2#なっちゃんとテイト。
右も左も畑に囲まれた田舎道をまっすぐ進むと、村と外を隔てる柵が見えた。
柵と言っても簡単な作りで、外敵から村を守るといった堅牢な造りとは程遠い。
本当に平和でのどかなだけの農村であるのだろうか?
吸血鬼に脅かされているような雰囲気は皆無だ。
道を挟んで柵と柵の間にロープが一本張ってある。
これが裏門なのか?
簡単にまたげてしまう。
青年はロープをまたいで村の外に出た。
村の真ん中を通ってそのまま村の外に続く一本道を黙々と歩いて行く。
木々が生え、少し薄暗くなる。
このまま、太陽を遮る深い森となるならば吸血鬼には都合が良いのでは……
と考えたが、林はいきなりプッツリ途切れ、先ほどの農村のように広い畑が目の前に現れた。
そして、ほっかむりの女が言っていた小屋らしきもの。
「なっちゃん…ナッチャン様?…」
そういえば、どんな人物かは全く聞いてなかった。
この小屋の大きさからして、家族で住まうには狭いようだ。
では、一人で住んでいるとして、古城の持ち主だと言うのなら元貴族かも知れない。
考えていても埒が開かないので、ドアをノックする。
返事はない。
「……参ったな…勝手に城に入ったら駄目だと言われているし…」
青年は辺りを見回して、畑の方に向かう。
小屋から少し歩いた場所には、トマトや茄子がなっていた。
瑞々しく、丸々と、それは見事な実をつけている。
グウウ
青年の腹の音がなった。
『教会に属する者は、清貧であるべし』
そんな教えがある。
要は贅沢するな、と言う意味だが、彼等に与えられた制約はそれを上回る。
彼等が、教会から命を受けて吸血鬼を退治するためにどんな遠い場所に赴く事になっても、与えられる金子は僅かで、食料は乾燥した穀物や果物が主となる。
とりあえず飢え死にしない程度でいいだろう。と。
「そういえば…ここ最近、マトモな食事をしてないな……チッ…教会の本部の奴等はうまいもん食ってブクブクと太ってやがるのに」
クスクス…
笑い声がした。
青年は声のした方を向く。
そこには、頭にほっかむりを被り、その上に更に麦わら帽子を被って泥だらけになった少女がいた。
「ごめんなさい、お腹の音があまりに立派で…笑っちゃったの」
少女は麦わら帽子を取り、ほっかむりを脱いだ。
白に近い、銀色の長い髪がスルリと流れ落ち、ルビーのように真っ赤な瞳が現れる。
年の頃は13歳辺りだろうか?
女らしさ、にまだ手が届いてないが、子供ではない位の年。
青年は思う。
どストライクです!!
何だコレ!何だこの美少女!いや、美少女なんてもんじゃない、女神だ!何だコレ!生きてんのか?生身か?俺の妄想じゃないよな?空腹過ぎて幻見えてる訳じゃないよな?生か?生なのか!?
「あのぅ……大丈夫ですか?」
急に微動だにしなくなった青年に、心配そうに少女が声を掛ける。
「す、すみません、…空腹でちょっと思考が…。」
青年は自身を落ち着かせる。深呼吸を繰り返す。
自分の理想が現実に存在した事に興奮し過ぎた。
「ご挨拶が遅れました。私は中央教会から派遣されて参りました、テイトと申します。ナッチャン氏にお目通り願いたく……」
少女はキョトンとした顔でテイトを見詰める。
「なっちゃんは私ですよ?ナルって名前なんで、みんなからなっちゃんって呼ばれているの。」
「ええっ!?」
テイトは驚き、素で声をあげる。
この少女が古城の所有者?
ああ、そうか…彼女は貴族の令嬢だったのだろう。
父親が亡くなり、その父親の遺産である古城を受け継いだのだ。だが、広く冷たい古城での一人暮らしは辛いものだったに違いない。だから彼女は一人あの小屋に住み、村人とも距離をとっているのか…。
「あの……本当に大丈夫ですか?」
悲しみに堪えるような顔をして、ナルを見詰めたまま黙りこくったテイトに、困ったようにナルが声を掛ける。
「さっき、村に牛乳を貰いに行った時にラナから聞きました。古城に入ってみたいとか?」
ラナとは、さっき村で会ったほっかむりの女の事らしい。
「ああ、あの爺さんの娘か」
ボソッと呟く。
「二人は夫婦ですよ?」
ナルが答える。つかヤバイ、素で呟いてた。
しかし、やはり夫婦だったか…彼女はどうみても20代だ。
「かなり年の離れた夫婦ですね…」
「……それでも構わないと、ジェンはラナを妻にしたのです…。」
ん?普通、若い方が言う台詞でないか?「それでも構わない」は。
よく分からん…。