4#ナルと月のピアス。
食事が終わった頃、夕陽が部屋に射し込んだ。
ここ最近、移動の途中で乾燥した穀物や果物をかじる程度の食事しかしてなかったテイトにとって、テーブルについて温かな料理をじっくりと味わう事が出来るのが、凄く嬉しかった。
テイトは時間が経つのも忘れて美味しい料理を食べながら、少女と会話を楽しんだ。
気がつけば夕方で
「すみません、長々と居座ってしまって…!」
焦って立ち上がるも、ナルはニッコリ笑って首を振る。
「今夜は泊まって下さいって言いましたよ?夜道は危ないでしょう?明日の朝、古城に案内しますから」
天使だ…。俺の天使。もう俺だけの天使。もう誰にも渡したくねぇ、つか見せたくもねぇ。何で、こんな子居るの?この世に存在してるの?色々ヤバくね?回りがほっとかないだろ!?普通!
「クルースニク…」
ナルが呟く。その声に、妄想世界から引き戻された。
「ええ、知ってらっしゃるので?私の姿を見て、お気付きになりましたか?」
背に赤い十字架の刺繍が入った白のロングコートは、クルースニクの制服でもある。
教会に所属し、教典の教えに従い吸血鬼を屠る者。
だが、その地位は決して高くは無い。命を賭して戦わされ、勝って戻れば次の仕事が来る。
死んでしまえば新しいクルースニクが替わりに入る。
使い捨ての駒と同じである。
「テイトさん、吸血鬼を探してらっしゃるの…?」
ナルは悲しげな瞳を向けてくる。何かあったのだろうか…?彼女が一人で居る理由…まさか吸血鬼に家族を奪われたのか?
「テイトさん、よろしかったら教典…見せて頂けませんか?私も、神々の戦いの記述と、吸血鬼について知りたいの…」
断る理由はなかった。教典をナルに渡す。
ナルは、ランプに明りを灯し、日が落ちて暗くなりかけた部屋を少し明るくする。
「難しい単語や読みにくい字があれば、言って下さいね」
読み書きを学んだ元貴族令嬢だったとしても、まだ幼い少女には読み解くのは難しいだろうと声を掛ける。
ナルは一度コクンと頷いて、教典を読むのに没頭した。
「……テイトさん、吸血鬼の弱点みたいな記述があるのですけど…銀の武器、製品、太陽、聖水、ニンニク…?」
「ええ、だから銀のアクセサリーなんかを身に付けているだけでも吸血鬼避けの効果があるみたいですよ?」
テイトにしてみれば、そう書いてはあるが試した事もなければ身近な誰かに話を聞いた事も無い。
胡散臭い内容だと思っている。
だが、吸血鬼を怖がっている美少女の不安を少しでも和らげてあげれるならば。
「銀のアクセサリーでしたら、私、月のピアスをしてますよ、ほら」
耳を隠していた髪を耳に掛け、ナルはテイトに耳を見せる。
白くて美味しそうな耳を見せられ、唾を飲み込む。誘ってる?誘われてる?これ、襲っても大丈夫なやつ?ちょ、誰か後押ししてくれ!つか、月のピアスって、ただの丸いピアスじゃないの!?
「テイトさん、月のピアスって丸いだけじゃんとか思ってるでしょう?ちゃんと見て下さいね?」
思っていた事を当てられ、ドキッとしたが、そっちで良かった…前半思考、当てられていたら即連行だよ。
「じゃあ、良く見るので近付きますよ?」
メチャクチャ顔を耳に近付ける。
ピアスは…小さな球体で、よくよく見るとクレーターがある。確かに月だ、これ。
細工こまけぇな!意外にすごい職人技!
少し感動し、思わず呼吸が荒くなってしまった。
「…っあ……ン…ん…」
ナルの耳に吐息が掛かったようで、ナルがくすぐったがって声を出して身動ぎをした。
クソヤベェ!いやいやいやいや!ちょ、落ち着け俺!聖職者だ俺!いい大人だよ?俺!少女食べちゃいたいとか思っちゃラメェ!いや、駄目だから!
ナルに見えないように自分で自分の太腿をつねる。
痛みでよこしまな感情に堪える。
「こっ…今夜は…疲れたので…!寝床をお借りしてよろしいでしょうか!」
最後の方は、叫びにも近いお願いになっていた。
俺の理性が保つ内に寝てしまわないと色々ヤバイ。
「お疲れですものね、どうぞ?」
なっちゃんは、ニッコリ笑ってベッドに案内してくれた。いや、そこ、なっちゃんのベッド!
「いや、私は…部屋の隅に場所をお借り出来たら、そのまま寝ますので…」
「駄目です、そんなの!美味しい食事を取った後は、ちゃんとベッドで休まないと疲れ取れませんから!」
グイグイとベッドの方に身体が押される。
「私はまだ、教典を読んでいたいので先にお休みになって下さいね」
「では…お言葉に甘えて…」
テイトはコートを脱ぎ、ベッドに横になった。