3話『説明不足と寝不足』
「そういえばお兄さんの名前を聞いてませんでしたね」
少女の家に向かう馬車の中、唐突に少女がそんなことを言ってきた。
「名前どころか俺の話もほとんど聞いてないけどね」
「私は『アリア=カスタニエ』って言います。お兄さんは?」
「やっぱり聞いてないな。俺は『千石颯馬』。千石が苗字で名前が颯馬だ」
「珍しい名前ですね。この国の人じゃないんですか?」
やはり俺の名前は珍しいらしい。
まぁ、日本でも別に多くはなかったが。
「まぁな。この国では先に名前が来るのか?」
「そうです!なので私のことは親しみを込めてアリアって呼んでください!」
なんで初対面の人間に親しみを込めなきゃいかんのだとも思ったが、これから彼女の家に世話になる(かもしれない)し、仕方なく名前で呼ぶことにする。
「・・・まぁ、わかった。よろしく。アリア」
「はい!お兄さん!」
「お前は名前で呼ばねーのかよ」
俺がそういうと、アリアはなぜか顔を少し赤らめて、
「だって・・・名前で呼ぶのって恥ずかしいじゃないですか・・・」
「そこは恥ずかしいのかよ」
「あ、すみませんおりまーす!」
「聞けよ」
俺の話は全く聞こえていないのか、すたこらと馬車を降りようとする。
慌てて俺も馬車を飛び降りる。
「おや、カスタニエの嬢ちゃん、そっちの男性は?」
そんな俺を見て馬車の御者のおっちゃんがアリアに言う。
「この人『リリーナ』で行き倒れてたんです」
あの街、リリーナって言うんだ。知らなかった。
「で、私が拾ってあげたんです!」
えへん、とない胸を張るアリア。
「拾ってあげたって・・・そうなのかい?」
気の毒そうにおっちゃんは俺を見る。
「拾われたっつーか拉致されたっつーか・・・」
「カスタニエの嬢ちゃんは昔から強引で話を聞かないからね・・・」
「昔からなのか・・・」
おっちゃんも昔何かされたのだろうか。気の毒に。
「まぁ、頑張れよにいちゃん」
「あぁ。ありがとな。料金は?」
金は持ち合わせて無いが一応聞いてみる。
すると急におっちゃんは瞳を潤ませた。
「・・・にいちゃんは普通なんだなぁ・・・」
「えっ、あいつまさか・・・」
「まぁもういいんだけどね・・・あの街は変な人しかいないから慣れちまったよ」
変な人とは間違いなくアリアも含まれてるんだろう。
「って、変な人しかいない?」
「他の街では魔物の襲撃に怯えたりして過ごしてるのに、あそこだけまるで何も無いかのようだ。正直気味が悪いよ」
仕事だからいかなきゃいけないんだけどね、苦笑いするおっちゃん。
やっぱり本来この世界は平和じゃ無いのか・・・
確かにあの街はみんなどこか夢心地のような顔をしていた気がする。
「お兄さーん!!早くー!!」
「わ、悪い。じゃ、そういうことで・・・」
「おう。リリーナに行く時は時間が会えば乗せてやるぞー」
***
馬車を降りてから歩くことおよそ数分。目の前に木造の一軒家が見えてきた。
「あれが私の家です!」
周りに他の家などは無く、アリアの家だけが寂しげに建っている。しかし窓から漏れ出す灯りはとても暖かだった。
「ただいまー!」
アリアが家の中に入っていく。俺は一緒に入るわけにもいかず玄関の前で立って待っていた。
しばらくしてドアが開き、
「入っていいですよ!」
と俺を招き入れた。マジか。何て説明したら『家に見ず知らずの浮浪者のような怪しい男を泊まらせていい』ってことになるんだ。
とりあえずいいって言ってるし、上がらせてもらおう。
「すみません、お邪魔します・・・」
「いらっしゃい!アリアが友達を連れてくるなん・・・て・・・」
「珍しいこともあるもん・・・だ・・・」
笑顔で出迎えてくれたアリアの両親だったが、俺の姿を見て言葉が止まる。
その瞬間、アリアの両親がアリアを引っ張って隣の部屋へ消えてく。
まさか・・・
『ちょっとアリア!男の人なんて聞いてないわよ!?』
『でも友達だし・・・』
『それに何だあの格好は!まるで浮浪者じゃ無いか!』
『行き倒れてたから・・・』
『『行き倒れ!?』』
・・・あいつ「友達家に泊める」としか言ってなかったのか・・・
俺は言い合いが終わるまでの約2時間、その場に立ったまま眠ることにした。