第1話 異世界TAXI
ライトノベルやアニメで、いわゆる異世界ものと呼ばれた、ジャンルが確立してから、どれだけの年月が経ったのだろう。
今は異世界暦634年、私たち人類が住む地球が存在する第121異世界が、異世界連盟に加盟してからちょうど30年が経っていた。
そして今日は、地球の異世界連盟加盟記念日の祝日で様々なイベントや催しが行われ世間は色めき立っていた。
「あーあ、進まないなぁ。やっば、祝日はサラリーマンがいないからなぁ。」純は、東京駅八重洲口のタクシー乗り場で順番待ちをしていた。
とはいっても、順番待ちは乘る方じゃなくて乗せる方ね。
「今日は、もうあがろうかな。」
車内の時計は10時15分を表示している。
一般的にタクシーの就業時間は早番と遅番に分かれており、拘束時間の制限は同じであるものの営業を開始する時間がそれぞれ異なる。
純の場合は遅番で就業開始が16時であるため、そこから20時間が就業時間の上限となり、
翌日12時までに車の燃料を満タンにして営業所に戻り、その日の売り上げも入金する必要がある。
タクシー会社によっては色々と細かい部分が異なるものも大体こんな感じである。
順番待ちの列から抜けようと車のエンジンをかけたその時、助手席側の窓をコツンコツンと鳴らす音がした。純が助手席側に目をやると、そこには白髪に近い銀髪の赤い瞳が特徴的な老紳士が窓越しにこちらを覗き込むように見ている。
純は気づいて窓を開ける。「どうされましたか?」
すると老紳士は1枚の紙を純に差し出した。
「このチケットは、使えるかね?」
差し出された紙には、地球タクシー専用チケットと文字が印字されていた。純が、勤めているタクシー会社でしか使えない専用のチケットである。
純は、とっさに自分より前で順番待ちをしているタクシーに目をやると、自分以外に地球タクシーの車は無いようだ。
純の心に期待が湧き上がる。老紳士はチケットを使うため、純に声をかけてきたのだ。
専用チケットの場合、長距離のお客さんの可能性も高くなる。
だが油断はできない。当然ながら短距離の可能性もある。
期待しちゃだめ。期待して、何度自分を傷つけてきたの、純!
などと、一瞬であれこれ考えた後に、笑顔で返事をする。
「はい。ご利用になれます。」
後部座席側のドアを開くと、老紳士はゆっくりと社内に乗り込んだ。
「ご利用ありがとうございます。行き先はどちらになりますか?」
純は、老紳士が社内に乗り込むのを確認すると行き先確認をしながら後部座席のドアを閉めた。
「それじゃあ。少し遠くて申し訳ないが、第2異世界のドラゴニア王国火竜領246番地までお願いできるかな?」
老紳士は少し微笑みながら行き先を告げた。
異世界来たーーーー!
純は、心の中で思いっきり叫んだ。
ドラゴニア王国は古来より異世界連盟に加盟している異世界にある、竜神族と言う種族が統治する国である。
異世界の数字は異世界連盟に加盟した順番で付けられているらしく、私たち人類が住むこの世界は第121異世界にあたる。
お客様に当たりや外れを思うのは申し訳ないが、超大当たりのお客様である。
「かしこまりました。光速道路を、利用してもよろしいでしょうか?」
今にもこぼれ落ちそうな笑みを堪えながら経路確認をすると、老紳士は笑顔を浮かべ、うなずいた。
どうやら喜びがだだ漏れているようだ。
それも仕方のないことだ。なにせ成田空港に行くのとは訳が違うのだから。
今日は定時には帰れなさそうなので後で営業所に電話をしようと思いながら、純はタクシーを発進させるのであった。
ちなみに、光速道路とは、誤字ではなく、異世界間を行き来するのに利用する専用道路で、東京では首都高速道路から乗ることができる。
何はともあれ長い1日になりそうな。