8#クドゥー・ラク
夕食は、トマトがメインのサラダと、オニオンスープ。
野菜がふんだんに使われたキッシュが出た。
テイトは昨夜と同じようにナルと向かい合ってテーブルにつき、食事をした。
ナルは取り繕うのが下手なのか、何事も無いフリが出来ていない。
だが、テイトは何も気付いてないフリをし続けた。
会話は少なく、美味しい料理のハズなのに、テイトには味も何も感じられなかった。
やがて、テイトは今日は歩いて疲れたので、早めに休みたいとベッドを借りた。
深夜
ナルが小屋から出て行った。
テイトはクルースニクの装束を身に着け、武器を持ちナルの後をつける。
あまり近付くと気付かれるかも知れない、と距離を取るテイト。
ナルは一旦村の中に入ってから、ラナと、二人の若い女、三人の若い男と共に村の外に出て来た。
よく見ると、ナル以外の六人は軍服のような服を着ている。
ナルを含め七人は跳ぶように駆け出した。
古城の方に向かうようだ。
テイトも同じく走り出す。
かなり身体を鍛えているテイトでさえ、息が苦しくなる速度で、平然と駆けて行くナルたち。
「こんなの…普通の人間じゃねぇよ…」
テイトは思わず呟く。
走りながら、若い男の一人がラナに声を掛けた。
「隊長、私はもう我慢なりません!私の友人は奴等に殺されました!私は奴等に復讐したい、友人の仇を取りたい!」
ラナは首を振る。
「それでも…だ…、我等の主は我々がその手を人の血で染める事を許しはしない。……たとえ、相手がクドゥー・ラクだったとしてもだ。」
テイトは意外な言葉を聞いて驚いている。
クドゥー・ラク
海を越えた遠方のとある国にあるという、テイト達と同じように教典を持つ、宗教組織の名前だ。
ただ、彼等の信仰は人としての道にもとる。
彼等は吸血鬼の始祖を探し出し、崇め、自分たちを選ばれた人間として闇の神々の眷族の末席に加えて貰う事を願っている。
それゆえに、自分たち以外の人間を軽んじ、殺す事も厭わない。
そんな輩がいるのは聞いてはいたが、遥か遠方から海を渡ってまで、この村に訪れる理由が分からない。
いや、分からない訳では無い…。
やはり、この付近には吸血鬼の始祖と関係のある何かがあるのだ。
「ナル様、あの若い、クルースニクは…?」
若い女がナルに尋ねる。
テイトは自分の事を話しているのだと知り、聞き耳を立てた。
「眠って貰っています。彼がいたら…彼が、真っ先に命を狙われてしまう。それは…イヤ…。」
「………ナル様……。」
ラナが呟いた。
ラナをはじめ、若い男女はナルをナル様と呼ぶ。
テイトは、一番除外したかった可能性に行き着いた。
ナルが始祖ではないかと。
いや、だが、ナルもラナも太陽の下を普通に歩いていた。
ニンニクも平気そうだし、銀のアクセサリーも自ら着けている位だ。
頭が混乱してくる。吸血鬼ではないのか?
やがて、暗闇に浮かぶような古城に辿り着いた。
古城の回りには、小隊規模の武装した男達がいる。
馬に跨がった隊長らしき男が、古城を背にして大きな声をあげる。
「我等が女神、ルナティックよ!お迎えに上がりました!さあ、我々と共にかの地へ!」
「黙れ!我が主をみすみす渡すか!命惜しくば、とっとと消え失せろ!」
ラナが前に立ち、声をあげる。
「たかが吸血鬼ごときに用は無いわ!我等が欲しいのは女神ルナティック!吸血鬼の始祖、狂気の女神!我等が教皇の妻!」
「下郎!我が主を、その名で呼ぶな!!」
ラナは高く飛びあがり、男に剣を叩きつける。
「相変わらず甘い!人も殺せぬ吸血鬼など、ネズミを捕らぬ猫より価値が無いわ!」
ラナは剣の刃を立てないで、男に叩きつけようとした。男はそれを馬に乗ったまま自らの剣で受け、そのままラナの腹部に蹴りを入れる。
ラナは衝撃を受け流すよう、宙で一回バック転し、体勢を整える。
「ふはは!今宵は村の人間を連れて来なかったのだな!それは、賢明な判断だ!人間は簡単に死ぬからな?ほーら、そこの!お前を守って死んだヤツがいたろ?」
村を出てすぐに、ラナに話しかけていた若い男の目が赤く染まる。
「お前…!お前が!俺の友を!よくも俺の友を!」
隠れて見ていたテイトは息を飲む。
その青年の姿は、今までテイトが屠ってきたバンパイアと同じ姿だった。