第11話 小さなおじさん
ベルムが運転するタクシーは、純の提案で営業所からほど近い江東区の西大島周辺を走っていた。
当然、助手席には純が座っている。
「なかなかお客様いないですね?」
ベルムは少し不安げに純に話しかけた。
タクシーが営業所を出発してから30分ほど経過していた。
「そうですね。この時間帯だとお客さん少ないですからね。もっと都心部なら人がいるんですけど、初乗務ですしあせらずいきましょう。」
車内の時計は、13時を表示していた。
「あっ、少しコンビニ寄ってもらってもいいですか?飲み物買いたいので。」
「分かりました。」
タクシーはすぐ近くのコンビニの駐車場に入った。
「ベルムさんも水分補給したほうがいいですよ。でも、カフェインが入っている飲み物はなるべく避けたほうがいいかもしれないですね。トイレ近くなっちゃうので。」
タクシー乗務員にとってトイレの回数を減らす事はとても重要である。
なぜならお客さんを乗せてしまったら、トイレにいけなくなってしまうからだ。しかも何故かトイレに行こうかなと思っているときに限って、長距離のお客さんを乗せてしまったりする。さらには最近トイレの貸し出しをしていないコンビニも増えるなど、タクシー乗務員に限らず運送系のドライバーさん達にとっては、辛い状況になってきていたりする。
「カフェインですか?それじゃあコーヒー好きは大変ですね。」
「まぁ好きな人は飲んでますけどね。ベルムさん、何にします?」
純は麦茶のペットボトルを手にとるとベルムの方を見た。
ベルムの手にはいちご牛乳が握られていた。
「私はこれにします。こちらに来てから出会ったのですがこれは絶品ですよ!」
純は、この人本当に私を殺そうとした人?と思ったが、普段はこういう人なのだろうと割り切ることにした。
「いちご牛乳おいしいですよね。それ貸してもらってもいいですか?」
そう言うとベルムからいちご牛乳を受け取り、会計をした。
「これ、どうぞ。初乗務祝いです。なんて、たいしたものじゃないですけど。」
純がいちご牛乳を渡すと、予想以上にベルムは喜んだ。
「ありがとうございます!大事にします!」
「いえ、大事にしなくてもいいですから飲んでくださいね。」
純とベルムがコンビニの外で話をしていると突然、大きなトランクケースを持ったものすごく小さなおじさんが話しかけてきた。
「あの、すまんどすが、このタクシー乗せてもらえるどすか?」
ものすごく小さなおじさんは、緑色の三角帽子をかぶり、顔には立派なヒゲを生やしていた。
身長は80センチほどで自分よりも大きなトランクケースを持っていた。
「あっ、はい。ご乗車いただけるのですが…。」
純がベルムの同乗指導中である旨を説明すると、小さなおじさんはすぐにうなずいた。
「構わないどす。それじゃあ少し遠くて悪いどすが、第15異世界のドルマニア連邦共和国のボルリンにあるドデカツカ商会まで、お願いできるどすか?」
思わぬ所で異世界来たー!と、純は心の中で叫ぶが、同時にすぐには帰れないと言う疲労感が押し寄せてくるのであった。
ベルムはおじさんの大きなトランクケースをタクシーの後部座席の後ろのスペースに積み込むと、素早く運転席に乗り込んだ。
その間におじさんは後部座席に、純は助手席に乗り込んでいた。
「申し遅れましたが、本日はご乗車いただきありがとうございます。
地球タクシー株式会社のリンドヴルムと申します。お手数ですがシートベルトの装着をお願いいたします。」
ベルムはタクシーに乗り込むとおじさんに挨拶をし、それに続いて純も簡単に挨拶をした。
「お客様、念のため目的地をナビに設定してもよろしいでしょうか?」
おじさんは少しだけシートベルトの装着に手間取りながらもベルムに返事をした。
「構わないどす。どのくらいかかるどすか?」
ベルムが素早くナビに目的地を設定するとルートと所要時間が表示された。
第15異世界ドルマニア連邦共和国には、ここからだと明治通りを新木場方面に向かい首都高速道路湾岸線新木場入口から千葉方面に向かうと、第15異世界光速道路入り口に繋がり約1時間となる。その後下道で30分程で目的地となる。
「約1時間30分程度かかります。」
思ったよりも時間がかからないと分かったのか、おじさんはほっと一呼吸入れた。
「それじゃあ、よろしく頼むどす。」
純はベルムの適切な対応に一安心しながらも、自分が初めての時にこんなに落ち着いて出来ただろうかと新人の頃を思い出して少し懐かしい気持ちになるのであった。
こうして、ベルムの初めては突如現れた小さなおじさんによって奪われてしまうのであった。