第28話 アクシデント
第4異世界はエルフが住む世界であり、アイリーン共和国はその世界に存在する国の1つである。
国土は北海道とほぼ同じ大きさの島国で、人口は400万人である。
主要産業はエレクトロニクス産業で外資系企業がその大半を支えていた。その他の産業としては観光産業がある。
首都はアイリーン共和国の東部に位置するプリンタという都市でアイリーン海を望む人気の観光地としても知られており、複数の五つ星ホテルが立ち並んでいる。
そして、今回の目的地であるルネッサンスホテルもその1つであった。
アスタクは光速道路を抜けると、首都プリンタに続く高速道路の上を走っていた。
道路の両脇には広大な牧草地帯が広がり、遠くには楢や楓といった木々が生える森が広がっていた。
「わぁー!羊やヤギがたくさんいますね。あれっ?あの羊の顔色まっ黒じゃないですか?」
「詳しくは知らないけれど、あの肌が黒い羊はアイリーンの気候に合わせて品種改良した羊だって聞いたことがあるわ。」
純がちょっとしたサファリパーク気分でアスタクを走らせていると、サービスエリア入口の標識が見えてきた。
「へぇー。そうなんですね。あっ、もう少しでサービスエリアがあるみたいですけど、そこで大木さんに電話してみるで良いんですね?」
「うん。でもまだ朝6時前だけど起きてるかな?」
「休みの日は朝早くから40キロくらいジョギングするのが習慣とか言ってたから起きてると思いますよ。ってか、40キロってジョギングじゃなくて、既にマラソンですよね。」
「ウフフ。」
純はサービスエリアの駐車場にアスタクを停めた。
そして2人はアスタクから降りると温かな飲み物を買ってから、サービスエリアの外にあるベンチに座った。
「それじゃあ、電話しますね?」
「うん。お願い。」
シャルロットの決意のこもった返事を聞いて、純はスマホを操作し大木の電話番号に発信した。
『プルルルッ。プルルルッ。プルルルッ。ガチャ。』
「もしもし、大木さん、一ノ瀬です。朝早くからすみません。今、大丈夫ですか?」
『はぁ、はぁ、はぁ。おおっ!?一ノ瀬ちゃんか。こんなに朝早くどうした?はぁ、はぁ、はぁ。また物損事故でもやっちまったか?わはははっ!』
どうやら大木はジョギング中らしく、電話越しに少し荒い息遣いが聞こえてくる。
「事故じゃないんですけど、今お乗せしているお客様が大木さんの事を探してまして、大木さんの携帯番号を教えても大丈夫ですか?」
純の横ではシャルロットが両手を合わせ祈るように通話の成り行きを見守っている。
『ああ、電話番号が変わってしまったからな。是非とも教えて差し上げてくれ。はぁ、はぁ、はぁ。ちなみにお名前は?』
「シャルロットさんというお客様なん…」
『えっ!?シャルロットさん…!?キキキッーーー!ドンッ!ズシャアアアアッッ!!』
突如、電話から車のブレーキ音と共に鈍い衝突音が聞こえ、それに続き何かが地面を転がるような音がした。
純の脳裏に嫌な予感が浮かび一瞬で顔が青ざめる。
「大木さん!?どうかしたんですか!?大木さん、返事をして下さい!」
純のただならぬ様子にシャルロットも気付く。
「純ちゃん?どうしたの?大木さんに何かあったの?」
「もしかしたら、大木さんが事故にあったかもしれません…。」
その絶望的な言葉にシャルロットは言葉を失いうなだれた。
と、その時純のスマホから声が聞こえてきた。
『おーい、一ノ瀬ちゃん?聞こえてるか!?おーい!』
その声は大木だった。純は急いでスマホを耳に当てた。
「大木さん!?大丈夫ですか?何があったんですか?」
『いやぁー。青信号渡ってたら信号無視してきた車に轢き逃げされちまったよ!わはははははっ!」
いつもと変わらない大木の様子に、純は安堵しながらも心配かけやがってと怒りがこみ上げてくる。
「もうっ!笑ってる場合じゃないですよ!怪我は無いですか?」
『ああ、まったくもって無傷だ!車の方はかなりボロボロになってるだろうがな。そんな事より、今シャルロットさんと一緒にいるのか?新宿か?』
純は先の爆破テロに巻き込まれた時でも無傷だった事も含め、大木って一体何者だろうと思いながらも返事をした。
「一緒ですよ。今、第4異世界のアイリーン共和国のサービスエリアでこれからプリンタにあるルネッサンスホテルまでお送りするところです。あの、シャルロットさんに電話代わり…」
『わかった!プリンタのルネッサンスホテルだな!すぐに行くからシャルロットさんには、そう伝えてくれ!ブツッ。ツーツーツー…』
純の言葉を遮る様に大木はそう言うと電話を切ってしまった。
しばし、純が唖然としていると、シャルロットが心配そうに顔を覗き込んだ。
「純ちゃん!大木さんは無事なの!?何があったの!?」
純が説明をすると、シャルロットは余りの急な展開に状況が飲み込めず混乱するが、純がなだめると少しずつ笑顔が戻る。
「とりあえず、また電話して事故に遭われても困るのでとにかくルネッサンスホテルで大木さんを待ちましょう。」
「うん。」
かくして、大木が轢き逃げされるというアクシデントもありながら、2人は一路ルネッサンスホテルに向かうのであった。
アスタクがサービスエリアを出発してしばらくすると徐々に交通量も増え、道路沿いに立ち並ぶ建物の数も増えてきた。
「ナビだとプリンタの市街地に入ったみたいですね。ルネッサンスホテルまではあと5分くらいで到着しますね。あっ海だ!」
小高い丘を超えると目の前に朝日に照らされた海が広がった。
「アイリーン海よ。人魚族が住んでいるの。」
「人魚ですか?やっぱり美人が多いんですか?」
「ウフフ。人間族と同じでそれぞれね。」
そんな話をしながらアスタクが北欧風の建物が立ち並ぶ街の中を進んでいると、まるで宮殿の様な建物が見えてきた。
「わぁ!あれがルネッサンスホテルですね!あー、一度でいいから泊まってみたいなぁ。」
ルネッサンスホテルは首都プリンタのほぼ中央に位置する、300年の歴史と伝統を持つ五つ星ホテルである。
純が羨ましそうにしているとシャルロットが口を開いた。
「あの…純ちゃん。もし良かったら色々お世話になったお礼に朝食をご馳走したいのだけど…この後もお仕事だからダメかな?」
純はシャルロットが心細そうにしているのに気付いた。
「それじゃあ、お言葉に甘えてご馳走になります!それに乗りかかった船ですし、大木さんが来るまでは一緒に居させて下さい。なので、今日はシャルロットさんをお送りしたら営業終了です!」
その言葉にシャルロットはホッと胸をなでおろし微笑んだ。
「ありがとう。純ちゃん。」
そうこうしている内に、アスタクはルネッサンスホテルの敷地内の庭園を進みホテルの正面玄関の前に停車した。
タクシー料金の支払いを済ませるとシャルロットはアスタクを降り、純はさすがにホテルマンにアスタクを運転させる訳にもいかず駐車場へと向かったのだった。




