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はるかな物語  作者: 東久保 亜鈴
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第1話 見舞い

二階の窓際のベッドの上に薄いピンクにオレンジ色の花柄模様のパジャマを着て、その上にクリーム色のカーディガンを羽織った女性が窓の外を眺めている。

その顔は青白く、表情もなく、見る限り不健康そのものだった。


誰かが訪ねてきたのか一階の玄関で人の声が聞える。

そして、しばらくすると誰かが階段を昇って来て、女性の部屋のドアの前で立ち止まる気配がしていた。


春彦は、佳奈の部屋のドアの前で立ち止まると、大きく深呼吸をした。


(さて、何て話しかけようかな)


数日前、佳奈の母・茂子から春彦の母・舞に、春彦に佳奈を見舞ってほしいと電話があった。

入院中も、退院しても、佳奈が落ち着くまではと見舞いを断られていたので、一瞬、佳奈の状態が落ち着いたのかと思ったが、舞の話を聞くとそうではなく何も変わっていなかった。


茂子の話では、佳奈は退院し自宅に戻ったが、入院中と変わらず誰とも話をしようともせず、佳奈の父親の一樹や茂子が話しかけても相槌を打つくらいで、自分から話をすることは一切ないということだった。

食事も茂子が注意しないと食べないし、毎日、無気力にベッドに寄りかかり窓の外を見ているだけ、そんな佳奈が不憫でたまらず、何か出来ることはないのかと気を揉んでいるとのことだった。


佳奈は、あの事件の後、結局3か月もの間、入院を強いられることになった。


犯人の車にはねられ下半身が麻痺する重傷を負い、かつ、そのまま監禁され助け出されるまで1カ月以上費やした。

その間、犯人たちから酷い仕打ちを受け、助け出されたときは瀕死の状態で、肉体的にも精神的にも深刻なダメージを負っていた。


病院での治療のおかげで体は徐々に回復していったが、心は酷い鬱状態のまま、医師と看護婦、それに両親と最小限の話をするくらいで、その他の誰とも話をせず、ただ無表情で壁の一点を見つめているだけだった。

身体の回復具合から退院が許可され、やっと自分の家に戻ることが出来き、精神的にも少しは良くなるかと両親は期待したのだったが、やはり、変わることはなかった。


週に一度、通院し体のチェックと、精神科のカウンセリングを受けていたが、とくに精神面は一向に好転しない状態が続いていて、両脚の麻痺にリハビリが必要なのだが、精神の状態がリハビリをままならなくしていた。

そして、身体が自由にならないことが、尚更、佳奈の鬱を深くするという悪循環に陥っていた。


そこで、茂子は舞に相談し、少しでも刺激になって何かのきっかけになればと、幼馴染の春彦と佳奈を会わせようと思い立ったが、佳奈は、茂子から春彦の話を聞いた時、こんな姿を見せるのは絶対に嫌だと拒否していた。

入院中も春彦は足しげく病院に見舞いに通っていたが、佳奈は頑固として会うことを拒否していた。

しかし、茂子の必死の説得で、渋々、会うのを了承したのだった。


ただし、それは、諸刃の剣で、逆に、佳奈の精神状態がもっとひどくなることも考えられるので、慎重にしなければならず、佳奈の様子がおかしくなったと感じたらすぐに引き上げるようにと相談した精神科の医師に言われていた。


(やっぱり、何か押し付けられた感じがするな。

 佳奈には会いたいんだけれど、何とかしろとか、様子がおかしくなったら、すぐに退散しろだなんて、人を何だと思っているんだろう。)


佳奈には会いたい、しかし佳奈が元気になるきっかけを作れと漠然と言われあまり気乗りのしない気持ちもあり、春彦は胸中、複雑であった。


佳奈も春彦も大学を卒業し、社会人一年目が過ぎようとしていた。


春彦は、会社があるので、佳奈の見舞いを日曜日に設定していた。


その前の日の夕飯時、舞が春彦に話しかける。


「春、ちょっと飲まない?

 いいお酒が入ったんだ。」


「いいけどさ。

 明日、佳奈に会いに行くんだから、酒臭かったらどやされるだろ。」


「どやされのであれば、いいんだけどね…。」


夕飯のおかずをつまみにしながら、二人はお酒を飲み始めた。


「佳奈ちゃんの状況は、この前、茂子からの電話の通りで、今も変わってないらしいわ。」


「そうか。

 そんな時に、おれが行って大丈夫なのかな。」


「うーん。

 それは、わからないけど、あなた達は、小さいころから仲良しだったでしょ。

 まあ、幼馴染、変な言い方だけど、特別な関係っていうのかな。」


「小さい時からって言っても、佳奈と友達のように話すようになったのは、中学に転入してきた時からだよ。」


「あら、物心ついた時から小学校で引っ越しするまで、こんなちっちゃい時から、よく遊んでいたじゃない。」


舞は、床から膝の高さくらいのところに手を浮かしてみせた。


「それ、入るの?」


「オフコース、もちろん。

 幼稚園で、いじめっ子にいじめられていた佳奈ちゃんを助けたりしていたじゃない。」


佳奈と春彦の母親は同級生で仲が良く、結婚しても近くに住んでいたので、春彦と佳奈は公園デビューからの付き合いだった。


その後、春彦の父親の仕事の関係で小学校低学年の時に引っ越し、一時期疎遠になっていたが、春彦が中学2年の時に、再び、この町に戻って来て、同じ中学だった佳奈と再会を果たしていた。


「いや、助けなくても、十分、佳奈は強かったと思んだけど。」


「バカ言わないで。

 佳奈ちゃん、随分怖い思いをしていたのよ。

 あとで、茂子から佳奈ちゃんが凄く怖かったところを春彦に助けてもらったって、だから、すごく嬉しかったって言ってたって聞いたわよ。」


「そう…。

 そう言えば、このお酒、おいしいね。

 でも、ラベルが良く読めないや。

 なんていうお酒?」


春彦は、何か恥かしくなり話を変えた。


「このお酒?

 ふふふーん、『処女の香り』っていうお酒で、レアもんだよ。」


「『処女の…』って、どこで、そんな妖しいお酒を仕入れたんですか!!」


自慢げにお酒の銘柄を語る舞に対し半分あきれた春彦だった。


「さて。

 で、佳奈ちゃんなんだけど、小さい時から、春に会うと元気になるって茂子が言っていたの。

 その記憶が、茂子に痛切に残っていたというか、藁にも縋る気持ちになったのかしらね。

 だから,頼まれたってこと。」


お酒の銘柄の話など無かったかのように、舞は話を続けた。


「だけど、佳奈は、まだ、誰にも会いたがっていないんだろ?

 入院中も退院しても俺にも会うの、嫌がってたんだろ?

 会いに行って逆効果にならないかなぁ。」


「そんなこと、わかんないわ。

 刺激で良くなるかもしれないし、逆にもっと悪くなるかもしれないしね。

 でも、何かしないと、何かきっかけがないと変わらないでしょ。」


「おいおい。

 それで、危くなったら、おれの判断で、すぐ帰れとかといわれてもなぁ。」


「まあ、それは、春だからわかるでしょう。

 あなたは、小さい時から、そういうところが敏感だったじゃない。

 だから、落ち込んでいる子がいたら励ましていたじゃない。

 誰だっけ、小学校の時に『僕が、お父さんやお母さんに、もっと遊ばせてと言ってあげるから』なんて言って、勉強が嫌で逃げてきた子を励ましてあげていたじゃない」


「おーい、それ、なんか次元が違うよ。

 それより、佳奈にどういう態度で接すればいいかなぁ。

 何を話したらいいんだろう。」


「それは、春に任せるわ。

 話すことがなければ、黙っていてもいいんじゃない?」


「なんか、それって逆に変じゃない?」


「まあ、考え込んでも仕方ないってこと。

 あとは、出たとこ勝負ってね。

 さっ、飲もう、飲もう」


「だからさぁ、明日、見舞いに行くんだって。」


「どうせ、午後からでしょ?

 じゃあ、大丈夫。」


「おーい。」


春彦は、お酒を飲みながら考え込んでいた。


(さて、明日はどうしようか…)


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