第18話
琥珀は前に進んだ。
「琥珀」先生が言う。
でも、琥珀は足を止めない。
「瑠璃ぃ」
琥珀は言う。
瑠璃はなにも言わない。
そして、瑠璃はまた一歩後ろに下がった。
……もう、瑠璃の背後に、もう一歩の余裕はない。
強い風が、真っ暗な谷の底から吹き上がる。
この風に乗って、空を飛ぼう、と瑠璃は思う。
ずっと、このときを待っていた。
この瞬間は、瑠璃の人生にとって、もっとも輝かしい一瞬になるはずの時間だった。
でも……。
「……琥珀」
瑠璃は言う。
足が動かない。
どうしてだろう?
なぜだか理由はわからない。
でも、足を動かすことができない。
……自分に向かって、ゆっくりと近づいてくる、琥珀の顔から、目をそらすことが、……できない。
琥珀は泣いていた。
ずっと、ずっと泣いていた。
その琥珀の泣き顔を見て、……泣かないで、琥珀。と瑠璃は思った。
「瑠璃」
琥珀は言う。
翡翠も、先生も、じっと琥珀のことを見つめている。
琥珀はどんどん瑠璃に近づいていく。
でも、瑠璃はもう、一歩も後ろに下がらない。
瑠璃は琥珀をじっと見ている。
ただ、泣いている、自分の幼馴染の少女である、琥珀だけを見つめている。




