13#首筋の傷痕。
夜が明けたようだ。
納屋の壁に開いた隙間から朝日が射し込む。
何やら納屋の外が騒がしい。
ラナとナルがいるようだ。
「私は許せません。ナル様には申し訳ございませんが、あの男を殺します。」
「やめて!テイトさんを…あの人を、この世から無くさないで!ラナ!」
ジェンは、やれやれとため息をつきながら腰を押さえて「よっこらせ」と立ち上がり、納屋の扉を開く。
「ジェン!どいて!私はそいつを殺す!」
入り口を塞ぐように立つジェンは、ラナの頬に手の平を当て、シワだらけの顔で微笑んだ。
「ラナ、君の手が血で汚れる位なら、わしが何人でも殺すと約束したろう?」
ジェンは入り口に立つラナを抱き締める。
「老い先短いわしの約束…守らせてくれんか?」
年老いたジェンに抱き締められた若い娘のラナは、泣きながらジェンを抱き締め返す。
「そんな事…そんな事言わないで!嫌だ、ジェン…!」
テイトは二人の姿を不思議そうに見ていた。
老人と若い娘、人間と吸血鬼、妙な組み合わせだと…。
なのに二人の姿は、とても美しい。
羨ましくもある。
二人を見つめるテイトの姿を、ナルは優しい顔で見ていた。
後ろ手に拘束されていたテイトの両手が解放される。
納屋の中にジェンとラナ、そしてナルとテイトの四人。
しばらく無言のまま時間が流れる。
「私は……こいつを許していない、ナル様は不死だから死ななかった。だが、そうでなければ確実に死んでいたのだからな」
ラナは美しい顔を怒りに歪ませる。美しいがゆえに、尚更その表情は恐ろしい。
「ラナ、そうは言ってもな…わしも、ラナの身体を貫いた身だからな…ちぃと耳が痛いわ。」
「えっ!」
テイトは素で驚きの声をあげる。
「私の身体なんて、どうでもいいのよ!ナル様を傷つける事が許せないの!」
「何を言うとる、あの時のわしのした事を悔いても仕方ないのは分かっておるが、大事なラナの身体をラナ自身がないがしろにするような言い方は許さんぞ」
「もう…ジェンったら…」
何かイチャイチャが始まった。
年老いた男と、若い娘のイチャイチャ。
テイトは二人を冷めた目で眺める。
さっきは、美しい二人だと思ったハズなのだが、今は何と言うか…背徳感がパネェ。
「…ジェンとラナは…40年連れ添っているの…ジェンが22歳の時に村に来てから…」
テイトの目線に気付いたナルが、焦るように説明をする。
「で、旦那の血を吸ってるワケ?」
自分の首筋を指先で叩いて、ジェンの首筋にある噛み痕の説明を求める。
ナルは首を左右に振った。
「ジェンは…クルースニクだったから、教典に書いてある事が本当の事だと思っていて…試したのよ」
「試した?何を」
「吸血鬼に噛まれたら自身も吸血鬼になる…不死は無理でも、年を取りにくくなるのじゃないかと…ラナを残して逝く事が無いよう…」
結果は聞くまでも無い。
教典を信じて試した行為が真実ではなかった事を知った時のジェンは、どんな気持ちだったのだろうか。
いつまでも若く美しい妻と、老いていく自分。
残される者と、置いて逝く者。
背中をザワリと悪寒のような物が走る。
同じ苦しみを自分も味わう事になるのかと。
「えっ…!?」
「え…?」
思わず声を出すテイトに、つられて声を出すナル。
テイトは自分の口を押さえて、自身の本心に驚いた。
俺…ジェンとラナのように、ナルと添い遂げたいと思っている…例え、ナルを残して逝く事になっても、それでもナルと夫婦になりたいと…。
マジか…。
いや、俺の心はとっくに決まっていた…!
俺は…俺はナルと…!
「俺、ナルと一緒にこの村で生きていきたい!」
「私、もう我慢出来ません!姉を探して旅に出ます!」
テイトとナルの声が重なる。
「は!?た、旅!?」
テイトがナルに聞き返す。
「はい…テイトさんは、この村で暮らしたいのですか…?」
どうやら声が重なったせいで、ナルには肝心の部分が聞こえてなかったらしい。
ジェンは腹を抱えて笑っており、ラナは……
「フッ…ざまぁ」
テイトに虫ケラを見下すような視線を向け、吐き捨てるように呟いた。
うおぉ、こぇえ…。




