第13話
本当は、海の見える場所がよかった。
そんなことを瑠璃は思った。
でも、山奥にある宝石の国から海までは、海岸まではとても遠い距離があった。いくらなんでも、歩いてそこまでたどり着ける距離ではなかった。
だから瑠璃は最後に海を見ることを諦めた。
瑠璃は今まで生きてきて、本当の海を見たことが一度もなかった。それが少しだけ残念だった。
瑠璃は崖のすぐそばの場所まで移動して、そこで立ち止まった。
ずっと引きずってきたトランクを開いて、そこから瑠璃はその中に入っていた荷物を取り出した。
荷物と言っても、それは旅行に行くための着替えとか、生活用品とか、お金とか、そういった物たちではなかった。
そのトランクに入っていたのは瑠璃が今まで書いてきた、瑠璃の詩や小説と言った文章の作品群の束だった。
紙に書かれたそれらの束は、旅行用のトランクをいっぱいにするくらいの量があった。
これを持ち運ぶのは、骨がおれた。
結構重かった。
でも、その重さが嬉しかったりもした。
なぜなら、これは瑠璃の夢、そのものだったからだ。
その重さに、瑠璃は今まで生きてきた人生の価値のようなものを、確かに感じていた。
それがすごく嬉しかったのだ。
「……さようなら」
そう言って、瑠璃はトランクの中から取り出した紙の束を、崖に、鳥を空に解き放つように、あるいは、手に持っていた風船を空の中に手放すように、そっと手放した。
それらは崖に吹く強い風によって、すぐに遠くに、真っ暗な崖の底に飛んで行ってしまった。
瑠璃の描いた夢たちは、もう瑠璃の目からは見えなくなった。
瑠璃の手の届かないところに行ってしまったのだ。