死出山怪奇譚集特別編 冥界の歴史〜Introduction for the Pleiades〜
…この世界が誕生し、生命に死の概念が産まれ、光の塔が産まれた。生命の身体や魂は循環し、新たな生命として産まれてくる。その理を何も教わらずに受け止め、今までの生命は生きていた。
だが、この世界の生命が増えていき、光の塔は渋滞してきた。そこで、魂を一時的に留めておく場所として冥界が生まれた。
魂が集う冥界では、稀に奇妙な生物が産まれる事がある。それらはだんだんと増え、冥界に独特な生態系が完成してった。未だ、人類が産まれる前の話だ。
人類は生きながらにして死を意識する存在だと言われている。それは、他の生物にもあるかもしれない。
だが、人類というのは考えるものでもあるし、経験する事で次の世代に文化や歴史を受け継いだ。また、見えないものに対して恐れを感じた。それで、死というものを当たり前と思いながらそれを恐れるといった存在になったのだ。
人類が産まれ文明が発展した頃、一組の人間が生きながらにして冥界にやって来た。
月輪と弓姫、彼らには普通では考えられない力を持っていた。それは『神力』、月輪は無から有を生じ、人々を裁く力を、弓姫は有を無に帰し、人々を庇う能力を持っていた。
二人は現世に帰らず、二人で冥界に暮らす事になった。今まで統治者が居ない冥界を統治し、月輪は冥府神皇、弓姫は冥府神后と呼ばれるようになった。冥界で暮らすうちに二人は人間としての身体を失い、神の心身を持つようになった。
また、月輪は冥界だけではなく鬼界、鬼や怪と呼ばれる異形な者達が棲む場所に行き、そこを封印して、有能な怪を連れ込んで格上げし、部下にした。グルーチョ、バーボ、ヨッタ、ゼッタ、エクサ、ペタ、テラ、ギガ、メガ、キロ、ヘクト、デカ、デシ、センチ、ミリ、マイクロ、ナノ、ピコ、フェムト、アト、ゼプト、ヨクトはいつしか冥府神霊と呼ばれ、忠実な下僕となった。
二人は結婚し、紅姫、蒼姫、黄姫、緑姫、地姫、氷姫といった姫と、日輪という皇子が産まれた。彼女らは父親と同じように神力を持つ者と結ばれ、次々と子供を産んだ。その子供達はいつしか人々の魂を管理し導く、死神と呼ばれるようになった。だが、死と直結する死神は人々にとって畏怖の存在となってしまうが。
妹達が神力を持つ者と結婚してる中、紅姫だけは違った。
彼女はある大国の隣国の姫として現世に居ると、ある一人の男が見初めた。彼の名は風見王蓮、風見の陰陽師で死出山を降りて妖退治をして生計を立てていた。紅姫は美しい姫だった。
神力には届かないものの、強い能力を持ち、ある程度容姿が整っていた彼を気に入った紅姫は、後に結ばれた。だが、王蓮は、紅姫の正体が死神であることは分からなかった。
そんな二人に子供が出来た。華玄と幽玄という双子の兄弟だ。両親の力を、特に紅姫の死神の力を色濃く受け継いでいた。二人とも可愛らしい子供だった。弟である清蓮に力を追い抜かれ、死出山を抜け出し、途方に暮れていた王蓮にとっては、それが新たな生きる意味であり、幸せでもあった。だが、それは長くは続かなかった。
死神の力は強いが、陰陽師の力は一部しかない幽玄と異なり、華玄は両者共に凄まじい力を持っていた。
そんなある日、華玄の力が暴走した。紅姫も王蓮も止めようとしたが、何の力を駆使しても、華玄を止める事はままならなかった。
「華玄、やめろ!このままでは我も…」
王蓮は火の海の中そう叫んだ。
「産ませてしまった父さんが悪いんだよ」
華玄はそう悪びれもなく言い切った。
「あっ、そんな…うわああぁ!」
王蓮はしばらく自分の術で凌いでいたがとうとう耐えられなくなり、火の海の中に沈んでいった。
それをしばらく見ていた華玄は拳を握りしめ、こう呟いた。
「こうするしか、なかったんだ…」
『風見の忌子』、華玄はそう呼ばれていた。際限ない力を持ち、死神でさえも華玄には敵わなかった。
華玄はその後、人間の初姫と結婚し、金蓮、睡蓮、鬼蓮、冥蓮という息子達をもうけた。どの子にも強い陰陽師の力が備わっており、後の風見家をつくったのだ。
華玄はこのまま幸せになるはずだった。ところが、彼は不死不滅の存在だ。子供達が巣立ってから、華玄は孤独を覚えるようになった。また、力もますます強くなり、弟の幽玄を冥界に落とし、日輪皇子を殺してしまった。
それがまずかった。そして冥王である月輪の怒りに触れ、華玄は狙われるようになってしまった。
母親である紅姫は最初は華玄を庇っていたが、父親に歯向かってはならないと、華玄と戦う事になってしまった。その闘いの末、紅姫は死んでしまった。
華玄に殺された日輪や紅姫の魂は、生まれ変わるはずだが、何処を探しても魂は見つからなかった。
ますます月輪の怒りに触れた華玄。とうとう本気で戦う事になる。二人の闘いは三日三晩続き、月輪の方は体力が底を尽きてしまった。
お互い、不死不滅の魂を宿していた。このまま続いてもらちが明かないだけだ。力自体は華玄の方が上だった。
霊水晶、冥水晶、魔水晶、妖水晶、有水晶、無水晶の六大水晶のうち、月輪は霊水晶と冥水晶と有水晶、弓姫は無水晶の力を使えたが、華玄は無水晶以外は使えたのだ。
華玄は誰も倒す事が出来なかった。力は尋常ではない程に高まり、とうとう自分の身体が追いつかなくなった。華玄は自らの力で自らを封じ、墓の中に魂を閉じ込めた。再び、過ちを繰り返さない為だ。
幽玄は死神の少女の和田津女と結婚し、子供が産まれた。そして、生涯を冥界で過ごす事になったのだ。
月輪はその後も冥王として君臨し続けた。ところが、数百年経ったある日、突然死してしまう。
人々は華玄の未練だと恐れた。そして冥界は共和制になり、しばらく冥王不在となってしまう。月輪の魂も、仮に死んだのなら三途の川を渡り、生まれ変わるはずだ。だが、何処を探しても無かった。
それもそのはずだった。月輪も、日輪も、紅姫も、魂は全て華玄に吸収されてしまったのだ。
それを知らない冥府神霊達は、華玄を憎み、月輪を蘇らせようとし、また不死不滅の存在になる為に華玄の魂を狙う事になる。主が不在の冥府神霊達は怪化してしまい、華玄以外にも冥界や現世を襲う存在になってしまう。
華玄の魂は長らく封印されていた。人々は伝承でその事を知ったが、その強さと恐れはだんだん薄れていった。
そして、その眠りは続くはずだった。ところが久々に見てみると華玄の墓は空っぽになっていたのだ。
もしや、華玄が蘇ったのかも知れない。人々は再び恐れを覚えた。その存在は歴史を、世界を簡単にひっくり返してしまう。止まっていた冥界の歴史が再び動いたようだった。