1話『マグナ・ロシュとその管理者』
空を見上げる。
そこには昼間だと言うのにでかでかと主張する月。そして重力を無視して空に浮かぶ島。
「……俺、本当に異世界に来たんだな……」
俺、千石颯馬は今、生まれた世界とは違う大地に立っている。
別に死んで新しい人生を歩んでいる訳では無い。
俺は舗装されてない道を適当に歩きながら、今日までの現実離れした現実を思い出してみる。
***
あの日、高校生活最後の依頼を終えて報酬を受け取り、そしてぶん殴られた後、俺は普通に家に帰った。
俺の家は、俺、父、母の3人で住んでたのだが、両親が長期の海外出張で1年ほど家に帰ってこないため、実質一人暮らし。親から送られて来る仕送りで十分生活できていた。その日もいつものようにコンビニで買った缶チューハイを片手にバラエティ番組を見ていた。
……頬がまだズキズキ痛む。
「あいつあんだけいいパンチ打てるなら抵抗すりゃよかったのに」
もちろんいじめられていた彼にも抵抗しない理由があったのだろうが、いじめられたことのない俺にはわからなかった。
キンキンに冷えた缶チューハイを腫れた頬に当てる。
ふとテレビを見ると、さっきまではバラエティ番組がやっていたはずのチャンネルがいつの間にか砂嵐になっている。
「この時代に砂嵐……?」
普段ならシグナルが云々みたいに出るうちのテレビ。壊れたのかと思いチャンネルを変えてみる。
……どのチャンネルも砂嵐だった。
「どうなってんだ……?」
テレビを消そうとするが消えない。
それに今まで気がつかなかったが、テレビから流れる砂嵐の音以外何も聞こえない。
普段はやかましい時計の針の音も、外を走る車の音も。
俺の耳がおかしくなったのかと思ったその時、
「やぁ」
と、男とも女とも取れる誰かの声が聞こえた。
玄関からでも、窓の外でもない。
テレビの中からだ。
その声は今もなお喧しく響いている砂嵐の音の中で確かにはっきりと聞こえて来る。
「ごめんね。驚かせる気はなかったんだ。君が千石くんだろう?」
「……誰だ」
「僕は管理者。ここではない別な世界を管理している者だ」
「別な世界?」
管理者と名乗る存在はそう。と言い、
「君が生きるこの世界の他にも、似たような世界がいくつもあるんだ。君からしたら異世界って奴だね」
なんてことを当然のように続けた。
「……で、その異世界の管理者サマが俺に何の用だ?」
「へぇ。もっと動揺するかと思ったんだけど、君は違うんだね?」
「そんなのがあってもおかしくないって思っただけで、別に信じたわけじゃない」
「はは、そうかい。まぁそれはいいや。で、要件なんだけど」
管理者は言う。
「君、僕の世界『マグナ・ロシュ』に来ないかい?」
「は?」
俺は意味がわからず聞き返した。
「いやね。僕の世界、君の国でいうとこのファンタジーって奴みたいな世界なんだけど、正直流れがテンプレすぎてつまんないんだよね。んで、あまりにもつまらなくて管轄の違うこの世界を見てたんだ。そしたら君を見つけてね。個人的に興味が出たんだよ」
「それは嬉しいこったな。で、それがあんたの世界に俺が行くことにどう繋がるんだ?」
「君、この世界つまらないでしょ」
「っ」
図星を突かれ、一瞬言葉が詰まる。
「そういう人は多いよやっぱ。人間同士色々あるもんね〜」
「……まぁ、だろうな」
「それでね。お試しがてらそういう人を適当に何人か選んで向こうの世界に送ってみて、世界がどう変わるかを見てみたいんだよね」
「……なるほどね」
いっちゃえばガスの中に入れられるマウスみたいなものか。
「まぁ、選ぶのは君だ。また明日来るからその時までに───」
「いいよ。行ってやる」
「決めとえっ?」
俺が即答するとは思っていなかったのか、画面の向こうからマヌケな声が聞こえる。
「俺が本当にやりたいことはこっちの世界じゃ割と難しくてな。アンタの世界なら心置き無く出来そうだ。その誘い、乗ってやるよ」
俺のやりたい事とはもちろん便利屋のことだ。異世界ならきっとやれる内容が増えるだろう。
「そ、そうか……あ、でね、忘れてたんだけど、さっきも言った通り僕の世界は魔法とか悪魔だとかなんでもありのファンタジーなんだよね」
「ああ」
「で、フツーの学生だった君がそのままその世界行っても何もできずに死ぬでしょ?」
「・・・ああ」
「だから君を普通じゃなくする道具をプレゼントしてあげる」
「へぇ・・・!」
これには流石に驚いた。どっかで見たような展開だが、俺みたいな一般人がファンタジー世界で生き残れないのは事実。貰えるもんはしっかり貰っていこう。
「君の望む道具を二つ提案してくれ。それに君が欲しい能力を付けよう」
「『この中からどれか一つ選べ』みたいな感じじゃないのか?」
ポ○モンみたいに選ぶのかと思ってたので呆気にとられる俺。
「うん。僕はその辺をチョイスする才能がまるで無くてね。この間も同僚に怒られたんだ」
同僚・・・同じように世界を管理してる奴らのことか。普通の会社っぽく言われると途端に現実っぽさが帰ってくるな。
「さて、どんなのがいい?」
***
そんなこんなで今に至る。貰ったアイテムはどうやら名前を呼ぶと具現化して装備されるらしい。
荷物がかさばらないのはとても助かる。
この世界、『マグナ・ロシュ』にはいくつか荷物を持ち込んだ。
ナイフや植物の種、着火剤や紙とペンなど、とにかく便利そうなものを適当に100均で買い揃えた。
「最初は宿なしのハードモードだろうし、これくらいのハンデは許されるだろ」
詰め込みすぎて重い荷物を背負い、俺は人がいそうな街を目指して歩き続けた。