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はるかな物語  作者: 東久保 亜鈴
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第5話 治外法権

春彦が足早に帰宅すると、リビングでは舞が疲れた顔をしながらお酒を飲んでいた。


「あれ、春?

 今日は、やけに早かったじゃなかったの?

 一緒に飲まない?」


舞は電話で茂子を慰め、励ました後、舞自身、佳奈のことが心配でたまらなかった。


(とにもかくにも、無事でいてね)


舞は佳奈が生まれた時から知っていて、女の子が欲しかったのもあり、自分の子供のように可愛がり、佳奈も良く舞になついていたので、尚更だった。


春彦は、手短に先程掛かってきた電話のことを伝える。


舞は、話を聞き始めるや否や、お酒のコップを片付け、真剣な顔になっていった。


そして話しが終わるや否や、春彦の携帯電話が鳴り始めた。


春彦が携帯の着信番号を見ると、先程と同じ番号からの電話だった。


春彦は、舞に頷いて合図をして電話に出る。


「もしもし」


先程の女性の声がした。


「もしもし。」


「さっきの人かい?」


「ああ、そうだ。」


「時間が無いので、手短に状況を話すと、あんたが佳奈って呼んだ娘だけど、この屋敷に監禁されていて、身体がとても弱ってる。

医者の話じゃ、このままじゃ、2、3日持つかどうかの状態だそうだよ。」


「佳奈は怪我をしているのか?」


「経緯は、わからないけど、怪我もしているし、ともかく、監禁されている状況が最悪で衰弱し切っている。

動けないように拘束着を着せられ、何か、やばい薬を打たれているし、毎日、薬と点滴だけ。

早くしないと、本当にやばいよ。」


「あんたは?」


「私かい?

 私はこの屋敷の使用人の猿島っていうんだ。

 ところで、あんたは?」


「立花だ。

佳奈から聞いていないのか?」


春彦は、まだ、心の片隅で疑っていた。


「さっきも言ったように、あの娘、薬を打たれていて、一日中朦朧としているのさ。

 私は、あの娘の世話を命じられて、世話しているけど、あんまりにもむごい仕打ちを受けているから、こっそり、この電話番号を聞き出して掛けただけだ。

 まあ、信じるも、信じないも、あんた次第だけどね。」


「……。」


春彦は鵜呑みにしていいのか考えこんでいた。


「そうそう、佳奈にはお姉ちゃんがいるんだって?

 『ユミ』とか言う。

 あの娘、うなされながら名前を呼んでいたよ。」


「え?」


その一言を聞いて、春彦は総毛だった。


春彦の従姉の悠美は、佳奈にとっても実の姉のような存在で、その名前を言っているということは佳奈に間違いが無かった。


「すまない、信じる。

 信じるから、どこに監禁されているのかを教えてくれ。

 すぐに、迎えに行くから。」


舞は、電話の話を聞きながら、熱心に、その会話をメモっていた。


猿島が、監禁されている場所のこと、住所を言うたびに春彦は復唱し、それを舞が必死に書き写していた。


「で、やばいのは、この屋敷の持ち主で、どうも、普通じゃないらしいんだよ。

 外国の要人らしくって、なんだか日本の警察でも迂闊には入れないみたいなんだ。

 後で、確認しておくれ。

 それで、傭兵みたいな腕のたつ、プロの集団を用心棒のように雇っているからね。

 明日の17時に、唯一、用心棒が手薄になるから、その時を狙わないとだめだよ。

 ところで、あんたは、腕はたつのかい?」


「普通の会社員だ。」


「まあ、そうだよね。」


猿島は、さすがにがっかりしたような声を出す。


「腕の立つ手数を揃えられたらいいんだけど。

 手薄になると言っても5,6人は残るみたいだから。

 私ともう一人いるけど、それで太刀打ちできるか厳しいところさ。」


「わかった、それは、何とかする。」


「じゃあ、長電話すると、やつらに感づかれるから、切るよ。

段取りは、わかったね。」


「ああ。」


「じゃあ、覚悟しておいでね。」


猿島はいい残し、電話を切った。


猿島から伝えられた佳奈を助け出す段取りは、次の通り。


17時に猿島たちが屋敷の裏口を開け、それを待って、猿島たちと一緒に屋敷に入る。

佳奈の監禁されている部屋に案内するから、佳奈を連れて逃げ出す。


相手は、傭兵の様に訓練されている集団だから、極力、争いはせずに逃げること。


また、佳奈は動けないので、担げる担架のようなものを用意してこいとのことだった。


春彦が、顔を上げると、真剣な顔をした舞が立ち上がっていた。


「春、これから茂子のところに行くよ。

 一樹さん、警察関係に知り合いがいるって言っていたから、何かわかるかもしれないよ。」


「わかった。

 じゃあ、車を回してくるから、母さんも早く用意して。」


「用意なんてないさ。

行くよ。」


2人は、あわただしく、車に乗り込み、スタートさせる。


舞は、茂子の家に着くまでの間に、車から電話をかけ、状況を簡単に説明し、これから行くと伝えると、電話口で興奮した茂子の騒ぐ声が電話から漏れ聞こえていた。


茂子の家に着くと、茂子と一樹が興奮した面持ちで舞と春彦を迎えた。


「佳奈が、見つかったの?

 どこにいるの?

 元気なの?」


茂子は、矢継ぎ早に舞に質問を浴びせた。


「茂子、少し落ち着いて。

 立花さん、詳しく教えてくれませんか。」


舞は、茂子と一樹に、春彦と猿島との電話やり取りの内容を、一言も漏らさないよう、慎重に、書き取ったメモを見ながら伝える。


「わかりました。

 まず、警察にその旨を伝えるのと、別に、警察にいる友人に、その屋敷の持ち主のことを聞いてみます。」


一樹は、舞にお辞儀して、足早にリビングの電話のところに行き、電話をかけ始めた。


茂子は、佳奈の命が危ないと聞いて、真っ青になって今にも倒れそうになっていた。


舞は茂子を支えるように、ソファに一緒に座り、手を握っていた。


「大丈夫よ。

 絶対に佳奈ちゃんは、無事に帰ってくるから。」


茂子は、黙って頷き、舞の手を握り返した。


茂子は、佳奈がいなくなってから、食も細くなり、不眠症にもなっていたので、今にも倒れそうなほど憔悴しきっていた。


「茂子、しっかりしなさいよ。

 佳奈ちゃんが戻ってきたら、茂子がしっかり抱きしめてあげなきゃいけないんだからね。」


「そうよね、そう。

 しっかりしなくちゃ。」


状況は良くないとわかっていたが、手がかりもなく、悶々としているより、居場所が分かり、茂子の顔に少し生気が戻ってきていた。


少しして、一樹が戻ってきた。


「警察は、なんて言っていました?」


「うん、住所を言ったら、ちょっと待ってくれということで、折り返し、電話をくれることになった。」


「えっ?

なんで、すぐに助けに行かないの?」


「どうも、治外法権の場所らしい…。」


一樹は、暗い顔をして言った。


しばらくして、警察から電話がかかる。


電話を置いた後、一樹は茂子たちに話の内容を伝えた。


佳奈が監禁されている屋敷は、国交が結ばれていない国の要人の屋敷で、一種の治外法権となっており、警察もすぐには踏み込めないところということだった。


その屋敷を捜索するには、まず、両国間で話し合いを行い、相手の了承を得ないと行動に起こせないということで、これからその交渉に入ったとしても、結果が出るまで1カ月はかかるということだった。


「でも、そんなに待ったら、弱っている佳奈が危ないんでしょ?

その電話の人が言うには、持ってあと数日なのでしょ?」


「そうなんだが、非常にきな臭い国の要人で、日本で何をしているか掴めていないそうだ。

 また、両国に非常に影響力がある人間と言うことで、迂闊なことはできないらしい。

 本当に佳奈が監禁されているという証拠があれば別らしいのだが。」


「そんなことしていたら、佳奈はどうなってしまうの?」


茂子は、また、取り乱しながら、一樹に食って掛かった。


「そんなことは、わかっている…。」


「佳奈…。」


茂子はやっと手がかりが出来たのに何もできず、弱っていく佳奈のことを思い描きながら涙を流し崩れ落ちた。


舞が茂子の肩を抱きしめて、「だいじょうぶだから」と何度も言って落ち着かせようとしていた。


一樹は、そんな茂子を見ながら、じっと考え事をしていた。


そして、決心したかのように、春彦に向かって話しはじめた。


「春彦君、その電話の人の言う通りしたい。

屋敷まで、連れて行ってくれないか。」


春彦は、力強く頷いた。


「立花さん、大事な春彦君を危ない目に合わせるかもしれないが、お願いです。

 せめて、私を屋敷に入れさせてください。

 春彦君には、そこまでで構いません。

 そのあとは、私が何とか佳奈を助け出し、警察に通報しますので。」


舞は、顔を横に振った。


「一樹さん、その電話の人の話だと、危険な人間が大勢いるらしいわ。

 それに、屋敷の持ち主の情報からも、それは嘘じゃないと思います。

 ですので、春彦を一緒に連れて行ってください。

 春彦は、これでも強いし、一樹さんよりは使えると思いますよ。

 それに、何よりも、佳奈ちゃんのことを一番に考え、一刻も早く助けなくちゃ。」


「立花さん…。

 すまない。」


一樹は、舞に深くお辞儀をした。


「春、わかってるね。」


舞が春彦に向かって言った。


「最初から、そのつもりだよ。」


「春彦君…。」


一樹は、声を詰まらせながら、春彦の手を握っていった。

春彦は頷き、一樹に話しかけた。


「これから、明日の段取りをしますから、ちょっと、失礼します。」


そっと、一樹の手をほどいて、携帯を出しながらリビングを出ていった。


「茂子、一樹さん、大丈夫よ。

 ああ見えても、私とあいつの子供だから。」


茂子と一樹は、その言葉を聞いて頷くだけだった。


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