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はるかな物語  作者: 東久保 亜鈴
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第7話 凄惨な再開

2人とも無表情で、手には警棒のようなものを持っていた。


「ちっ」


また、猿島が舌打ちし、近づいてくる男たちに向かっていこうとした。


猪俣も、傷を負いながら、猿島に続こうと身を起こした。


その時、猿島の横を春彦と俊介が、何も言わずに走り抜け、男たちに向かって行った。


「ちょ、ちょっと。」


猿島は、あ然として、その場に立ち尽くした。


「さて、俊介はいいが、立花君がなあ。」


いつの間にか近づいていた重蔵がつぶやいた。


「え?」


訳がわからず、猿島と猪俣は春彦たちに視線を向けた。


相手の傭兵も、春彦たちも4人とも、無言で小走りに間合いを詰めていった。


そして、1対1で二組の争いが始まった。


誰も声を出さず、むだな動きをせずに、正確に相手の急所めがけて警棒を振り下ろす相手に俊介はギリギリのところでかわしていた。


そして、少しの隙を見つけ、蹴りをその警棒を持っている腕にあて、警棒を落とさせ、矢継ぎ早に、掌底を相手の急所に打ち込んだ。


たまらずに男は、何も言わずに崩れ落ちた。


俊介は、男が動かなくなったのを確認すると、春彦を目で探す。


春彦は、すぐ近くで、もう一人の男と対峙していた。


「ぐっがが…。」


が、すぐに男は苦痛で声にならない声を上げて、のたうち回っていた。


「春彦、ストップ。」


俊介は小さく鋭い声で、次の攻撃を仕掛けようとする春彦を制し、春彦と男の間に割り込んで、男の急所に正拳を当てた。


「ぐぅ。」


男は、そのまま、静かになった。


「春彦、額の傷は大丈夫か?」


春彦は、額から血を流していた。


「ああ、大したことはない。

 すぐに止まるよ。」


猿島たちが、春彦たちのところへ合流した。


「立花、あんた。」


猿島は驚愕の眼差しで、春彦を見ていた。


猿島と猪俣は、最初から春彦の挙動を見ていた。


春彦は、まるで無防備で相手との間合いを詰めて行った。


そして、相手が、警棒で春彦の頭を殴った瞬間に、春彦ではなく殴った相手が崩れ落ち、地面にのたうち回っていた。


しかも、どんな時でもどんな痛みでも声を上げない訓練をされた相手が苦痛で声を上げていたから尚更だった。


「春彦君、本当に大丈夫か?」


一樹は、心配して春彦に声をかけた。


「ええ、かすり傷です。

 もう血は止まっています。」


見ると、本当にかすり傷で、血はもう止まっていた。


猿島と猪俣は信じられないと言った顔で、改めて、春彦を見ていた。


「警棒は、確かに、あんちゃんの頭を捉えていたのに…。

 本当なら、ぱっくり頭が割れて、脳味噌ぶち巻いていたはず…。」


猪俣が信じられないという顔をして言った。


「それもそうだけど、あの用心棒が、瞬殺だよ。

 しかも、苦しそうな声を上げて。」


猿島も呆れた顔で猪俣に続いた。


「時間がない。

 早く行こう。」


春彦の声で、皆、建物の入り口に向かって言った。


重蔵は、腑に落ちない顔をしている猿島と猪俣に小声で言った。


「俊介は、格闘技をやっているので、急所に入れば相手はあっさりダウンするんだが、春彦君のは、相手を、壊しにいってるんだよ。」


「えっ?」


猿島は意味が分からず聞き直していた。


「何と言っていいか、形容しがたいんだが、壊しにいくもんだから、相手は、ひどい苦痛を受けるんだ。

俊介が早く気絶させたからいいけど、そうしないと周りに声が漏れてしまうのさ。

まあ、それだけでなく、一番厄介なのは、春彦君の自身だけどな。」


「自身?」


「ああ。

 儂は直接見たことはないんだが、俊介に言わせると突然人が変わる、いや、人間ではなくなると言っていたかな。

 その時の春彦君は人ではなく、死神になるって言っていたな。」


「それで相手がどうにかなるのかい?」


猪俣が口を挟んだ。


「その目を見ただけで相手は死を覚悟するほど凄まじいものなんだそうだよ。

 おそらくあの男は警棒を振り上げた瞬間に春彦君のもう一つの顔を見て恐怖で力が抜けたんだろうな。

 だから、春彦君の怪我が大したことなかったんだろう。」


猿島と猪俣は、その話を聞きながら信じられなかったが、確かに男が警棒を振り下ろそうとした時、顔が恐怖で歪んでいたような気がし、思わず唾を飲み込んだ。


「猿島さん、どっちに行けばいい?」


春彦の声で猿島は「はっ」とした。


今は、そんなことに感心しているのではなく、一刻も早く佳奈を救出して、逃げ出さないと、丸山達が戻ってきたら、非常に厄介なことになることを思い出した。


「こっちよ、着いてきて。」


猿島は先頭に立って、建物の内部に入り廊下を進んでいった。


「中には、やばいのが3人いるから気を付けて。」


猪俣が猿島に警告した。


猿島は黙って頷き、それでも足早に速度を落とさず、廊下の先の階段を下って行った。


猿島を先頭に、猪俣、春彦、俊介、穴吹と一樹が続き、しんがりに重蔵といった順で進んでいった。


地下に着いたあと、薄暗い廊下を進んだところに、複数の部屋のドアがあった。


その内の一つのドアのところで、猿島は止まり、ここだと合図する。


猿島が、そっとドアを開け、一同が部屋に入ると、ひどい悪臭が漂っていた。


その部屋のマットレスのところで、ぼろ雑巾のように、一人の人間らしきものが寝かされていた。


「佳奈!」


思わず、一樹が大声を出して、その人間、佳奈のところに走って行った。


春彦も、一樹に続いて小走りに近づいていく。


「おお、佳奈。

佳奈、大丈夫か?」


一樹が、佳奈を抱きかかえようとした時、猿島が鋭い声で制した。


「待って。

この娘、背中から腰、脚と床ずれがひどくて、皮がむけているの。

乱暴に触ったら、皮がずるっと剥けちゃうかも知れないからそっと扱って。」


「えっ、そんなに…。」


一樹は絶句した。


すぐそこに、会いたくて千秋の思いをしていた佳奈がいるのに、手も触れられないとは。


「まず、その拘束着を脱がしてから、そっと何かの布で包んであげないと。」


春彦が猿島の言うことを聞き、取り乱している一樹を落ち着かせ、猿島の手伝いに回った。


部屋にこもっている悪臭は、佳奈からで、ひどい床ずれで背中から全身にかけて、化膿して膿みがでていた。


拘束着を脱がすと、佳奈は、薄汚れた寝具を着せられていた。


「こまめに、あいつらの目を盗んで、寝具を洗ったり、体を拭いてあげてたんだけど、床ずれがひどくなり、凄く痛がって、どうしようもなくなってたんだ。」


猿島は、いつの間にか涙声になっていた。


そして春彦は猿島が用意した比較的きれいなシーツを受け取り、そっと、佳奈をくるんで、腕に抱いた。


佳奈は、驚くほど軽く目を閉じたまま、微動だにしなかった。


(まずい。)


春彦は、佳奈の容態を見て顔を曇らす。


佳奈は、息の絶え絶えで、春彦には佳奈から生命力が感じられなかった。 


一樹は、佳奈から片時も離れず、佳奈を覗き込んでいた。


「一樹さん、僕がそっと佳奈を運びますから、一緒について来てください。」


「うんうん。」


一樹は、変わり果てた佳奈の姿を見てショックを隠せなかった。


その時、3人の男が部屋に入ってきた。


先程の一樹の取り乱した声で、休んでいた3人の丸山の部下が駆け付けたのだった。


3人は、先程の二人より手練れで、やはり、有無も言わせずに向かってきた。


俊介、穴吹がひとりづつ、猿島と猪俣が二人がかりでもう一人と対峙し、戦いの火花が切って落とされた。


しかし、相手は傭兵で戦闘に手慣れているため、俊介以外は、押され気味となっていた。


特に猪俣は怪我をしているため、猿島、猪俣は、劣勢に立たされていた。


春彦は、佳奈をそっと下に置き、加勢に回ろうとした。


それを見て、俊介が大声で怒鳴る。


「春彦、ここは何とか食い止めるから、菅井を連れて早く外へ。

 親父、菅井の父ちゃんと春彦をサポートして。」


「わかった、外に出たら、加勢を連れて戻ってくるから、何とかこらえろ。」


「おうさ、穴吹、気合入れろよ。」


「はい。」


そんなやり取りの中、春彦は、俊介の言うことに頷き、佳奈を、下に降ろすのをやめた。


その時、ドアの方から声が聞こえた。


「なんだ、こいつらは。

 なにやってんだぁ。」


声の主は、執事の丸山だった。


丸山は、用事がキャンセルになって、3人の部下を引き連れてもどってきたのだった。


「まずいよ、猿ちゃん。

 丸山が、もう、戻ってきた。」


「わかってるよ。

 しかも、お兄さんたち、3人も一緒だよ。

 ただでさえ、こっちはいっぱいいっぱいなのに、やばいね。」


猿島は、苦々しい声で答えた。


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