第3話 リンドヴルム公爵
気がつけばタクシーはまばゆい光に包まれながら、一筋の光の帯の上を走っていた。
「私、死んじゃった?」
純は、先ほどまでの殺伐とした光景からのギャップにより自分は死んだのだと思い、そうつぶやいていた。
「死んではおらんよ。なんとか光速道路に入ったようだな。」
後ろからかけられた声に、純は我に返った。
ふとミラーに目をやると、そこには先ほどまでの好戦的な笑みではなく、元通りの優しげな微笑みを浮かべた老紳士が映っていた。
「お嬢さん、怪我はないかね?」
「あっ、大丈夫みたいです。お客様は大丈夫ですか?」
「それはよかった。私のほうは何も問題ないが、お嬢さんを私の問題に巻き込んでしまったようだ。済まない。」
そういうと老紳士は頭を下げた。
「いえっ、そんな!2人とも無事だったんですから頭を上げて下さい。それにしてもさっきのは何だったんですか?」
老紳士は少し話すのを躊躇したが、ミラー越しに純と目が合うと事情を話し始めた。
「あれは私の息子の仕業だ。私が地球の異世界連盟加盟記念日の式典に出席するのを知り、暗殺するために刺客でも放ったのだろう。」
「えっ!?」
純は老紳士が言ったことに驚き、思わず後ろを振り向いてしまう。
当然タクシーは現在も走行中のため、一瞬挙動が乱れるがすぐさまハンドルを切って車体を安定させる。
「わわっ!し、失礼しました!というか、なぜ息子さんがお客様を狙うのですか!?」
「そうだな。まずは、私の自己紹介からかな。
私の名は、マルクス・ヴァン・リンドヴルム。
ドラゴニア王国で領主をしている。」
リンドヴルム家は、ドラゴニア王国を代表する4大貴族の一つで、爵位は公爵である。
異世界連盟の創設にも関わっており、その政治的な影響力は、ドラゴニア王国にとどまる事はなく、異世界を超えて様々な国々に太いパイプを持つ名家である。
が、ごく普通の一般ピーポーである純にしてみれば、マルクスがそんな大物だとは知る余地もなく、これから行く所の何か偉い人っぽいという認識にとどまるのであった。
マルクスは話を続ける。
「恥ずかしながら、私の命を狙っているのは長男のベルムでな。このバカ息子は100年前に勘当したんだが、最近になって私の命を狙い始めたんだよ。」
「何故、バカ息…、じゃなくて長男さんが?」
バカ息子と言いかけた純を気にする様子もなく、マルクスは続けた。
「私もそろそろ歳でな。跡目をベルムでなく、次男のフィリップを指名したのだが、それを良しとしないベルムが私を殺して、跡目を継ごうとしているわけだ。」
「なるほど。でもその場合はフィリップさんの方を狙うのではないでしょうか?マルクスさんを狙っても印象が悪くなって余計にベルムさんは立場が悪くなるのではないでしょうか?」
「うむ、それはまだフィリップが正式な跡目に確定していないからな。爵位の生前継承には、ドラゴニア王の承認と、国内外へのお披露目が必要でな。それが来月なのだよ。
だが、正式な跡継ぎが確定していない段階で領主が死亡した場合は、無条件で長男が爵位を継ぐという法律があってな。しかも、自慢ではないがフィリップはドラゴニア王国最強の武人でな。当然、ベルムごときがフィリップに勝てるわけもなく、年寄りの私を狙ってきているわけだ。まぁ、これまで何度も返り討ちにしてるんだが、なかなか諦めが悪くてな。困ったものだ。」
純はマルクスが少し楽しげに笑っているのに気づいた。
「困っていると言う割にはなんか楽しそうですね。」
するとマルクスは、少し瞳を細めて優しく微笑んだ。
「はははっ、そうだな。いくら私の命を狙ってくるバカ息子だとしても、血の繋がった大事な息子に変わりはないからの。まぁ、来月には生前継承の儀もあるから、それまでは付き合ってやろうかと。」
純は、マルクスの親としての子に対する愛情の深さを感じながらも、小さく呟いた。
「不器用ですね。」
マルクスは、瞳を閉じるとうなずき返す。
「ああ、親とはそんなものだよ。」
純にはまだ子供が居ないが、子供を持つという事はそういう事なのかと思うのであった。
「ちなみにマルクスさんはお一人で地球に来られたんですか?」
大体の事情は理解したが、跡継ぎ問題が発生するような貴族が1人で異世界に来るだろうか。
「いや、家来たちも一緒に来たんだが、ある情報筋からベルムが私に刺客を放ったという情報があってな。地球に迷惑をかけないためにも式典への参加を取りやめて、密かに私1人で帰宅することにしたのだよ。まぁ、結果的には見つかってしまったがな。ははははっ。」
ちなみにマルクスは300人を超える大訪問団を引き連れて来ていたのだが、現在の純には知る術も無かった。