その12 決着
◇◇◇◇◇◇◇◇
それは一瞬の出来事だった。
「グエイドゥ!」
仲間の一人、【電流放出】の固有能力を持つ長髪の青年ドゥマイェが叫んだ。
【ベクトル操作】の固有能力を持つ巨人バウナウドゥは、白髪の青年の放った火の矢の魔法が、もう一人の仲間の――【賢者の叡智】の固有能力を持つ小男グエイドゥの――胸を貫く光景をぼんやりと眺めていた。
グエイドゥの放った魔法は大きな爆発となった。
火属性の魔法、フランマ・ボルテックス。
地獄の業火が広範囲を焼き尽くす範囲魔法である。
その威力を知るドゥマイェとバウナウドゥは、必死になって逃げ出した。
しかし、予想外な事に、魔法は爆発という不完全な形で発動した。
大気中のマナ不足によるものだが、バウナウドゥの弱い頭では理解出来なかった。
魔法は直ぐに消滅し、炎は上がらなかった。
二人は爆風を浴びて吹き飛ばされた。
バウナウドゥが痛む頭を振りながら起き上がると、白髪の青年が小男グエイドゥに襲い掛かるのが見えた。
グエイドゥは遠距離からの魔法を得意とするが、逆に接近戦にはすこぶる弱い。
体も鍛えていないし、力も弱い。魔法以外はからきしなのだ。
バウナウドゥはグエイドゥを助けるために走り出した。
逆側からはドゥマイェが駆け寄っているのが見える。
必死の形相だ。彼にはギリギリで自分達が間に合わない事が分かっていたのだろう。
しかし、バウナウドゥには迷いがあった。
(もし間に合った所で、俺の攻撃はあいつには当たらないんじゃないだろうか?)
この戦いが始まってから、彼の攻撃は一度も命中していなかった。
自慢の【ベクトル操作】の攻撃が、ここまで完璧に躱されたのは初めてだった。
ひょっとして自分は催眠術にかかっているのではないだろうか?
砂漠で迷った旅人が、蜃気楼のオアシスを求めてさまようように、自分も絶対に攻撃の当たらない相手を追い続ける、タチの悪い幻覚をかけられているのではないだろうか?
そんな益体もない想像まで浮かんでくる。
バウナウドゥにとって、今回の戦いは悪夢そのものと言っても良かった。
彼は完全に自分を見失っていた。
混乱した頭で、ひたすら祈るように攻撃を繰り返す事しか出来なくなっていた。
だからだろう。バウナウドゥは白髪の青年が自分の攻撃範囲内に入った途端、反射的に攻撃を繰り出していた。
丸太のような巨大なこん棒がうなりを上げて振り回される。
小男グエイドゥを魔法で仕留めた青年は、長髪の男ドゥマイェの突進をしゃがんで躱していた。
そして、青年が躱した事で、バウナウドゥのこん棒の軌道上にはドゥマイェだけが残った。
あっ。
バウナウドゥは自分が不器用である事を自覚している。
だから彼はこの戦いが始まって以来、ずっと同士討ちを避けていた。
しかし、今回彼は、混乱した頭で漠然と不注意な攻撃を繰り出してしまった。
バゴッ
「グハッ!」
こん棒が骨を砕いた確かな手ごたえを感じた。
ドゥマイェが長髪を振り乱しながら地面を転がっていく。
巨人の顔から血の気が引いた。「違う、俺はぁ」しかし、言い訳は言葉にならなかった。
ドゥマイェの体に貯えられた電気がこん棒に流れ、バウナウドゥの筋肉を硬直させていたからである。
そしてこのチャンスを見逃すハルトではなかった。
ミスリルの細身の剣が閃くと、白い刃が巨人の喉に突き立てられた。
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俺は巨人の喉から細身の剣を引き抜いた。
巨人の喉からは血しぶきが吹き出し、巨人の口の端からは血まみれの泡がこぼれた。
俺は剣を翻すと、今度は巨人の胸の中心――心臓へと突き立てた。
その瞬間、巨人の体から力が抜けると、糸の切れた操り人形のようにぐにゃりと崩れ落ちた。
異世界の人間も、心臓の位置は俺達と変わらなかったようだ。
勝った――のか?
俺は狐につままれたような気分になりながら、巨人の胸から剣を引き抜いた。手は細かく震えている。
今更だが恐怖がのしかかって来たのだ。
俺は自分の勝利を信じられずにいた。いや、これを勝利と言ってもいいのだろうか?
勝った、ではない、勝たせてもらった。いや、死なずに済んだ。そう言い換えた方がしっくりくる。
それほどまでに今回の戦いには勝てる要素が全く無かった。
小男が焦れて魔法を暴発させなければ、こうして血を流して倒れていたのは間違いなく俺の方だったのだ。
そしてティルシアに言われて身に着けていたオリハルコンの指輪。
ファイヤーアローの魔法陣が刻まれた、この指輪がなければ俺の攻撃は間に合わなかった。
本当に紙一重の攻防だったのだ。
俺は巨人の死を確認すると、倒れた小男へと振り返った。
小男は既に虫の息だった。
彼は貫かれた胸を押さえ、苦痛と悔しさに目には涙を浮かべていた。
「マナさえ・・・十分に・・・あれば・・・僕は・・・負けなかった・・・のに」
か細い声で負け惜しみを言い終えた途端、小男の体から力が抜けた。
意識を失ったらしい。
俺は慎重に近寄ると小男の首を切り落とした。
強敵の呆気ない最後だった。
最後の強敵。【帯電体質】の固有能力持ちの長髪は、巨人のこん棒を食らって吹き飛ばされていた。
長髪は立ち上がろうと手をついて――立ち上がれずにその場にゴロンと仰向けに寝転がった。
「くそっ。・・・まさか俺達が三人がかりで負けるなんてな」
長髪は咳き込むと大きな血の塊を吐き出した。
「ガハッ! ハア・・・ハア・・・そんなに警戒するんじゃねえよ。バウナウドゥの攻撃で腰の骨をやられたみてえだ。足が痺れて立てやしねえ。その上、内臓もやっちまったらしい。・・・ああくそっ。ヘマをしたもんだぜ」
激しい痛みが襲っているのか、長髪の顔は苦痛に大きく歪んでいる。
はだけた上半身からは戦いの時に帯びていた赤味は引き、元の浅黒い肌色に戻っているようだ。
長髪は苦しい息の中、再び俺に話しかけた。
「なあ、お前、名前は何て言うんだ?」
散々殺し合いをしておいて、今更相手の名前を聞くのか?
・・・いや。俺達は互いが憎くて殺し合った訳じゃない。
コイツらは仕事で、俺は自分の身を守るため。仕方なく戦っていたのだ。
なら、自分を倒した相手の名前を知りたいと思ってもおかしくはないかもしれない。
「――ハルトだ」
「そうか、ハルトね。ハルト。お前は強いな。俺達もかなりのものだと思っていたが、お前は少しだけ俺達の上をいっていたようだ」
俺が? コイツらよりも強い?
違う。俺が勝ち残ったのは偶然だ。運が味方してくれた。ただそれだけの事だ。
しかし、俺は何も言えなかった。
俺の口から「ただの運だけで勝った」と言ってしまっては、全力を尽くして戦ったコイツらの戦い自体を否定する事になる。そう思ったからである。
「なあハルト、俺は――ぐあっ! ぐおおおおっ・・・チ、チクショウが! ドゥナハシェの野郎、俺を見限りやがったな!」
長髪は何かを言いかけた途端、急に右目を押さえて苦しみ始めた。
何だ? コイツの体に何が起こっている?
俺はどうして良いか分からず、痛みにもがく長髪を見守る事しか出来なかった。
長髪はしばらく歯を食いしばってうめいていたが、やがて痛みが落ち着いたのか、荒い息を吐きながらぐったりと力を抜いた。
同時に、右目を押さえていた手も、力無く地面に落ちた。その手の平は血で真っ赤に染まっていた。
そして長髪の右目は――いや、右目のあった場所には何も無かった。
右目のあった位置は大きく落ち込み、ポッカリと開いた眼窩にはじくじくと血が溜まっていた。
「お前! その目はどうしたんだ?! まさか自分で潰したのか?!」
「ハア・・・ハア・・・ああん? バカ野郎。ゴホッゴホッ。――んな痛えコトするわけねえだろうが。ドゥナハシェだよ。あのクソ野郎が。俺達を使い捨てにしやがった。まだ俺は死んでねえってのによ」
ドゥナハシェ? 誰の事だ? 使い捨て? どういう意味だ?
混乱する俺に長髪は残った左目を向けた。
「俺達の右目。どこか不自然だったと思わなかったか? ああ、グエイドゥ達の右目を確認したって無駄だぜ。俺と同じでドゥナハシェに回収された後だろうからな」
長髪の言う通り、小男の首にも右目は無かった。
だが、ついさっきまで白目の無い赤黒い瞳があったはずである。
しかし今、右目のあった場所は、長髪と同様に抉られたようにポッカリと眼窩が開き、そこからは血が涙のように流れ落ちていた。
ここからは確認できないが、おそらく巨人の右目も同じようにえぐり取られているのだろう。
「ドゥナハシェは俺達のリーダーで、他人を駒としか考えていないクソ野郎だ。
固有能力は【契約の魔眼】。配下の者に”魔眼”を与える事で自分の力の一部を使用させるという能力だ。俺達の右目はヤツに与えられた魔眼だったんだよ」
ドゥナハシェというのがコイツらのリーダーだったのか。
そしてコイツら全員がお揃いの右目は、”魔眼”と呼ばれるリーダーの能力によるものだったと。
「だが、あのクソ野郎は、魔眼を本来の能力としては使わねえ。野郎は俺達が裏切らねえように監視する目的で魔眼を使っているんだよ。
俺達がハルトにやられてもう利用価値が無くなったから、ヤツは自分の魔眼を引き上げたんだ。魔眼による支配数にも限界があるからな。無駄な相手に使っている余裕はないんだろうさ」
なる程。さっき長髪が「使い捨てにしやがった」と言っていた理由が分かった。
敵のリーダーは、死んだ仲間や、利用価値の下がった仲間に、貴重な魔眼を与えておく意味を見出せなかったのだろう。
だから回収した。その理屈は分かる。
しかし、長髪はまだ死んでいない。なのにドゥナハシェとやらは、負傷した部下を助けようとするどころか、早々に見限って切り捨てたのだ。
俺は直前の場面――長髪と巨人が小男を助けるために駆け寄った場面――を思い出した。
コイツらは仲間のために、間に合わないと感じても必死に手を伸ばした。
確かに俺達は殺し合いをしていた。だが、だからといってコイツらを憎んでいた訳じゃない。
むしろコイツらのチームとしての姿には、羨ましさすら感じていた。
そんなチームを、仲間を、チームリーダーのドゥナハシェは手駒としてしか見ていないという。
俺は強い不快感と怒りが湧いて来るのを感じていた。
長髪は苦しい息の中、俺に告げた。
「ハルト。悪い事は言わねえ。ドゥナハシェと戦う事になったら逃げろ。アイツはクソ野郎だがデタラメに強い。俺達三人に苦戦しているようじゃ、とてもじゃねえがヤツには歯が立たねえ。なあ。なんで俺達があんなヤツに従っていると思う? 俺達じゃ敵わねえからだよ。無理なんだよ」
そして長髪は吐き捨てるように言った。
「俺の見立てじゃ、ドゥナハシェは身体能力でもお前の上を行く。お前に勝ち目はねえよ」
次回「本当の強さを持った弱者」