第6話 今一度、お前を解放します
リビングを出て、春彦は電話をかけていた。
「もしもし、立花だけど。」
「おお、春彦か。
何かあったのか?
こんな時間に。」
電話の相手の男の声が答えた。
「ああ、実は頼みがある。」
春彦は重い声で言う。
「えっ?
なんだ?」
相手の男は訝しがるように答えた。
「力を返してくれないか。」
「…。」
一瞬電話先の男は黙ったが、すぐに返事を返した。
「それは構わない。
が、お前が手を貸せと言うのは相当やばいことみたいだな。
行方不明の菅井絡みか?」
「ああ」
「…
何があったのか話してくれ。」
春彦は、要点を電話の相手に伝えた。
電話の相手は福山俊介といって、春彦の中学時代からの友人だった。
「話しは、わかった。
喜んで手を貸す。
あと、親父に言って、使えそうなやつを連れていく。
だけど、俺と同じくらいの奴は、今は2人くらいしかいない。
まあ、お前と俺なら、大抵何とかなると思うが。」
「すまんな、危ないことに顔を突っ込ませて。」
「何言ってんだが。
やっとお前に少し受けた恩を返せるってものさ。
じゃあ、明日、お前に家に行くから、段取りを確認させてくれ。」
「悪い。
頼むな。」
「おお。」
そのやり取りの後、春彦は電話を切って、茂子たちのいるリビングに戻った。
「いま、明日の段取りをつけてきました。
私の友人の中で、一番、信頼がおけて、腕が立つ友人に協力してもらいます。」
一樹は、心配そうに言った。
「でも、その友人まで、危ない目に合わせて、大丈夫なのか?」
「それは、ご心配なく。
そういうことは、こちらに任せてください。
それよりも、明日の段取りを決めないといけないですね。
電話の主の話しだと、明日の17時ということで、明日、午前中に、相談して決めましょう。
なので、残念ですが今日はやることがないので、明日に備えて休みましょう。」
春彦は、冷静に言った。
その冷静さが、そこにいる全員に伝染したのか、皆、落ち着きを取り戻し、頷いた。
そのあと、春彦と舞は、家に戻るべく、茂子たちの家を後にする。
「春。
お前の事だから、信じているけど…。
でも、佳奈ちゃんは、ちゃんと取り返してくるんだよ。」
「わかっている。」
(命に掛けても)
春彦は何かを確信しているように呟いた。
翌日の夕方、春彦が俊介の家に行き、合流してから佳奈の家に向かい、一樹と茂子を乗せ、問題の屋敷に向かうことになっていた。
舞は、自宅で不測の事態に備えるということで、最初は一緒に行くと言い張ったが、春彦に説得させられていた。
「ちょっと、何で私が留守番なのよ。
私も行くって。」
「だめだ。
もし、俺達から連絡が途切れたら、すぐに、警察に通報してもらわなくちゃいけないんだし、助け出した佳奈を連れていく病院の手配とか、母さんじゃなければ出来ないことばかりだから。」
春彦は、おどおどしている茂子は眼中になかった。
一樹は一緒に屋敷に入るので、連絡が取れ、冷静に物事を決められる舞を頼りにしていた
時間になり、春彦は家を出るべく立ち上がる。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。」
これから佳奈の救出に困難が待ち受けているのに、春彦はいつものように家を出ようとしていた。
「……」
「えっ?
ああ、そうね。」
春彦を送り出そうとした舞は、急に何かを思い出したように言った。
「春、ちょっと、お待ちなさい。」
舞は、そういって春彦に近づき、春彦の頭を両腕で挟み込むようにして、自分の胸に春彦を抱きしめた。
春彦は、母親に抱かれるのは幼稚園児依頼で懐かしく思え、抵抗しなかった。
そして春彦の耳元で呪文のような言葉を囁く。
『春彦。
今一度、お前を解き放ちます。
気を付けていってきなさい。』
春彦は、にこりと笑って小さく「了解」と言って、舞から離れ、玄関の外に出ていった。
「これでいいのかしら?
悠美、これは何の呪文なの?」
空を見ながら舞は呟いた。
春彦が家の外に出ると、すでに車のところには、福山とその部下の穴吹と小田桐、あと、年配だが体のがっちりした浅黒い男が立っていた。
「あれ?
福山のおじさん?」
春彦は驚いた顔でその年配の男に声をかける。
「おお、立花君。
話は、全部、俊介から聞いたよ。
君たちほどではないが、サポートさせてくれ。」
「それは、たいへん助かります。」
その年配の男は、俊介の父親の重蔵で、涼しげな顔をして春彦に話しかける。
重蔵は警備会社の社長で、年齢的に俊介には力で劣るが、数々の修羅場を潜り抜けてきた頼りになる人物だった。
春彦にとっても、実際、争うことになると全体が見えなくなるので、全体を見渡して、的確に状況判断できる重蔵が一緒に来てくれるのは、何よりも心強かった。
「立花、親父と、あと二人連れてきた。
穴吹と小田桐だ。」
春彦は、俊介に紹介された穴吹と小田桐に挨拶をした。
穴吹と小田桐は二人とも、緊張した顔で挨拶を返した。
「今日は、すみません。
危ない目に逢すかもしれませんが、是非、よろしくお願いします。」
「いえ、気にしないでください。
僕たちも、俊介さんと一緒にお手伝いができ、光栄です。
絶対に、無事に菅井さんを取り返しましょう。」
穴吹が返事し、横で小田桐が頷く。
「よろしくお願いします。」
春彦は、穴吹の顔を見たことがあるのを思い出した。
たまに、春彦は俊介に頼まれて、実践形式の組手、稽古に付き合わされていた。
その稽古の手伝いに駆り出されていたのが穴吹で、いつも佳奈が春彦に付き添っていたのを穴吹はよく覚えていた。
穴吹は、佳奈とも面識があるので、危険を顧みずに一緒に行くことを何の迷いもなかった。
春彦は最後に俊介に近づいた。
そして、黙ってこぶしを作り俊介の方に、そのこぶしを伸ばした。
「ん?」
俊介は、春彦の雰囲気がいつもと違うことを感じとっていた。
(春彦、気合が入っているのか…)
俊介は、春彦がまるで鎖を外された虎か狼の様な猛獣のように感じた。
そして俊介も同じように、黙って頷き、こぶしを合わせた。
そうしていると、茂子と一樹が小走りで近づいてきた。
「すみません。
皆様がお手伝いくださる方ですか。」
一樹が、春彦たちにお辞儀しながら尋ねる。
その横の茂子も一緒にお辞儀をした。
結局、皆、居てもたっても居られず春彦の家に集合する形になっていた。
春彦は、一樹と茂子に福山親子とその部下の2人を紹介した。
「今日は、何と言っていいか。
私の佳奈のことで、ご協力いただきまして、本当にありがとうございます。」
一樹がお礼を述べた。
重蔵は、笑って片手をあげ、挨拶をしていた。
「お父さん、礼はお嬢さんを助け出してからじゃ。」
「さあ、じゃあ、今まで話した段取りで行きましょう。」
春彦が出発をつげ、春彦の車に一樹を茂子が、後は福山親子が乗ってきたバンが続いて、佳奈が監禁されている屋敷に向かった。
屋敷の近くのコイン駐車場に二組の車を止め、茂子と念のため小田桐を車に残し、あとの4人は待ち合わせの場所に近づいた。
そして、17時ちょうどに、そーっと、裏口のドアが開き、中から細身の鋭い目つきをした猿島が顔を出した。
それを見て、春彦が皆を引き連れ猿島の方に向かった。
「あんたが、立花?」
春彦は、黙ってうなずいた。
「勘定できそうなのは5人?」
「いや、3人だ。
一人は佳奈の父親ともう一人はサポート役だ。」
春彦は、一樹と重蔵に視線を飛ばし、説明した。
「まあ、こっちも2人いるから、何とかなるか。
今丁度、向こうは5人だから。
ただ、なるべく争いは避けたほうがいいね。
相手はプロだから、無事に助け出すことを最優先にした方が良いからね。」
「わかっている。」
「ふーん」
落ち着いている春彦を見て、猿島は少し感心していた。
(この子、肝が据わってるね)
「じゃあ、行こう。
あの娘、もう危ない状態だから、早いほうが良いよ。」
猿島のその一言で、全員に緊張が走った。
裏口から全員、屋敷の敷地に入る。
その裏口から屋敷にかけて、少し、距離があり、全員静かに音をたてないように注意しながら屋敷に向かって移動し始めたが、その途端、屋敷の通用口が開き、一人の男が飛び出してきた。
その男は、左腕から血を流し、右手でその傷を押さえていた。
「ちっ」
猿島は小さく舌打ちし、男に向かって小声で呼びかける。
「猪、こっち」
男は、猪俣だった。
猪俣は、腕を押さえながら猿島たちに走り寄った。
「どうしたの?」
「やつら、やっぱ、拳銃とか持っていやがった。
武器庫に鍵をかけて、取り出せないようにしたんだが、見つかっちまって、このありさまさ。
こっちは、あの娘の王子様か?」
怪我をしながらも猪俣はウィンクしながら軽口をたたいた。
「こいつは、猪俣と言って、今回の協力者だよ。」
猿島が簡単に紹介した。
その時、猪俣の後を追ってか、スーツ姿の二人の男が飛び出してきた。
2人は、あたり見渡し、春彦たちを見つけると、無言で小走りに近づいてきた。