その7 四人の来訪者
いつの間にか、全員がこの場所に集まっていた。
誰かの喉が緊張でゴクリと鳴った。
モヤの中をこちらに歩いて来る四つの影。
近付いて来た事で姿が鮮明になった。
一番最初に目を引くのは優に3mはある巨人である。
体に比べて頭が妙に小さく見えるのは、身長が高すぎるからで、頭の大きさ自体は普通なのかもしれない。
俺の胴体よりも太い腕に、全身を覆う金属鎧。背中には巨大なこん棒を背負っている。
典型的なパワーファイター、といった感じだ。
次は肩幅の広い筋肉質な男。長い髪を肩まで伸ばしている。
和服のような前合わせの服に、ゆったりとした袴のようなズボン。
防具どころか武器の類すら見当たらない。コイツだけまさかの非武装である。
次は均整の取れた高身長の女。一言で言えば”色気たっぷりの女子プロレスの選手”だろうか。
ぴっちりと肌に張り付いた鎧は露出が多く、ゲームの女キャラが装備しているようなビキニアーマーといった感じか。
メリハリのある女の体の線を隠す事なく見せつけている。
中々に目の毒な恰好だが、この女の美しさは毒を持った生き物の美しさだ。迂闊に視線を奪われると、その瞬間に腰の細身の剣に命を刈り取られるのだろう。女はそう思わせるだけの血生臭い雰囲気を漂わせていた。
最後は小柄な男だ。少年のようでもあり、老成した大人のようでもある。一人だけ笑みを浮かべているのが逆に不気味さを感じさせる。武器は金属棒か?
いや、違う。ただの金属棒じゃない。あの光沢。おそらく杖持ちゴブリンの杖に埋まっていた金属片と同じ、【オリハルコン】だ。
つまりコイツの得意攻撃は魔法なのだろう。
この一見、何のまとまりもない四人には、共通の特徴があった。
全員、右の瞳は濁った赤目で白目がなく、銀髪、そして額にはねじくれた二本の角が生えている。そして日に焼けた肌は良く見れば肌色ではなく、紫色をしていた。
人間ではない。そしてゴブリンとは明らかに比べ物にならない強者の佇まい。
まさかコイツらが、原初の神フォスが言っていた、【異界神の使徒】なのか?
和服の長髪がグルリと周囲を見回した。
「いくら小兵を送り込んでも、誰も戻って来ないと思えば・・・なんだ。全員殺されているじゃないか」
男はゴブリンの死体を見て眉をひそめると、俺達を――いや、俺をジッと見つめた。
「なあ。コイツはお前がやったのか?」
俺が返事をためらっていると、チーム・銀の弓矢のリーダー、オルトが一歩前に出た。
「そこのゴブリンなら俺達がやった! いきなり襲い掛かって来たため、返り討ちにせざるを得なかったのだ!」
長髪は、初めてオルトの存在に気が付いた、といった顔になった。
銀の弓矢の少年達は、長髪の態度にムッと苛立ちの表情を浮かべた。
オルトは長髪の態度を気にせずに続けた。
「もしや、君達もこの場所から移動出来なくなっているのか? もしそうであれば、脱出の協力をしてほしい。仲間を倒した我々に思う所はあるかもしれないが、今は互いに争うよりもこの場所から脱出「そうかぁ。お前達がやったのかぁ」
オルトの言葉を遮って、巨人がこん棒を振り上げた。
のんびりとした口調とは裏腹に、その動きは予想外に素早く、よどみが無かった。
赤毛の少年ベントがバスタードソードを手に前に飛び出した。
リーダーを庇うつもりなのだろう。
だが、遅い。その動きだしでは間に合わない。
ズドン!
「ハ、ハルト・・・」
「――くっ。・・・オルト、下がれ」
俺はベントよりも早く飛び出すと、腕を頭上でクロスさせて巨人のこん棒を受け止めた。
いつの間にか目の前に現れた俺に、オルトが目を丸くして驚いている。
――隙あらばこのままヤツらに切りつけようとも思っていたが、その考えは甘すぎたか。
俺は腕の痛みに悲鳴を上げないようにするだけで精一杯だった。
階位上限突破の俺にここまでのダメージを負わせるとは・・・。この巨人、恐ろしい膂力である。
前に出て当たり所をずらしていなければ、腕の骨を折られていたかもしれない。
「へえ。バウナウドゥの攻撃を素手で受け止めるんだ」
小男が嬉しそうに呟いた。
巨人バウナウドゥは、俺にこん棒を受け止められたのが不満だったのだろう。もう一度こん棒を振り上げて、叩きつけようとした。
「下がれよバウナウドゥ。今は俺が話している所だぜ」
長髪が巨人の脇腹に触れると、どんな力が加わったのか、それだけで巨人は膝を折った。
「うぐぅ・・・ドゥマイェてめえ・・・」
「ドゥマイェ。仲間に攻撃をするのは良くないよ」
小男の指摘に長髪の男ドゥマイェは、「はん」と鼻を鳴らすと気取ったポーズを取った。
小男は呆れ顔でヤレヤレとかぶりを振っている。
ヤツらが揉めている間に、俺は手をさすってしびれを取りながら、オルト達の位置まで下がった。
「ハルト。助かったよ」
「構わない。それより気を付けろ。会話だけ聞いていると緩そうだが、ヤツらはただ者じゃないぞ」
おそらくこの四人こそが、原初の神フォスが警告した異界神の使徒に違いない。
もしもヤツらにその気があれば、俺が動けない間にオルト達を簡単に殺していただろう。
俺か? 俺はやられるつもりはない。階位上限突破の力でヤツらに目に物を見せてやるだけだ。
だが、今の俺は本調子ではない。ヤツらの力もまだ底が知れない以上、苦戦は必至、といった所だろうか。
ビキニアーマーの女が俺達をねめつけた。
「あのお方の命令は、この地に【門】を作る事。邪魔者は消してしまうべきだわ」
「まあ待ってよハウジェイ。この場所にこちら側の世界の人間が迷い込んでいたのは想定外だ。僕としては、殺してしまう前に是非原因を探りたいね」
「不要よ」
女は小男の提案をキッパリと跳ね除けた。
「邪魔者は殺すまで。グエイドゥ。あなたのお楽しみを邪魔するつもりはないけど、我々にとってあのお方の命令は何よりも優先されるべきもの。あのお方が消せとおっしゃった以上、我々はその命令を守って行動するだけだわ」
この言葉には巨人も長髪の男も異論は無いようだ。
小男はつまらなさそうな顔で自分の意見を引っ込めた。
なんて事だ。今の話から察するに、コイツらを従える、より上位の存在がいるのか。
俺は舌打ちをしたい気持ちを堪えた。
俺達は距離を置いて対峙した。
敵の数は四人。
丸太のようなこん棒を軽々と振り回す怪力の巨人。
謎の技で巨人に膝をつかせた、無手の長髪の男。
細身の剣を腰に佩いたビキニアーマーの女。
オリハルコンの棒で何らかの魔法を使うであろう得体のしれない小男。
対してこちらは俺。
そしてCランク冒険者チーム・銀の弓矢のリーダー、攻守にバランスの取れた剣士オルト。
バスタードソードを使う赤毛の少年ベント。
遊撃手の帽子の少年ブラウニー。
あと一人、リーダーの妹ソフィアもいるが、こちらはドルトルの爺さん達と一緒で戦力外と考えてもいいだろう。
戦闘要員の数は奇しくも敵味方同じ四対四。
ただし、チーム・銀の弓矢の三人は、所詮は階位6と5でしかない。
この異界の剣士達には一対一では到底太刀打ち出来ないだろう。
そして、俺も戦いの中で彼らを守れる自信は無い。
(まともに戦えば、最初の当たりでベントが切られ、次の瞬間にブラウニーとオルトが死ぬ事になるだろう。せめて非戦闘員――ドルトルの爺さんと看護師のヘルザは守らないと)
俺は静かに覚悟を決めると、腰の細身の剣を抜いた。
小男はビキニアーマーの女に言い放った。
「じゃあハウジェイは、そっちのザコをまとめてよろしく。僕達はそっちの白い髪のヤツと戦うから」
「はぁ?」
呆気にとられる女――ハウジェイ。長髪の男と巨人も嬉しそうに小男に追従した。
「はっ! そりゃいいや。お前さっき、あのお方のために邪魔者を始末するって言ったよな? 早速、自分の言葉を守ってくれや。俺はグエイドゥと一緒に白髪と戦うんでヨロシク」
「違いないぃ。俺もグエイドゥに賛成だぞぉ」
「ちょっと、アンタ達! くそっ! 私に面倒を押し付けるつもりだね?! ――ああもう! 全員後で覚えてな!」
どうやら敵の男三人は、全員で俺一人にかかるつもりのようだ。
チーム・銀の弓矢の三人はこの女一人で十分という事か。
舐められた、と感じたのか、赤毛の少年ベントの額に青筋が立った。
「俺達の相手が女一人で、ハルトには男三人がかりだと?! テメエらふざけてんじゃねえぞ!」
「よせ、ベント!」
チームリーダーのオルトがいきり立つ少年を素早く諫めた。
流石に彼は、敵の底知れぬ強さを薄々感じているようだ。
「不満があるなら、少しでも早く相手を倒してハルトの助けに入ればいいだけだ。違うか?」
「それは・・・ちっ、分かったよ。ハルト! 俺達が助けに行くまでやられんじゃねえぞ!」
「はあ? 助ける? お前マジで馬鹿だろ」
長髪が心底呆れた顔でベントを見つめた。
「お前らの中ではそこの白髪がぶっちぎりで強いに決まってるだろ。
ネズミの群れの中に狼が混じっているようなもんだ。白髪はお前のような子ネズミに心配されるようなタマじゃねえんだよ。
なあ、お前。ひょっとして白髪に仲間扱いされて、自分も狼になったと勘違いしているんじゃねえか? もしそうなら、お前、かなり恥ずかしいぜ。ネズミはネズミらしく身の程をわきまえときな」
「なっ・・・」
長髪の辛辣な言葉に、ベントは怒りのあまり言葉が出ない。
小男と巨人が続けた。
「確かにドゥマイェの言う通りかな。戦ってみなければ分からないけど、白髪の風格は、ある意味僕達を超えているよね。まあ、負ける気は全然しないけど」
「当然だぁ。俺達は強いぃ」
「ふ、ふざけんな!」
ベントは怒りに駆られてバスタードソードを地面に叩きつけた。
帽子の少年ブラウニーが仲間を押さえると、納得いかない顔で長髪を睨み付けた。
「ハルトは階位10だ。けど、瀕死の重傷を負って、今は階位10の力は出せないと聞いている。それに比べて俺とベントは階位5。リーダーのオルトは階位6だ。
お前達は、高階位の俺達三人を合わせたよりも、力が衰えているハルト一人の方が強いとでも言うのか?」
「たりめーだ。話にもならねえよ」
長髪はブラウニーの言葉を、間髪入れずにバッサリと切り捨てた。
絶句するブラウニーに、小男が声をかけた。
「階位とかいうのが、何を意味しているのか僕達は知らないけどさ。君らが力を計る時の物差しだって事は分かったよ。
で? 君ら二人が階位5で、そっちの彼が階位6? だったらさ。白髪の階位が10っていうのは、どう考えてもおかしいよね? 階位30はないとウソだよ」
「「「なっ?!」」」
驚いたのはこちら側の者達だけだった。
異界神の使徒達は、全員、涼しい顔で小男の言葉を聞いている。
「階位の上限は10だ! 30なんて馬鹿げた数字はあり得ない!」
リーダーのオルトが叫んだ。階位の上限は10。
そう。それがこの世界の常識だ。
俺は否定も肯定もしない。
今から戦う強敵に、これ以上の情報を与えてやるつもりはないからだ。
次回「固有能力」