地下にある”門”を閉じるしかねえ。霧に隠されて見えねえが、あの先には小さな林がある。城は林を抜けてすぐ先だ。行きゃあすぐに分かるよ」
「お前・・・なんで俺にそんな事を?」
俺は長髪の真意を掴めずにいた。
というか、やはりここには異界へと繋がる門があったのか。
どうやら俺は林を越えて敵の城を目指さなければならないようだ。
そしてそこにはラスボスが待っている。――いや、ラスボスは異界神か。ならばドゥナハシェとやらは中ボスといった所か。
俺よりも強い中ボスか。ハードモード過ぎるだろう。マジで勘弁して欲しい。
長髪は「ハン!」と鼻を鳴らした。
「そんなのテメエが――ハルトが俺よりも強えからだよ」
「・・・違う。俺が勝ったのはたまたまだ」
俺はとうとう堪えきれずに反論した。
たまたま運良く勝ちを拾っただけで、こうまで持ち上げられては堪らない。
俺はそんな大したヤツじゃない。戦いの最中にコイツに見破られたように、対人戦闘においては素人も同然だ。
「いいや、お前は強い。俺の目は節穴じゃねえ。――いやまあ、今じゃ右目はがらんどうの節穴だったな」
長髪は自分の言葉で苦笑した。
「俺はな、チームで一番のザコだったんだよ――」
◇◇◇◇◇◇◇◇
巨人のバウナウドゥもそこのグエイドゥも、ここにゃいねえが女のハウジェイも、全員、固有能力を持って生まれた、生まれながらの強者だった。
その点、俺はずっと固有能力無しのザコだった。
俺は俺を馬鹿にするヤツらを見返してやろうと、がむしゃらに体を鍛えた。
もう必死だったぜ。
今思えば呆れるようなバカもやったし、死ぬような目にだって何度も遭った。
そして数年前、ひょんなことから俺に固有能力が生えた。
ハルトは知らねえかもしれんが、固有能力ってのは後天的に手に入る事もあるんだよ。
嬉しかったぜ。俺もようやく強者のスタートラインに立てたってな。
俺の固有能力は【電流放出】というものだった。
コイツはたいして強い能力じゃねえが、近接戦闘を得意としていた俺との相性はバツグンだった。
バウナウドゥの【ベクトル操作】と戦っても決して負けねえ。俺はそう自負していた。
バウナウドゥも、グエイドゥも、ハウジェイも、いや、リーダーのドゥナハシェも、ヤツらは全員生まれながらの強者だ。
だが俺は違う。俺はつい数年前までクソザコだった。周囲はテメエより強い相手だらけだったし、自分が弱い事も知っていた。
知っていながらも、俺はなお、「なにくそこの野郎」と立ち向かっていた。
その点、最初から強いヤツはダメだ。相手が自分より強いと分かると、すぐに気持ちが萎えちまう。
俺とは根性が違うんだよ。
ハルト。お前には俺と同じ”弱者の匂い”を感じる。
弱さを知りながら、それでも諦めねえ、本当の強さを持った弱者だ。
お前、気付いていたか?
攻撃を封じられながらも、いつまでも諦めないお前のしぶとさに、バウナウドゥもグエイドゥも心が折れかけていたんだぜ。
バウナウドゥは腰の引けた攻撃しか出来なくなっていたし、グエイドゥは勝負を焦って、最後はバクチに出ちまいやがった。
なんだその顔? まさか本当に気付いていなかったのか? 呆れたヤツだぜお前はよ。
そんなわけで、知っての通りグエイドゥのバクチは失敗。まあ、最初から気持ちが負けている時の一か八かなんて、どだい上手くいくはずなんてないんだがな。
ついでに反射的に手を出したバウナウドゥの攻撃は外れて、味方の俺に当たっちまったって訳だ。
あ~、つまり何を言いたいかっていうとだな。弱さを知っているお前は、本当に強いって事だ。
強いだけの強者はより強い強者には順当に敵わねえ。
だが、弱さを知っているお前は――弱さを乗り越える事の出来るお前は、心の芯の部分に折れない強さを持っているってこった。
お前は俺に似ているよ。だからあんなクズなんかに殺されて欲しくねえ。
ドゥナハシェにやられるには勿体ねえよ、お前は。
なあ、ハルト。――おい、聞いているか? ああ、くそっ。目が霞んで来やがった。
俺の声は出ているか? 俺はまだまだ全然喋り足りねえんだよ。
なあハルト。次はお前の話を聞かせてくれ。
その強さ・・・どうやって身に着けたんだ?
チクショウ・・・耳まで遠くなって来やがった・・・ぜ。
なあ・・・こっちの世界でどんな強者と出会って・・・来た?
お前よりも・・・強いヤツは・・・いたのか?
ハ・・・ハル・・・ト・・・。
俺h・・・お前t・・・。ダチ・・・n・・・d・・・
ああ・・・死・・・ね・・・え。
死・・・。
・・・・・・。
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は血の付いた細身の剣を見つめた。
長髪の男――ドゥマイェの首は胴体から切り離されて転がっている。
どうやら思っていたよりも内臓の損傷が大きかったようだ。ドゥマイェは大量の血を吐いて血反吐の中で、もがき苦しみ始めたのだ。
ついさっきまで殺し合いをしていた関係とはいえ、無駄に苦しみを長引かせるようなマネは心がとがめた。
俺は覚悟を決めると男の首を切り飛ばした。
ドゥマイェは最後まで声にならない言葉を呟いていたが、一体何を言っていたんだろうか?
小男のバクチが失敗したとか、その辺りまでは聞き取れたのだが、そこから先は残念ながら良く聞き取れなかった。
ああ・・・やっぱり俺には戦闘狂共の気持ちは分からない。
憎くもないのに殺し合って、負けたら最後。勝ってもこんなイヤな気分を味わう羽目になる。
どうしてこの世界では人間同士が傷付け合う。
ここはまるでゲームのような世界だが、住んでいる俺達にとっては現実だ。
死んだらそれっきり。リセットもリスポーンもない。
だったらゲーム感覚で戦える訳がないじゃないか。
俺は既に日本での人生を捨て、こちらの世界に――異世界フォスに骨を埋める覚悟を決めている。
だが、この時だけは平和な日本が心底恋しくてたまらなくなった。




