その9 チート
固有能力はスキルなんて生易しいものじゃなかった。
完全にスキルの上位互換。正に【チート能力】だったのだ。
俺は絶望のあまり、この場を逃げ出したくなっていた。
【ベクトル操作】の固有能力を持つという巨人バウナウドゥ。
なぜ、コイツが3mもの巨体を持つのか、俺はその理由に思い当たった。
おそらく若くして、いや、あるいは生まれた頃から【ベクトル操作】を持つこの男にとって、自分の体重など思うがままだったのだろう。
重力というのは、質量と質量が引き合う力だ。そして体重というのは、俺達の体が星という巨大な質量に引き付けられる力の事である。
バウナウドゥは生まれた時から低重力という低負荷で過ごすうちに、体が他人よりも成長したのではないだろうか?
その結果が、今の3mの巨体なのだろう。
この三人が初見殺しの固有能力を持っているというのは最悪だ。
先ずは全員の固有能力の正体を見極めなければ、勝負のスタートラインにすら立てない。
俺の逃げ腰の気配を察したのだろう。小男が手に持った棒を掲げた。
棒の先端にマナが収束する。
「おっと、逃げちゃダメだよ。”土くれの城壁”」
ゴゴゴゴ・・・
波が引くように、地面の上を土が滑ると、高さ3m程の壁が俺達の周囲を円状に取り囲んだ。
驚くべき魔法だが、本人は自分の魔法の効果に納得していないようだ。
「あれ? この倍の高さになるはずだったんだけどな。僕が思っているより、こっちの世界は大気中のマナ濃度が低いみたいだ」
「なんだと? どうりで俺もイマイチ調子が出ねえと思った。まあ、ここは戦いのスパイスとでも思っておくか」
「関係なぁい。俺のベクトル操作は最強だぁ」
やはりあの棒はオリハルコン製――魔方陣が刻まれた装備だったようだ。
こっちの世界でも人間は魔法を使う事は出来ない。
人間が魔法を使うためには、アーティファクトと呼ばれる、ダンジョンで見付かる魔法を封じたスクロールを使うしかない。
スクロールは魔力を流すだけで誰でも魔法が使える優れものだが、一回限りの使い切りで、使用したスクロールからは魔法陣が消えてただの紙になってしまう。
オリハルコンはダンジョンの最奥でしか見つからない特別な金属だ。
魔力に強く反応する性質を持ち、刻まれている魔方陣に魔力を流す事で、なんら消耗することなく半永久的に魔法を使う事が出来る優れものなのである。
察するところ、小男の固有能力は魔法に関する常時発動系能力――体内の魔力総量の増加か、魔法使用時のマナ使用量の軽減、ないしは魔法効果アップかマナ回復量の増加じゃないだろうか?
しかし、幸いな事にヤツらも今は本調子ではないようだ。この世界はヤツらにとってアウェイだ。そうでなければ困る。
「オラ! 今度は俺が一番乗りだぜ!」
長髪が髪をなびかせながら、俺の懐に飛び込んで来た。
早い。が、俺の階位なら対応出来ない速さではない。
俺は長髪の拳を躱すと、細身の剣を――なんだ?
俺は飛び退くように大きくバックステップ。長髪の射程圏から逃げ出した。
何だ今の悪寒は?
長髪は伸ばした手を悔しそうに見つめていた。
どうやらパンチが外れたとみるや、その手でそのまま俺を掴もうとしていたようだ。
だが、長髪の狙いが分からない。掴まれた所で、俺がヤツに剣を突き刺せばいいだけの話だ。
これは格闘技の試合ではない。相手は素手。こちらは刃物を持っているのである。
俺が戸惑っている間に、今度は巨人のこん棒が振り下ろされた。
「うおっ!」
「危ねえ! テメエ、バウナウドゥ! 俺ごとぶっ潰すつもりか!」
くそっ! ゆっくり考える暇もない。
俺はこん棒を躱すと、巨人へと襲いかかろうとして――慌てて横に飛び退いた。
一瞬遅れて、俺のいた場所に炎の矢が三本、通り過ぎていった。
小男の放ったファイヤーアローの魔法だ。くそっ、厄介な。
「危ねえぞぉ! グエイドゥ!」
「いやいや、今のは僕が助けたよね。あのままならバウナウドゥ、君、白髪に腕を切られていたから」
小男はそう言いながら、次々とファイヤーアローを放つ。
低位の魔法とはいえ、ここまで連打出来るのは異常だ。
やはり小男の固有能力は、魔法に関する常時発動系らしい。
俺は躱しきれない分は細身の剣で切り払いながら、壁沿いを走った。
「魔法を切り払った?! あの剣、普通の剣じゃないね。魔法に耐性があるって事はミスリル製かな? ああ、なんてことだ。魔法使いの僕には相性最悪じゃないか」
「だったら引っ込んでろっての! 目の前をピュンピュン魔法が横切って、目障りなんだよ!」
小男のわざとらしい嘆きに、長髪が噛みついた。
長髪は上半身を真っ赤に染めながら、俺に掴みかかって来た。
「くっ!」
「ははっ! お前、中々カンがいいな! 初見でこうまで躱されたのは久しぶりだぜ!」
くそっ。長髪の固有能力が読めない。
俺は細身の剣を薙ぎ払ったが、苦し紛れの手振りの攻撃では長髪には当たらない。
逆に伸ばした手を掴まれそうになって、慌ててのけぞる羽目になった。
パチン!
その時、何かが弾けるような音がしたと思ったら、細身の剣の表面に極小さな火がついた。
火はあっという間に消えたが、今の現象は一体何だったんだろうか。
長髪は戦いに興奮しているのか、真っ赤になった顔を嬉しそうに歪めた。
「ははぁ! 今のは惜しかったぜ! だがお前、動きは素早いが、剣術は付け焼き刃だな? 動きが単調だし反応が素直過ぎるぜ。対人戦闘の経験は少ないだろ」
「へえ。それだけの強さを持ちながら、対人戦はあまり経験していないんだ。ちょっと意外だね」
俺の剣術はティルシアに習ったものだ。確かに長髪の言う通り実戦経験は少ない。
その鍛錬すら、仕事の忙しさにかまけて最近ではサボりがちになっている。
これからはティルシアに言われているように朝晩の素振りを欠かなさいようにしよう。俺は心に誓った。
――しまった!
一瞬の隙を突いて巨人がこん棒を薙ぎ払った。
ベクトル操作の固有能力を持つ巨人の攻撃は、武器を振りかぶるといった予備動作が発生しない。
まるで達人の放つ攻撃のように、気が付いたら攻撃が目の前に迫っているのだ。
なる程、本人が最強をうたう訳だ。物理攻撃においては、単純だがこれほど相性抜群な固有能力はそう無いだろう。
くそっ! 間に合え!
俺は側転の要領でこん棒の上を飛び越えた。まるでアクション映画だ。
映画ならピンチの俺が主役で、ここから一発逆転が始まる所だが、残念ながら現実はそう甘くはない。
俺は完全に封殺されたまま、反撃のきっかけすら掴めずに、ジリジリと押し込まれて行くのだった。
俺はヒヤリとさせられながらも、相手の攻撃を躱した。
このままではマズイ事は分かっている。だが、反撃の糸口が見つからないのだ。
幸い、ヤツらも三人で共闘する事に慣れていないらしい。味方への誤射を恐れてか、今の所おのおのの散発的な攻撃に終始している。
もし、コンビネーションで攻め立てられていれば、今頃とっくに俺の命は無かっただろう。
とはいえ、いつまでも敵のミスに助けられているばかりではいられない。
それに慣れて来たのか、徐々に三人の連携が取れ始めている。
戦いに関しては、ヤツらは憎らしいほどにしたたかで貪欲だ。
こうしている今も、三人の連携は次第に隙が無くなり、練度を上げている。
俺は追い込まれていた。
そして精神的にも肉体的にも疲労が蓄積していた。
今の均衡が崩れる時は近い。
パリィッ!
「くそっ! マジでその剣は厄介だぜ!」
俺は掴みかかって来た長髪を、辛うじて細身の剣で防いだ。
剣の表面に火花が散る。
戦いの中で、俺はようやく長髪の固有能力の正体を掴んでいた。
長髪の固有能力は【蓄電体質】とでも言うべきものだ。
コイツはまるでバッテリーのように体内に電気を溜め込み、触れた相手に電気を流し込むのだ。
それだけ聞くと随分とショボい能力のようだが、長髪の鍛え上げられた格闘能力が固有能力の危険性を跳ね上げている。
なにせ手や足で相手に触れるだけで攻撃が決まるのだ。触れた瞬間に相手は(今回の場合は俺は)感電する。
◇◇◇◇◇◇◇◇
日本でも高所作業車に乗った作業者が、高圧電線に触れて感電死するという事故が起こっている。
感電の影響は、電流の大きさ、流れた時間、触れた部位によっても変わるため、一概にこうとは言えない。
しかし一般に、100mAで即死。50mAで心室細動電流(心臓がケイレンを起こす電流量)で危険、とされている。
家庭用の100Ⅴ電圧であっても、心臓まひで死亡する事もあるのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇
長髪の電気が致死量に達するものではなかったとしても、人体は電気が流れると筋肉が痙攣して動けなくなる。
仮にその時間がほんの数秒だったとしても、激しい戦いの中で身動き一つ出来なくなる危険性は、あえて言うまでもないだろう。
極端な話をすれば、長髪は自分を相手の剣で切らせてもいいのである。剣が刺さった瞬間に電気を流せば、相手は感電で身動きが出来なくなり、電気ショックでそのまま死ぬか、動けない所を長髪に殺されてしまうだろう。
肉を切らせて骨を断つというヤツだ。
長髪がそれを狙わないのは、俺の階位が高すぎて、長髪が電気を流す前に俺がヤツの体を断ち切ってしまうからだ。
長髪が武器や防具――というよりも、寸鉄も身にまとっていないのは、おそらくは【蓄電体質】による弊害だ。
体から流れる電気で装備が過熱され、焼けた鉄で本人が火傷を負ってしまうのだろう。
真っ赤に染まった肌も、体に溜め込んだ電気の一部が熱に変換され、体の外に発散されているせいだと思われる。
(くそっ。一対一なら、いくらでもやりようがあるんだが・・・)
いくら長髪が体を鍛えているといっても、それでも俺の階位の身体能力の方が上回っている。
それは長髪に限った事ではなく、巨人や小男に対しても似たようなものだ。
こうして固有能力のネタが割れた以上、一対一なら最終的に身体能力の差で押し切れる自信がある。
いくらかつての力は出せないとはいえ、最高階位は伊達ではないのだ。
俺の見立てでは、六対四から七対三で俺の方が有利。といった所か。
しかし、ここがヤツらの厄介な所だ。
ヤツらは本能的に俺の潜在能力を嗅ぎ付け、一対一では敵わない事を悟り、三人がかりで挑んで来たのだ。
俺は彼らの勝利に対するしたたかさと貪欲さ。そして自分の迂闊さに、内心で臍を噛むのだった。
次回「ハンデマッチ」




