その8 固有能力
「階位の上限は10だ! 30なんて馬鹿げた数字はあり得ない!」
冒険者チーム・銀の弓矢のリーダー、オルトが叫んだ。
階位の上限は10。それがこの世界の常識だ。
スクロールで発動する魔法の階位上限は9。それよりも上は10ではなく【★】と表示される。
そのため、人間の階位も魔法と同様に上限は9。そして上限突破は10と考えられていた。
そして、『識別』のスクロールによると、この俺の階位は【★】。
だから俺は世間では階位10という事になっているのである。
俺はオルトの言葉を否定も肯定もしない。
今から戦う強敵に、これ以上の情報を与えてやるつもりはないからだ。
俺は黙って歩き出した。
俺の意図を汲んだ長髪がすかさず後に続いた。
次いで巨人が、最後に小男が続く。
赤毛の少年ベントが慌てて叫んだ。
「おい、待て! お前ら何処に行く!」
小男が呆れ顔で振り返った。
「君らがそれを言う? 白髪が気を利かせて、僕らの戦いに君らを巻き込まない場所に移動しているんじゃないか」
そういう事だ。
俺と戦いたがっている長髪は、絶対に俺の誘いに乗って来ると思っていた。
多分、コイツらは女だろうが年寄りだろうが、眉一筋動かさずに殺してのける血に飢えた外道だ。
しかし、戦いや強さに関しては、ある意味真摯に向き合っている。
異界の人間はみんなそうなのか、コイツらの価値観が特別なのかは分からない。
俺的には全く共感出来ない感覚なんだが。
だが、それならそれで別に構わない。俺はそれを利用してみんなに被害が及ばなくするだけの事だ。
思わぬ形で俺が三人も引き受ける形になったが、チーム・銀の弓矢のメンバーは大丈夫だろうか?
女一人とはいえ、なにせ得体のしれない強敵だ。
彼らだけでどこまで戦えるか――
「おい、この辺でそろそろいいんじゃないか?」
長髪はいつの間にか服をはだけると、鍛え上げられた上半身をむき出しにしていた。
見た感じ、地肌の色以外は俺達とそう違いはないようだ。
防具を身に着けないどころか、服まではだけるとは。
今から剣で切り合うんだぞ? 切られたら――いや、地面に倒れただけで、尖った石で肌を負傷しかねない。
それとも裸になるのに特別な理由があるのか? ちょっと想像も出来ないんだが。
露出趣味と言われた方がまだ納得が出来そうだ。
「そうだな。始めようか」
考えていても仕方がない。
俺は立ち止まると彼らに振り返った。
男達の顔に笑みが浮かび、抑えきれない殺気が立ち昇った。
俺はうんざりした気分にさせられていた。血を好む戦闘狂共の気持ちは全く理解が出来ない。
俺は痛い思いをするのもイヤなら、他人に痛い思いをさせて嬉ぶ趣味も無い。コイツらは一体、何が楽しくてこんな事をしているのだか。
「最近、退屈してたんだ。俺達を楽しませろよ」
長髪の言葉が戦いのゴングとなった。
先手を放ったのは巨人だった。
「テメエ、バウナウドゥ! ここは俺に譲れよな!」
長髪が文句を言っているが無視。
俺はサイドステップで、巨人バウナウドゥの振り下ろした巨大なこん棒を躱した。
――いや、マズイ!
ズドン! 大きな音を立てて地面に叩きつけられたこん棒は、慣性を無視した動きでそのまま横に薙ぎ払われた。
一体どんな筋力があれば、こんなデタラメな動きが可能になるんだ?!
俺は地面に体を投げ出して、ギリギリの所でこん棒の下をくぐり抜けた。
死に体となった俺の頭を目掛けて、今度は長髪の足が振り下ろされる。
くそっ! 間に合え!
「おい! 何だ今の動きは?!」
何とか間に合った。
不自然にピタリと動きを止めた俺に、長髪の攻撃は空振りに終わった。
俺は慌てて立ち上がると長髪から距離を取った。
しかし、まさか初手から切り札を使わされる羽目になるとは。
コイツらの力を決して甘く見ていたつもりはないが、予想以上に厳しい戦いの予感に、俺の背中にイヤな汗が伝っていた。
「面白え! やっぱ、お前も【固有能力】を持ってやがったんだな!」
嬉しそうに叫ぶ長髪。
固有能力? 何の話だ? ――いや、待て、そういう事か。
最悪の予想に、俺は顔から血の気が引くのを感じた。
長髪の言う、固有能力。間違いない。ヤツらの世界の【スキル】の事だ。
そして長髪は「お前も」と言った。「お前は」ではない「お前も」だ。
つまりコイツらはスキルを持っている。
ただの強者ではなかった。コイツらはスキル持ちの強者だったのだ!
階位、魔法、ダンジョン、モンスター。この異世界フォスには、俺の元の世界には無いモノがいくつも存在している。
俺がこの世界をまるでゲームのようだと感じている所以である。
【スキル】もその一つだ。
スキルは階位とは違い、必ずしも全員が持っているわけではない。大抵が後天的に手に入れるもので、この世界ではそれを「スキルが生える」と呼んでいる。また、本人の資質に合った行動を取っていれば生えやすい傾向にある、とも聞く。
スキルは純粋に本人の能力に下駄をはかせるものであって、魔法や超能力のような得体のしれないものではない。
よって、空を飛ぶスキルや、手を振れずに物を動かすスキル、なんてものは存在しないのだ。
かつて俺もスキルを持っていた。【ローグダンジョンRPG】というスキルだ。
ダンジョンの中では限界突破で階位が上がるが、その代償として、ダンジョンから出ると階位が1にリセットされてしまうという、恐ろしくアクが強く、使い勝手の悪いスキルだった。
俺はスキル:ローグダンジョンRPGによって、階位の上限【★】を得たが、原初の神フォスがこの世界を去ると同時に、そのスキルも消滅している。
幸い上がった階位まで消えたわけではなかったので、今もこうしていられるが、もし、スキルの消滅と共に階位も1に戻っていたら、俺のボロボロの体は耐えられなかっただろう。
――最悪だ。
スキルというのは、どういうものであれ、本人の能力を底上げするものになる。
そうでなくても強力な敵が、スキルという隠し玉まで持っているというのだ。
厄介などというレベルの話ではない。
小男が興味深そうに巨人を見上げた。
「今の動き、不自然だったよね。ひょっとして彼の固有能力はバウナウドゥと同じ系統のものなのかもね」
「ふん。どうせたまたまだぁ」
さっき俺が使った切り札の事か?
あれはスキルじゃない――というか、スキルでもあんな事は出来ない。
あれは魔法だ。
俺は階位上限突破をした事で、スクロールを使わなくても魔法が使えるようになっている。
とはいうものの、大気中のマナ濃度が低い場所――例えばダンジョンの外では、その使用にはかなりの制限がかかる。
ゲームのキャラクターのように、戦闘中にお手軽に魔法を使うという訳にはいかないのだ。
さっき俺が使ったのは、今の俺が使える数少ない魔法。【力の向きを操作する魔法】だ。
俺は慣性を無理やり消し去る事で、長髪の攻撃のタイミングを僅かにずらしたのだ。
ベクトル操作の魔法は、原理の上では惑星の重力を遮断して、それこそ宙に浮く事だって出来る。ある意味、ぶっ壊れ性能のチート魔法である。
しかし、魔法というものは、発動には本人の体内のマナを。一度発動した魔法を持続させるためには大量に大気中のマナを消費する。
火を思い浮かべて貰えば分かるかもしれない。
火は空気中の酸素を消費して燃焼を維持する。それと同じように、魔法も空気中のマナを消費して魔法を維持するのだ。
仮に人間一人を宙に浮かせようと思ったら、あっという間に周辺のマナを使い果たしてしまうだろう。それこそケタ外れに大気中のマナの濃度の濃い、ダンジョンの最奥でもなければ不可能なのだ。
巨人は不満そうに「ふん」と鼻を鳴らした。
「俺の固有能力は最強だぁ。【ベクトル操作】に敵うヤツはいねぇ」
「なっ・・・」
おい、このデカブツは今、何て言った?
驚愕する俺の顔を見て、長髪と小男が苦笑いをしている。
「バウナウドゥ、相手に自分の手の内を明かすのは感心しないよ」
「お前・・・確かにお前の固有能力はスゲエと思うが、使うヤツの頭がおそまつだとどうしようもないな」
「何だとぉ?! お前ら俺を馬鹿にするのかぁ?!」
何とも気が抜けそうになる会話だが、俺は絶望のあまりこの場を逃げ出したくなっていた。
俺はコイツらはスキルを持っていると考えていた。コイツらの言う【固有能力】は【スキル】の事だと思っていたのだ。
だがさっき、巨人は自分の固有能力が【ベクトル操作】だと言い切った。
さっきも説明したが、スキルは人間の能力を底上げするもので、持っていない能力を付け加えるものではない。
だから当然、スキルにはベクトル操作なんてものは存在しない。人間には重力や慣性を自由に消し去る力は無いからだ。
固有能力はスキルなんて生易しいものじゃなかった。
完全にスキルの上位互換。正に【チート能力】だったのだ。
敵は初見殺しのチートを持つ相手が三人。
俺は目の前が暗くなる思いがした。
次回「チート」




