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はるかな物語  作者: 東久保 亜鈴
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第4話 内通者

「おい、そこの二人。

 ちょっとこい。」


丸山が数か月前に雇った使用人の男女を呼びつけた。


「猪俣と猿島だったな。」


猪俣と呼ばれた男は、小柄だががっちりした体形で、どことなく憎めない顔つきをしていた。


一方、猿島と呼ばれた女は、長身で長い黒髪のほっそりした体形で、切れ長の目が冷たい印象に拍車をかけていた。


二人は、この屋敷の使用人募集の広告をみて応募し、頃を同じく採用された使用人だった。


若い頃、各々ギャングのようなグループを率いていたリーダーで、グループ同士の抗争で暴力に明け暮れていたが、お互いの噂は聞いていたが、会うのはこの屋敷で初めてだった。


使用人としての募集であったが、闇サイトでの募集であったのと腕が立つことという条件が付いていたことで、胡散臭いと感じていたが、待遇が良かったのと、まともな仕事に就けない現実から、二人はここで勤め始めていた。


仕事は、丸山配下の部下たちの世話が主で、掃除、洗濯に食事の世話、たまに、戦闘術の練習相手をさせられていた。


丸山の部下は皆傭兵のように、戦闘術に長けていて、二人は借りてきた猫のごとく甲斐甲斐しく部下たちの世話を焼いていた。


「何か御用で?」


猪俣が尋ねた。


「お前たち、随分

この家になれたようだな。

 部下たちからも評判がいいし。」


「ありがとうございます。」


猿島が答えた。

猿島は、どちらかというと美形で、冷たい印象だがその美貌に拍車をかけていた。


丸山は、ねっとりした目で猿島を眺めまわしながら言った。


「お前たち二人は口が硬そうなので、ちょっとした用事をやってもらう。

 いっしょに、来い。」


丸山は二人を引き連れて、佳奈が監禁されている地下の部屋に向かっていき、その部屋のドアを開け、入るように促した。


二人は、言われるままに部屋に入ると、むっとする異臭が鼻についた。


薄暗い部屋に目が慣れると、部屋の壁際に、マットレスが置かれ、そこに、拘束着を着せられて寝かされている佳奈がいた。


臭いは、佳奈の方から漂ってきていた。


佳奈は、怪しい薬のせいか、生気もなくぼやっとした顔で寝ころんでいた。


「匂いが、たまらんな。

 だんだんひどくなってくる。」


丸山は、額にしわを寄せて、あからさまに嫌な顔をしていた。


「用事は、二人に、こいつを定期的に見て状況を報告してほしいということだ。

見ての通り、訳ありの人間で、拘束着を着せて、薬を打たないと、暴れてたいへん狂暴な娘だ。」


「娘?

 女か。」


猿島が、ぼそっとつぶやいた。


拘束着を着させられてぼさぼさの髪の毛で顔が良く見えず、言われるまでなかなか性別までわからなかった。


「重い病気もあって、もう、長くはないと医者からも見捨てられている。

 1日一回、薬と栄養剤の点滴と、食事をとらせているんだが。

 まあ、はっきり言って、お荷物で、早く逝ってほしいんだが。

 なので、たまに生きているか様子を見てほしいのと、そうだ、猿島は女だから女の扱いはわかるよな。」


丸山は、嫌らしい顔をしていった。


「あとは、余計なことは一切せずに、それと、このことは、絶対に外部には漏らすなよ。

 漏らしたら、私の部下が、お前たちを生きてこの家から出られなくするからな。」


残忍な顔をして丸山は言った。


それから、1週間、主に猿島が佳奈の面倒を見ていた。

その間、丸山と坊ちゃんと呼ばれている金田が、たまに見に来て、散々、佳奈に暴言を吐き捨てていった。


「ねえ、あの娘、もう、やばいよ。

 あと数日も、持たないよ。」


「猿ちゃん、変な気をおこしてる?

 せっかく見つけたいい仕事、手放すつもり?

 丸山さん、言ってたでしょ、死んでも構わないって。

 なんか訳ありの娘だって。

余計なこと考えないで、言われた通り、世話だけしてればいいんだよ。」


「…。」


猪俣に『猿ちゃん』と呼ばれた猿島は、何も答えなかった。


「それに、俺、知ってるんだよ。

 猿ちゃん、言われたこと以外に世話焼いてるでしょ。

 猿ちゃんが、世話してるから、ここまで持ってるんだよ。

 丸山さんに、ばれたら、半殺しの上、クビもんだよ。」


「猪、あんたも知ってて知らん顔してるんだから、同罪だよ。」


猿島は猪俣を『猪』と呼んでいた。


猪俣が言ったように、猿島は、丸山の陰に隠れ、佳奈の身体を拭いて清めたり、パンを小さくちぎって食べさせたりしていた。


「まあね。

 しかし、あんたが、甲斐甲斐しく赤の他人の女の子の世話を焼くとはな。

びっくりしたよ。」


猪野が大げさに驚いたふりをして言った。


猿島は黙って聞き流していた。


「で、どうする?

 丸山も、あれ、結構、拳法の達人みたいだぜ。

 他の連中も、場馴れしているというか、何か訓練を受けてるっぽいぜ。

 うちら、二人でも、さすがに無事じゃすまないよ。」


猿島は、少し考え、小さく息を吐き、口を開く。


「ねえ、猪。

 うちら、随分、悪さしていたのは事実だけど、決して、やっちゃいけないことはしなかったじゃない。

 あんたのうわさも聞いてるよ。」


「まあ、随分、大怪我させ、死線を彷徨ったやつもいたけどな。」


「このまま、あの娘、死んじゃったら、人の尊厳も減ったくれもないよねえ。」


「まあね。

 さすがの俺も、あの二人のサディストぶりを見ていると虫唾が走るからな。

じゃあ、どうするの?」


「さあね。」


猿島は、はぐらかした言い方をしたが、すでに、何かを決めた顔をしていた。

それを見て、猪野は、苦笑いしながら肩をすぼめた。


会社から帰る途中、電車から降り道を歩きだした時、春彦の携帯電話が鳴った。


春彦は、あまり電話が好きではなく、ただの連絡用に、ごく一部の人間にしか電話番号は教えていなかった。


携帯に表示された着信番号は、今まで、春彦の見たことのない番号だった。


いつもは間違い電話だろうと電話に出ずに放置しておくのだったが、佳奈が行方不明になり、何か気になって電話に出た。


「もしもし」


春彦が言うと、少し間をおいてから女性の声が聞こえた。


「もしもし。」


「はい。」


春彦が答えると


「あなたのまわりに行方不明になった女の人いる?」


「えっ?」


「知り合いに行方不明の娘がいるかって、聞いてるんだよ。」


女性は、ぶっきらぼうに尋ねた。


「佳奈のことか?

ならば、知ってる。

そこにいるのか。」


春彦は訝しがるように尋ねた。


(しまった、佳奈の名前を言ってしまった。何か悪いことの使われたら。)


一瞬考えたが、それよりも電話の主の用件が聞きたかった。


「そう、佳奈さんていうのか。

 その佳奈さんのことで、大事な話がある。

 また、1時間後に掛けなおす。」


そう電話の主が言うと、電話が切れた。


春彦は、身じろぎもせず、携帯を眺めながら、考えをまわしていた。


その頃、猿島は、誰かの気配を感じ、携帯電話を急いで切って、服に隠した。


「あれ?

猿ちゃん、携帯電話は禁止だよ。」


声の主は猪俣だった。


猿島は、ほっと安堵のため息を漏らした。


「別に、いいじゃん。

 あんたには、関係ないよ。」


猪俣は、猿島のセリフを聞き流すように言った。


「そうだね、関係ないもんな。

 こっちまで、とばっちり食ったら、たまったもんじゃねえよ。

くわばら、くわばら。」


「だから、なんの用?」


「いや、独り言だけど、明日の夕方、17時ごろが怖いお兄さんたちが手薄になるそうだよ。

 なんだか、お坊ちゃまが、どこかに行くとかで、その警護で半数のお兄さんたちが屋敷をでるそうだ。

まあ、5人くらい残るし、いつ戻ってくるかわからないからね。

でも、チャンスはその時くらいだろうね。」


猿島は、じっと、猪俣を見つめていた。


「おいおい、信じるも信じないも勝手だがね。

ここのお兄さんたちは、プロだから、いくらうちら二人でも厳しいことは確かだよ。

 当然、素人さんには、もっとだけどね。」


猿島は、ため息をつき、小さな笑顔を猪俣に向けた。


「ああ、あんたのことは信じてるから。

 ありがとね。」


「おっ、嬉しいね。

 初めて、猿ちゃんに感謝された。

 じゃあ、うまく行ったら、猿ちゃん、1回、お願いね。」


「考えておくわ。」


猪俣は、猿島の返事ににやりと笑みを浮べたが、すぐに真顔になった。


「ところで、あの娘、もうやばいって、どうしてわかったの?

まあ見ればわかるけど。」


「小山って看護婦がいるだろ?」


「ああ、あのきつい顔して、キツネみたいに目が吊りあがってる姉ちゃんだろ。」


そう言って猪俣は指で目の端の持ち上げて見せた。


「その小山がさ、あたしに教えてくれたんだ。

 衰弱がひどいので、あと2~3日がいいところだろうって。」


「えっ?

 あの小山が?

 あいつら、あの娘を始末したがってたじゃん。」


「うーん、でも、小山って見かけほど悪い奴じゃなさそうなんだ。

あの部屋の匂いも、半分作り物で、臭い匂いの液体を部屋中に、そしてあの娘の身体に掛けたりしているみたいなんだ。」


「ええ?

 何でそんなことを。」


「いや、あの黒服の連中、女なら死体とだって犯っちゃうらしいんだよ。

 だから、あの娘、用なしになったから、真っ先に身体を狙われているんだってさ。

 それで、その気を起こさせないような成分を混ぜた液体を撒いているみたいなんだ。」


「えっ、そうなんだ。」


猪俣は嫌そうな顔をして言った。


「確かに、私が世話している時、2、3回男たちがのぞきに来て、鼻を押さえて帰っていったんだよ。」


「ふーん、意外だな。」


「まあ、それだけじゃないけどね。

 ただ、あれは、あちら側の人間だから、ここまでらしいけど。」


「複雑だな。」


猿島は何となく小山の気持ちがわかったような気がしていた。


「じゃあ、もう少し細かな段取りと行きましょうか。」


猪俣は、いくら考えてもわからないことより、現実的なことに話を変えた。

猿島もそれ以上は言わず、佳奈を助け出す段取りに集中していった。


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