その10 ハンデマッチ
一対三の変則マッチ。
それはなんらスキルを持たない俺と、固有能力を持つ三人とのハンデマッチでもあった。
俺は隠し持っていた解体用のナイフを長髪に投げつけた。
バチィ!
ナイフは長髪の体に触れた途端、凄まじい音を立てて弾け飛んだ。
ちっ。やっぱり防がれたか。
俺は内心の動揺を悟らせないようにポーカーフェイスを保った。せめてもの意地だ。
長髪はヤツの固有能力【蓄電体質】で、咄嗟に体の表面に高圧電流を纏ってガードしたようだ。
そんな事まで出来るとは。
戦い始めの頃とは違って、自分の能力を隠蔽するつもりは無いようだ。
どうやら俺にネタがバレたと見て、全力で行く事に決めたらしい。
(こういう思い切りの良さというか、勘所の良さは、本当に勘弁して欲しいんだが)
敵は俺にとってイヤな所を狙いすましたかのように突いてくる。
戦い慣れしている相手というのは、本当に厄介だ。
回避の連続にそろそろ息が上がり始めている。俺は流れる汗をサッと親指の付け根で拭うと――くそっ! またか!
ブオン!
まるで丸太のようなこん棒がすぐ目の前を横切り、俺の髪が風圧でなびいた。
大男は普通に攻撃を続けていても当たらないと考えたのか、こういった僅かな隙を狙って来るようになっていた。
ヤツの固有能力は【ベクトル操作】で、重力や慣性を無視した攻撃が可能だ。
どれも力任せの雑な攻撃なのだが、予備動作も無く繰り出される攻撃は、ある意味では達人の繰り出す攻撃のように出どころが全く読めない。
こちらの神経をすり減らす厄介な攻撃だった。
大男の攻撃が来たという事は、次は――
「うそっ。今のは流石に当たる所でしょう?! 何その動き、気持ち悪っ! さっきの体勢でどうして躱す事が出来るわけ?!」
小男の放った魔法が、俺の顔のすぐ横を通り過ぎていた。
必中を確信していたのだろう。小男の目が驚きに見開かれている。
危ない。先読みして【ベクトル操作】の魔法で慣性を殺さなければ、確実に命中していた所だ。
俺の魔法は巨人の【ベクトル操作】程は融通が利かないが、それでもこうしてワンポイントでなら体にかかる慣性力を消す事が出来る。
俺が今まで負傷もなく逃げ回れているのは、幸運以外の理由としては、この【ベクトル操作】の魔法の恩恵が大きかった。
「ちぇっ。大気中のマナさえ不足していなければ、広範囲攻撃魔法を一発お見舞い出来るのに・・・」
「広範囲攻撃魔法って、おい! グエイドゥ、お前まさか俺達ごと吹き飛ばすつもりじゃないだろうな?!」
小男の愚痴に長髪が噛みついた。
とはいえ、長髪も本気で怒っているわけではない。
そこには険悪な空気は微塵もなく、むしろじゃれ合いのような雰囲気があった。
例えて言うなら一緒にスポーツをやっている最中のような――
まあ、現実は殺し合いなんだが。戦闘狂共の気持ちはマジで理解出来ない。
ヤツらと違って、俺には現状を楽しむ余裕なんてどこにもなかった。
ややもすれば萎えそうになる気力を、どうにか懸命につなぎ止めている。そんな状態だ。
このままでは、いずれ集中力が切れた瞬間にやられる。ヤツらの攻撃はそのどれもが致命傷になり得るのだ。
しかし、反撃の糸口が掴めない。
俺は高階位の身体能力に物を言わせて、何度か無理やり攻撃を入れようと試みているのだが、その度にヤツらのコンビネーションに阻まれていた。
(こんな事なら、まだヤツらの連携が甘いうちに、一か八かの勝負をかけておくべきだった)
俺は後悔の臍を嚙んだ。
俺は追い詰められていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ハルトが一方的に追い込まれていると考えているその逆に、小男グエイドゥは、いつものニコニコ笑いが引きつるのを隠せずにいた。
(この白髪がまさかこれほどやるなんて・・・)
ここまでの戦いで、白髪の青年が固有能力を持たない事は概ね察しがついていた。
それは驚異的な事だった。
青年は高い身体能力、ただその一点のみで、彼ら三人の固有能力者の猛攻をしのぎ切っているのである。
固有能力を持つ者は戦いにおいて絶対的なアドバンテージを持つ。
それは彼らの世界では子供でも知っている常識だった。
(バウナウドゥは心が折れかけてるな。攻撃が一度もかすりさえしないんだから仕方がないか)
【ベクトル操作】の固有能力を持つ巨人、バウナウドゥは先程から目に見えて気力が萎えていた。
彼の固有能力の性質上、相変わらず攻撃の威力自体には衰えがないものの、彼からは今までにあった威圧感が明らかに欠けていた。
相手の隙を突いた姑息な攻撃を繰り返しているのがその証拠だ。
グエイドゥはこんな巨人の姿を見たのは初めてだった。
俺がいくら攻撃してもコイツには当たらないんじゃないだろうか?
そんな迷いがバウナウドゥの攻撃からは感じられた。
(逆にドゥマイェは、まだまだ気力は十分なものの、そろそろ体の方がもたないみたいだ)
【電流放出】の固有能力を持つ長髪の青年、ドゥマイェは、今も果敢に白髪を責め立てている。
今となっては彼の捨て身の攻撃によって、辛うじてこちらが主導権を握っている。が、グエイドゥの見立てでは、ドゥマイェの限界は近かった。
【電流放出】は固有能力の中ではかなり弱い能力に分類される。
今回、チームを組んだ四人の中で、固有能力だけで見ればドゥマイェは文句なくチーム内で最弱である。
電気は相手に触れないと流し込めない。
更に、十分な電圧をかけるためには事前に体内に電気を溜め込んでおく必要があるため、電気を通し易い武器や防具も装備出来ない。
正直に言えば、戦闘には使い勝手の悪い固有能力なのだが、ドゥマイェは身体能力を極限まで鍛え上げる事で、自身の固有能力の欠点を補い、長所を大きく伸ばす事に成功していた。
(あの白髪、デタラメにも程があるだろ。あのドゥマイェに体を触れさせないって。この世界で最初に出会った相手の中にあんな規格外がいるなんて。冗談にしたって笑えないよコレ)
ドゥマイェが体を鍛えているにしても限界はある。
戦いというのは不思議なもので、仮に疲れていても、良い攻撃さえ当たれば不思議と体力も湧いて来る。
逆に攻撃を防がれ続けると、気力も萎えるし、攻撃のために手を出すのすらもおっくうになってしまう。
中でも疲労が最も大きいのは、攻撃を躱され続ける事――空振りだ。
この戦いが始まって既に十分以上。白髪の青年――ハルトは全ての攻撃を躱し続けていた。
巨人バウナウドゥの気力が萎えるのも当然だ。
当たれば必殺の自分の攻撃。その攻撃がカスリさえもしないのである。
彼にとってみれば悪夢の中で戦っている気分なのではないだろうか。
いや、それは小男グエイドゥにとっても変わらない。
何度、命中したと思っただろう、これ以上無いタイミングと完璧な狙いで放たれた魔法攻撃を、白髪の青年は常軌を逸したありえない動きでことごとく回避してみせているのだ。
正に悪魔じみた相手である。
こんな化け物を相手に、集中力を切らす事なく挑み続けている長髪の青年ドゥマイェの方が異常なのだ。
しかし、ドゥマイェには明確な弱点がある。
彼の固有能力【電流放出】は、十分な威力を発揮するためには、事前に体内に電気を溜め込む必要がある。
そうして溜め込まれた電気の一部は電力損失として熱に変換され、体外に放出される。
普段は気にする程の熱量ではないが、戦いが長引けば長引くほど、ギリギリの戦いになればなるほど、この放熱量が無視出来なくなって来る。
いわばドゥマイェは一人だけサウナの中で戦っているようなものなのだ。
今も彼の体からは滝のように汗が流れている。いつ熱中症で倒れても不思議はない。
(もう少しこっちの世界の改造が進んでいると思っていたのに。大気中のマナが増えた状態なら、絶対にこんな苦戦はしなかったはずだ)
グエイドゥは思うように戦えない悔しさに歯噛みした。
彼の固有能力は【賢者の叡智】。
その能力は、体内魔力量の増大・魔法出力倍化・魔力回復量増大・魔法効率強化の強化効果。
桁外れの性能からも分かるように、グエイドゥはこのチームではぶっちぎりの最強能力者である。
だが現在、彼は自分の力を存分にはふるえていなかった。
こちらの世界は大気中のマナが希薄過ぎるのである。
少し魔法を使えば、すぐに周囲のマナが枯渇するような状態では、彼の本来の力は生かせない。
そして元の世界では、こちらの世界の何十倍も大気中のマナ濃度が高かった。
彼はこんな不自由な状態で魔法戦を行った経験は一度も無かったのである。
グエイドゥは生まれながらの強者だった。
持って生まれた固有能力で、物心ついた頃から強力な魔法をぶん回し、常に周囲を圧倒し続けて来た。
(その僕が・・・。魔法さえ自由に使えれば、身体能力が高いだけのこんな相手なんて目じゃないのに!)
思うに任せない戦いに、グエイドゥのプライドは傷付けられ、苛立ちは頂点に達していた。
彼は非常手段――自身の魔力を代償にして、現時点で可能な最大の攻撃を放つ事を決意した。
「バウナウドゥ、ドゥマイェ、下がれ! 範囲魔法を撃つ!」
グエイドゥの言葉に二人はこちらを振り返り、ハッと目を見開いた。
二人の目に飛び込んで来たのは、ナイフを自分の手首に当てるグエイドゥの姿だった。
「よせグエイドゥ! 何をする気だ!」
「いいから下がれ! 血液中の魔力を使って魔法を撃つ! うわああああああっ!」
シュッ
ナイフが引かれると共に焼けるような熱い痛みが手首を襲った。
体内の魔力は心臓で生み出され、血流に乗って全身に巡らされる。
グエイドゥは、己のほとばしる血からマナが拡散し、周囲にマナが充満するのを感じていた。
今ならいける。
バウナウドゥとドゥマイェは、いや、ハルトも慌てて逃げ出した。
「ああああああっ! フランマ・ボルテックス!」
ドッ!
爆裂音と共に巨大な火柱が上った。
次回「奥の手」