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高寺このえ


夕方、高寺このえの携帯に、蓮宮ありす《はすみや》の着信が入った。


真っ白な寝間着を乱しながら、空ろな思考と気怠い体を引きずって、このえは電話に出た。


「はい、このえです…」


「このえ?私よ。

…怠そうね…またお薬を飲まされたの?」


「…ええ…」


「そう、可哀相に。

ねぇ、あの話、した?」


「しましたわ。

二日前の夜に…」


「どうだった?」


「分からないのです。

今、両親が…偶然こちらに来て居た伯父に、会いに行って居ますわ…」


「じゃあ、うちのママが居ないのもソレね」


このえは電話を手にしたまま、座布団を二枚、重ねた上に腰を下ろす。


頭が冴えないので、下女に淹れさせた白湯を口にしながら、元気なありすの声に耳を傾ける。


「…そう」


「大丈夫ですの?

頭、朦朧と言う感じですわ」


「…ええ。

薬、効いているのだわ。

…多分、上手く行くと思いますの…。

お医者が転地療養や、入院を薦めてらっしゃるの…随分断ったから…

貴女に言われた様に……ありすと草美島なら行っても良いと言えば…

きっと…」


「アソコの伯父様、お優しいもの。

それに本土から離れれば、五月蠅い奴等もいないし、羽を伸ばせるわ。

このえの病気は、きっとこんなゴミゴミした都会には合わないのよ。

もっとゆったりとした優雅な場所で過ごせば良くなるわ!」


「…そう、ですね。

…私が家を出れば、父も母も気が休まるでしょう…随分と追い出したかってましたもの…」


「本当よね。

病気だからって、家で看病一つしないで…

このえを目の敵にして。

許せませんわ」


「私は…嫌われているのですわ…。

幼少期から病弱で塞ぎがちでしたし…」


「それも終わりよ。

良くなって帰るか、親をこちらから捨ててやれば良いんですわ」


「…そうね…」


「じゃあまた連絡するわ、お休みこのえ」


「ええ…お休みありす」

携帯を切ると、このえは白湯を飲み干した。


そしてそのまま、何時間もそこでぼぅ…っと虚無の孤独と戦い、それに無残に引き裂かれ…涙を零すのだった。


2008,

11月24日。

――晴のち曇り夜間より雨。


今日は、朝に玄米と焼魚、ホウレン草の味噌汁。じゃこの胡桃あえを食べさせられた。


発病してから、なぜこんなに……色の無いご飯を食べさせられているんだろう。


薄暗い部屋の中で、まるで座敷牢みたいに悲しげに…囚人みたいに隔離されてご飯を食べるんだろう……。


食後、グチャグチャのゼリーに混ぜられたソラナックス、ホリゾンを投与される。


はがい締めにされて、顎を押し開けられて、あの苦くて辛くて、嫌な味がする薬を飲まされた。


―――何も、やる気がしない―――


ぼう、と天井を眺める。

6時間後、家庭教師がやって来た。


勉強に身をいれたくても入らない。


酷く憂鬱だ。


先生は好き。


私を褒めてくれる。

空ろな頭で時間が掛かっても問題を解くと、彼女は笑ってくれる。


内緒よ、と言って、禁止された砂糖の塊を私にくれる。


甘い甘い鼈甲。


そしてごめんね、と顔を歪ませる。


助けてあげられないから。




11月26日


今日は曇りだった。

今日は薬がなかった。


気分が良い。


家庭教師の先生と話していた。


改めて、高寺の家に付いて聞かれたのだ。


私の家は特殊だ。


一応、巫女筋の家になるのだが、何処の神社にも属して居ない…。

昔はあったらしいが、廃れ消えたと聞いて居る。


母様で18代目、今は神楽を各神社に奉納したり、稽古を付けたり、御祓い等の仕事をしている。


それは表向きだが…。


裏ではとても浅ましい、人には言えない様な事もしている。


その19代目が私となり、正直うんざりする。


ひのえと言う一つ違いの妹がいるが、彼女が継げば良いと、常々思う。


だが、私から19代目という肩書きが消えたら、それこそ母様は私を捨てるだろう。



高寺は、そう言う家だ。

伝統を紡ぐだけに子孫を産み、それだけを任務として、冷たく重しを課すような家なのだ。



寂しい…




2008,11月28日――曇り後、晴


昼食に、ふとパスタが食べたい…と漏らした。


無視された…。


女中は私を何と思って接してるのだろうか?


怠慢な病気に掛かった我が儘な子だろうか?


夕食後、デパス、ハルシオンを投与される。


その後は意識が混濁して、記憶は消えた。


朝、目が覚めた





200811月29日。

今日は雪。


朝食の後、涙が零れた。


何とも無いのに泣いた。


泣いた所を見られてしまったから…薬が出て来る……。


湯飲みを割って、抵抗したけれど…飲まされた。

ホリゾンの投与。


何もしたくない。


午後1時。

家庭教師がいつもと違う様子でやって来た。


いつもより華やかでパリッとしたピンクのスーツ…。

花の様な香りの香水をして、髪をクルクルと巻いていた。


妙な程に

「女」を感じさせる。


それに対して、私は嫌悪を覚えた。


「ごめんなさい、これが最後なの…」


と、最後の飴をくれて、自分は寿退社する事になったと告げた。


…………裏切られた。


いつもは可哀相だと同情しながら、真剣に私を思うと言いながら、実はそれはその場限りで…。


あっさりと自分の幸せを見つけると、私の事は忘れてしまうのだろう。



そのごめんなさい、と言う声から…幸せな色が滲むのを…私は見逃さなかった。






200812月2日

―――快晴の雪


次の家庭教師が来るまで、自習になる。


あいつは、私に同情してじぶんを責めてたくせに、さっさと消えて行った……。


だったら、こんな大人の助けはいらない。


もっと強い大人…


もっと懐が深い人を探さなきゃ………。


きっと両親は私を捨てる。

だって隔離病棟に入院を勧めるんだ。


あんな所は嫌だ。


私は健常者に近いんだから…!


あそこまで酷くないんだから……!


四つん這いになって歩く奴や、手が真っ赤になるまで洗う奴とか、水で腹を膨らませる奴なんかと一緒に生活出来る物か。

あいつらがオカシイんだ。


私は普通よ…。


ちょっと心が疲れただけよ。


馬鹿にしてる。


死にたい…

死にたくない…

遠くに行きたい…


親も使用人もあいつも大嫌いだ。





12月18日


――――雪


年賀状を書けと言われた。


出す相手なんて居ないというのに…この嫌がらせ!!


また白湯しかくれない。

また色の無い食事。


嫌な味の薬!!


甘い物が食べたい。

あのかわいらしい、鮮やかなお菓子。

緑の美しいお茶…。


なんで医者はそれを禁止したんだ!


砂糖がなぜ毒だと言うのか!!


あいつからなんで、結婚報告がくるんだ!!


みんな居なくなれば良い!!!


湯飲みを割ってやった…。

破片が如何に鋭いか…。

嗚呼、悪い子だ。

切らなきゃ無いね…。





12月20日


昨日から湯飲みが木製になった。


割れても切れない様に。

食器も木製。


なんて事だ……。



今日…

自分を親友と言う…ありすから電話があった。


いつもの学校の愚痴だ。

頭が悪いのではないかと周りを罵っている。


苛めを受けて居るらしいのは内容から把握できたが。

気丈な彼女は認めたくないらしい。


私に、執拗に伯父の島に行くよう願い出て居る。


結局は自分の為。





12月30日


新年が変わろうとする少し前。


来年なんて真っ白なものか………。


きっと灰色だ。


新しい家庭教師は、馬鹿な大人だ。


事務的でこちらのペースなんてお構いなしに。


嗚呼、うざったらしい。




2009,2月14日


チョコ会社が微々たる儲けを作る今日。


あいつから友チョコなるものが来たらしいが、捨てられた。


カードだけを受け取る。




3月28日


かねてより、ありすの説得に負けて、計画を練る事にした。





4,13


計画が動いた。


私が療養するなら伯父の島に行くと願い出て、ありすと同行を条件に島流しを希望。


親は考えさせてくれという…。


追記

それから数日後…

ありすからの電話。


親の不在と伯父が本土に来て居た事実を知る。


両親帰宅後、忙しい荷造りが始まって…明日からここを去る。




少しは…希望を持ちたい。

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